コンビ
クラウスが広間にいる少女たちに声をかけた。
「あぁ、お前たち。任務先から焼き菓子を受け取ったんだ。分けて食べるといい」
「「「「お?」」」」
反応するのはボードゲームに興じていた四人の少女たち。リリィ、ジビア、エルナ、アネットである。
クラウスはテーブルの上に、赤いリボンで丁寧に包装された小箱を置いた。なにやら高級そうな雰囲気を纏っている。
さっそくリリィがその小箱を掴んだ。
「今日の先生は、資産家宅への潜入任務でしたよね。さぞ良いお土産でしょう!」
「おぅ、ここにいる四人で山分けしようぜ」「のっ」「俺様、賛成ですっ」
ジビア、エルナ、アネットも小包に注目する。
任務先では爽やかな好青年に擬態するクラウスは、よく任務先でお菓子などをもらってくる。お菓子は基本少女たちに振る舞われるが、賞味期限などの関係上、その場にる少女たちだけで山分けするルールになっていた。
ゆえに少女たちは満面の笑みで包装を破るが――。
「「「「2個……?」」」」
美味しそうなカヌレが二個、並んでいた。この場の少女の数は四。どう考えても足りていない。
彼女たちは一斉に立ち上がって、拳を天井に掲げた。
「「「「対決じゃあああああああぁ!」」」」
残念ながら、彼女たちの頭には、半分ずつ分け合うという概念はなかった。
少女たちは任務でよく組むコンビを作った。
『リリィ×アネット』ペアと『ジビア×エルナ』ペア。グレーテとティアが考え抜いて編成した、各々のパフォーマンスを最大限に発揮できる組み合わせである。
「対決方法として、超激難立体パズルを用意しました」
リリィが持ち出したのは、巷で『難しすぎて二時間はかかる!』と話題になった球形パズルだった。全百ピース。それが二セット、広間のテーブルに並べられる。
「先に完成させた方が勝ちでどうでしょう?」
ルールに不満の声は上がらなかった。勝ったコンビがカヌレを総取り。
パズルをバラバラにし、リリィ・アネット、ジビア・エルナはじっとピースを見つめる。落ちこぼれ扱いをされど、一応は訓練を受けたスパイである。一般人の難しいとされるパズル程度ならば、五分足らずで達成できるはずだ。
「スタート!」
リリィのかけ声と共に、ジビアが自身の腕を叩いた。
「さぁやろうぜ、エルナ!」
「の! 一ピース一ピース組み上げていくの!」
コンビネーションは抜群の二人。仲良く声をあげたあと、噛み合いそうなピースを丁寧に組み合わせていく。
ピースを渡し合う二人は、安定感のある満点の滑り出しのように見えたが――。
「俺様っ、余裕すぎて退屈ですっ!」
その隣では、超速でパズルを組み上げていくアネットの姿があった。
「「はああああああああああぁ?」」
驚くジビアとエルナの前で、アネットは気怠そうな顔で、次々とピースを合わせていく。二、三個を片手で掴み、小さな指を器用に動かしていた。
「騙されましたねえぇ!」
愕然とするジビアたちに、リリィがドヤ顔で声をあげた。
「記憶力抜群&工作能力無敵のアネットちゃんにかかれば、立体パズルなど子どもの玩具に等しいのです! わたしが不利なアイテムを用意する訳がないでしょう!」
特に何もしていないが、やけに誇らし気なリリィ。
だが、アネットのほぼ独力で球形パズルは完成に向かおうとしていた。瞬く間に半球が出来上がる。ようやく数個ピースを合わせたジビアたちが敵うスピードではない。
リリィが「勝ちは決まりましたね」と腕を組んで、頷いている。繰り返すが、彼女は特になにもしていない。
「あれ? 俺様、おかしいと思いますっ」
そこでアネットが指を止めた。
「え?」首を傾げるリリィ。
「パーツがありませんっ。俺様、ピースが消えていると思いますっ」
アネットが不思議そうにテーブルに散らばったピースを見つめる。既にピース全てを覚えている彼女の記憶力に感嘆しつつ、リリィは首を傾げた。パズルはこの場で開封したばかりで、ピースの紛失は考えにくい。
すぐに答えを察した。
「ジビアちゃん、盗みましたねえええええぇっ⁉」
「さぁ、なんのことだ?」
ジビアが惚けた顔をして腕を振った。袖からピース同士がぶつかり合う音が鳴る。既に『リリィ・アネット』チームのピースを盗み終え、身体に隠し持っているらしい。
彼女は得意気な顔で、エルナの背中を叩いた。
「エルナ、ゆっくり作ろうぜ。なぜか、あっちのチームは一生完成しないからな」
「なんでもありなら! こっちにも手がありますよ!」
顔を真っ赤にさせて、腕を振り回し始めるリリィ。
「わたしがその気になれば、部屋に痺れガスを充満させることだって――」
「エルナ、ちょっと机に乗っかるの!」
懐から道具を取りだそうとするリリィに向かって、エルナが素早く飛びつく。
「の――?」
だが、途中エルナのスカートが机の角に引っかかる。転びかけているエルナを助けようとジビアが身を乗り出し、大きく机が傾き完成間近の球形パズルが転がり、アネットが捕まえようとして腕を伸ばし、リリィはエルナの攻撃を避けようと身をのけぞらせ――。
「「「「うおおおおおおおおおっ!」」」」
派手な音を立てて、テーブルごと四人は床に転がった。大クラッシュ。ピースが広間中に散らばり、身体をぶつけ合った四人が積み重なるように倒れ伏す。
三人の少女の下敷きとなった、リリィが打ちつけた頭をさすった。
「いたた…………はっ、パズルは?」
「なにこれ、立体パズル?」
新たな人物の声がした。
いつの間にかモニカが広間に現れていた。床に転がったパズルを拾い上げ、面白そうに掲げている。たまたま通りがかったらしい彼女は、倒れているリリィたちには目
もくれず、散らばったピースを組み合わせ始めた。
「ふぅん、簡単じゃん。でもパーツが足りてなくない?」
「モニカ先輩、ここに落ちているっすよ」
続くように広間に現れたサラが、モニカに手を振っている。彼女のそばには鷹と子犬がやってきて、二匹ともピースを口にくわえている。サラは動物たちからピースを受け取ると、よだれをハンカチで拭き、モニカに手渡した。
「ジョニー氏とバーナード氏が見つけてくれました。どうぞっす」
「ん、どうも…………はい、完成。ところで、なにこのスイーツ? 景品? もらっていくね。サラ、キミも食べなよ」
モニカは有無を言わさずカヌレを二つ攫っていくと、一つをサラに手渡し去って行った。サラは「あ、ありがとうございます」と頭を下げた後、モニカの後へ続く。
「「「「……………………………………………………」」」」
残されたリリィ、ジビア、エルナ、アネットの四人は背中を見送ることしかできない。
万能のモニカ、そして、自己評価よりもずっと優秀なサラのサポート。
認めざるをえなかった。非常時のリリィとジビアの爆発力を考慮しなければ、平時にもっと優秀なペアは「モニカ・サラ」組かもしれない。
※本作は『スパイ教室06《百鬼》のジビア』特典SSを修正したものです。
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