『スパイ教室 短編集01 花嫁ロワイヤル』特典SS
恋バナ
「……恋バナがしてぇ」
ジビアがぽつりと呟いた。
少女たち全員での夕食が終わり、皿洗いの最中だった。本日の当番はサラとジビア。スポンジを握りしめて八人分の食器を洗っていた。
最後の一枚を拭き終わったところでジビアが何かを呟いた。
「えっ? 今なんて?」サラは首を傾げる。
「だから恋バナがしてぇ。恋の話だよ」
「は、はぁ……」
サラは曖昧に頷く。もちろん略語の意味くらいは知っていた。思わず聞き返したのは、その言葉を吐いた人物ゆえだった。
「意外っすね」
「ん?」
「ジビア先輩、あんまり恋愛に興味なさそうなので」
いわゆる『硬派』と表現すべきか。
ジビアの頭にあるのは、スパイのことばかりと思っていた。余暇もトレーニングに励んでいる。その彼女から、まさか恋の話が出てくるなんて。
「ぬ、ぬぅうう……」
ジビアの顔が一気に紅潮し、熟れたリンゴのように真っ赤になっていく。
「ううごおおおおおおおおおおおっ!」そして絶叫し、サラに飛び掛かってきた。
「ひいいいいっ!」
サラがジビアの身体能力から逃げられる訳もなく、あっさり捕まった。
「あーあー、サラなら茶化さずに聞いてくれると思ったんだけどなぁ! 傷つくなぁ! 傷ついちゃっおうかなぁ⁉ あるんだよ! あたしだって稀に! 稀だけどさぁ! ピュアピュアな恋愛の話をしたい時があるんだよぉ! 普通だろぉ? 十七歳の乙女だぜぇ? なぁダメかぁ? 馬鹿にされることかぁ? あたしのハートが傷つくなぁ!」
サラの脇をくすぐり、ねちっこく言い続けるジビア。
「わ、分かったっすよぉ⁉」
くすぐられたサラは涙目で叫ぶしかなかった。
「じゃあ、開催しましょう! 恋バナ大会っす!」
かくしてジビアとサラは、あるメンバーの部屋を訪れていた。
「え? だからって、わたしのところに来ます?」
リリィである。
嫌そうな感情を一切隠さずに顔をしかめている。どうやら恋バナに全く興味がないようだ。特に性的な話は苦手だったはずだ。
ジビアが申し訳なさそうに両手を合わせた。
「お前しかいねぇんだよ。な? ティアはアレだし、グレーテの恋バナはもう分かり切っているだろ? モニカが付き合ってくれる訳もねぇし、アネットとエルナじゃお子様すぎるし……な? 付き合ってくれよ」
「まぁ、別にいいですけど――」
「よしっ、じゃあ恋バナすんぞ! 恋バナ大会!」
「今日のジビアちゃん、テンションがおかしくないですっ?」
やけにハイテンションで進行を進めるジビア。
リリィの部屋に置かれたベッドの上で、三人は飛び乗った。輪になるように座り、互いに視線を向け合った。大会というのは人数が少なすぎるが、もはや誰もツッコミを入れない。
サラが「で、恋バナってどう進めるんすか? そもそも話すようなこともないような……」と疑問を投げかけ、ジビアが「専用のグッズを買ってきた」とカードを取りだした。「この札に書かれたお題に沿って、話していけばいい」
ジビアは三十枚近くあるカードの束をシャッフルして、三人の中心に置いた。若者で流行っているバラエティグッズらしい。
その頂上に置かれたカードをリリィがめくった。
黒い背景に桃色の文字で、トークテーマが書かれている。
【異性の好きな部位は?】
「「…………………………」」無言で固まるジビアとサラ。
「次に行きましょう」と見なかったことにして、次の札を見るリリィ。
【キスの時、目を開ける? 閉じる?】
「「…………………………」」少し顔を赤らめ、目を背けるジビアとサラ。
「ツギイキマショー」と棒読みで喋るリリィ。
【はじめてエッチをした場所は?】
リリィがカードを破き、ジビアに掴みかかる。
「なんなんですかあああああああっ! 早くこのゴミを捨ててきてくださいよぉ! セクハラですよ! セクハラあああぁっ! これのどこか恋バナなんですかああああぁ⁉」
「うるせぇ! 恥ずかしくて、よく見ずに買ったんじゃ! 悪いかぁっ?」
どう考えても悪いのだが、逆ギレをかますジビア。
二人が枕で叩き合いを始め、収拾がつかなくなったところでサラが叫んだ。
「あー、もう! じゃあ次で最後にするっすよ! 先輩方っ!」
そして、サラは一番上のカードをめくった。
【好きなタイプは?】
三人たちは長考をはじめ、やがてポツポツ語り始める。
「……優しい人っす」とサラ。
「芯がブレてねぇ奴?」とジビア。
「えー? えーっと、美味しいご飯を作れる人、とか?」
さすがにこの程度の質問なら答えられるが――。
「「「……超アバウト」」」
三人の答え全てが、どうでもいい内容だった。
リリィが憐れむような眼を向ける。
「……死ぬほど盛り上がりませんね、わたしたちの恋バナ」
ジビアは力なく項垂れた。「恋バナはしばらくいいや」
※本作は『スパイ教室 短編集01 花嫁ロワイヤル』アニメイト特典SSを修正したものです。
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