恋情
夜遅くジビアがサラの寝室を訪れていた。彼女は神妙な顔をして、部屋の壁に体重をかけている。二人きりの状況で突然ジビアが切り出した。
「そろそろ整理した方がいいよな」
「ん? 何がっすか?」
ベッドに腰を下ろしているサラは首を傾げる。
ジビアが両腕を組みながら頷いた。
「あたしらが、クラウスに恋をしているかってこと」
「ええええええええええええええええええええええええっ!?」
サラは頓狂な声をあげた。
一度だけ、サラとジビアが触れた話題である。花嫁ロワイヤルというクラウスの妻役を決める戦いで、二人は互いの恋心を吐露した――という訳ではないが、それを匂わせるニュアンスの会話をした。お互いハッキリと断言した訳ではないので、サラ自身もジビアがクラウスをどう想っているのかは気になるところだが――。
「こ、こんな場であっさり決めるんすかっ?」
「お、大声出すなよ。あたしだって恥ずかしいんだから」
まさか何もない平日の夜に、ぽろっと確認し合うとは思わなかった。青春的なイベントを二、三個経て決めるものとばかり、とサラは想定していた。
「じ、実際のところ……」戸惑いつつ、おずおずと尋ねる。「ジビア先輩はボスに恋しているんすか?」
「微妙」
「え」
「いやぁ、別に悪い男じゃないと思うし、嫌いでもないぜ? でもグレーテみたく強い感情かって聞かれると、違うよなぁって」
「あぁ、なるほど。わ、分かる気がするっす」
サラは深く頷いた。
『灯』で恋愛と言えば、真っ先に名が上がるのはグレーテだ。彼女はクラウスに対し、宿命的と言っていいほどの熱情を抱いている。サラもまたクラウスに対して好印象を抱いているが、さすがにアレと比較してしまうと熱量は低いと認めてしまう
「でもよ」ジビアが話を展開する。「例えばアイツと手を繋ぐ妄想をしてみるだろ?」
「は、はい……」
言われて、サラも思い浮かべる。クラウスとぐっと手を握り合い、道を歩く光景――。
恥ずかしそうに俯き、ジビアが呟いた。
「ま、まぁ……照れくさくはなる」
「じ、自分も同じっす」
顔が熱くなり、反射的に手で頬を覆うように触れる。
「こ、これは恋なんすかね……?」
「分からん。だから、あたしは一ヶ月間、毎晩考え続けた訳だ。寝る前、たっぷり三十分。モニカから恋愛小説を盗みまくって――」
「期間が長いっすね!」
「あまり細かくツッコむな! 恥ずかしいんだから!」
「は、はい……」
「とにかく結論を言うとな」ジビアは天井を見上げた。「――普通なんだろな」
「普通?」
「だって、あたしら17と15の乙女だろ? 恋愛に憧れるのも普通。んで、一番近くにいる男を意識するのも普通。その男が強くて高身長でイケメンなら、なおさらだ」
あっさりとジビアは言ってのける。
「なんつーかさ、一般の女学生が、若い教師相手に騒ぐみたいなものなんだろうな」
声には寂しさが滲んでいた。
自身の身体に熱を送る鼓動を表現する言葉にしては確かに味気ない。反論したくなる。だがジビアの長時間かけて繰り出された分析はかなり客観的に感じられた。
自分たちは閉鎖的な人間関係で過ごしている。出会う異性は、スパイの任務に関係する人ばかりで自分の素性は明かせない。親しくなる異性はクラウス一人。そんな環境にいれば、意識するのは自然か。
ちょっと虚しい心地はするが――。
「でも」サラはつい頬を緩めた。「良いっすね、普通」
「おぅ、あたしらみたいな人間にとってみればな」
ジビアも笑って返してくれた。
なぜか嬉しさがこみ上げる。銃を懐に忍ばせ、世界中を渡り歩く自分たちにとって、ジビアの解釈は人肌のような温かさを宿していた。
その時、廊下の方から声が聞こえてきた。グレーテとクラウスの声だ。ちょうどクラウスが任務から帰ってきて、グレーテが出迎えてくれるところらしい。
「……お疲れ様です、ボス。ご夕食はどのように致しましょう?」
「どのように、と聞かれても、自分で用意するさ。お前はゆっくり休んでいろ」
「では、シチューをお作り致します」
「お前は人の話を聞かないな……まぁいい。一緒に作ろう。代わりに、お前たちの明日の朝食の分まで用意しようか。グレーテ、手伝ってくれ」
「……はいっ。喜んで」
廊下から聞こえてくる微笑ましい会話を聞いて、二人は顔を見合わせ、頬を緩める。
やはり、なぜか胸が温かくなる。
「もしかして」サラが尋ねる。「友達の恋愛を応援したくなるのも普通っすかね?」
「おぅ。女学生の常識だ」ジビアは頷いた。
「いいっすね、普通」
「おぅ、いいよな。普通」
二人は廊下から届く声を聞きながら、しばらく笑い合っていた。
※本作は『スパイ教室06《百鬼》のジビア』特典SSを修正したものです。
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