ツッコミ
招集がかかり、ジビアとサラはエルナの寝室に呼び出された。
なぜか彼女の部屋では、エルナがベッドに仁王立ちの姿勢で待ち構えていた。ジビアとサラは首を傾げつつ、ベッドの前に椅子を並べ、腰を下ろした。
訓練や任務が終わった、夜の自由時間内の出来事だ。ジビアとサラが各々自室で休憩していたところ、呼び出しがかったのだ。
なにやら用件があるらしく、エルナは険しい表情をしている。
「なんか珍しい組み合わせだな」とジビア。
「そうっすね。一体どんな用事なんですかね?」とサラ。
二人の問いかけに「大事なの」と頷いてみせるエルナ。
「ここ最近の我々の立場を考えれば、集まるのはもはや必然的なの」
「「ん?」」
首を傾げるジビアとサラ。
エルナは大きく息を吸い、堂々と宣言した。
「――ツッコミの会なの!」
以降、早口に語られた説明の要約。
『灯』は、メンバーをツッコミとボケに二分した場合、とにかくボケの色が濃い集団である。超マイペース男・クラウスを始めとし、周囲を巻き込むことにかけては随一のリーダー・リリィ。そして、説明不要の問題児・アネットなど、アクの強い人員が集っている。
――そのボケに振り回されるのは、決まってツッコミ役の者たち。
彼女たちは、好き勝手振る舞うボケの奇行に逐一適切な言葉をかけ、展開に収拾をつけなければならない責務を負わされている。これは、あまりに割に合わない。
「エルナはもう疲れたの……ツッコミ役から降りるの……それだけ伝えたかったの」
悲し気に告白するエルナ。
もうボケに振り回されるのは嫌だ、と疲れた顔で肩を落としている。
「「…………………………………………」」
それに対して、ジビアとサラが内心で思ったのは一つ。
((いや、エルナも相当ボケ寄りの人間では……?))
彼女の場合、意識的な奇行は少ないが、天然ボケは多い。
しかし、その主張には同意できなくもなかった。
「まぁ言いたいことは分かる」ジビアが腕を組んだ。「組み合わせ次第ではあるけどな。大抵、あたしはツッコミ役かも」
「そうっすねぇ」サラもまた首肯した。「あまり気にしたことはなかったっすけど、確かに振り回されがちっす」
ボケとツッコミの立場は状況によって常に変動するが、ジビア、サラ、エルナの三人がツッコミに回る頻度が高いのは紛れもない事実。
「そういうことなの」
エルナが拳を高々と掲げた。
「そろそろエルナたちはツッコミを放棄するべきなの。モニカお姉ちゃんみたいに、スルーし続けないと、ボケを増長させるだけ。いわば反逆! ツッコミ革命なの!」
意気揚々とエルナが主張する。
普段振り回されている彼女の精神がとうとう限界を迎えたらしい。
否定するのも可哀そうなので、ジビアとサラは「まぁ、そこまで言うなら付き合ってやるよ」「レジスタンスっすね」と手を叩き、話を合わせた。
ちょうど、その時エルナの部屋がノックされた。
「あら、ジビアたち、ここにいたのね」
返答を待たずに顔を出したのは、ティア。
彼女は三人の少女がベッドに集う様を見ると、なぜか口元をにんまりとさせた。
「ふふっ、夜にベッドでパジャマパーティー? 良いわね。刺激が足りないなら私も参加しましょうか? お望み通り、とびっきりの猥談を語ってあげる」
「……………………」「……………………」「……………………」
が、全員スルー。
「え」とティアの顔が強張った。無言で流れるとは思っていなかったらしい。
「……………………」「……………………」「……………………」
なおもスルーを徹底するツッコミたち。
やがてティアは申し訳なさそうに「邪魔したわね……」と去っていった。
まず一人目のボケをスルー成功。
「心は痛むけれど」エルナが冷静にコメントする。「仕方ないの。これは革命なの」
「しょ、正直『要らねぇよ』って喉元まで出かかった」とジビア。
「うぅ、自分も『違うっす!』と叫びたくなったっす……」とサラ。
息を吐く三人。
だが反省会を始める間もなく、次の刺客が部屋に入ってきた。
「あれ、皆さん、ここにいたんですか?」
リリィである。
彼女は眉を八の字に曲げて、大声で愚痴を吐いてきた。
「聞いてくださいよぉ。さっき先生に『また僕のフィナンシェを盗み食いしただろう』って怒られたんです! ひどくないですかっ? 『証拠なんて要らない。お前だ』ってロクに調べもせず決めつけてきて! 横暴です。確かに盗み食いしたのはわたしですけど」
「………………っ」「…………!」「…………ぅ」
三人の肩が同時にピクッと動いた。
――全く横暴じゃない。
喉元まで出かかった言葉を寸前で呑み込む。ここでツッコめば、ボケの思う壺である。
ギリギリで耐える。
その後、リリィは一方的に愚痴を吐いて、部屋を去っていった。
エルナが「きょ、強敵だったの……」と冷や汗を拭う。一見辛そうな表情ではあるが、確かな達成感が見え隠れしていた。
「けれど、もう大丈夫なの。少しずつ慣れて――」
「俺様、エルナちゃんと遊びにきましたっ!」
ノックもせずに飛び込んできたのは、アネット。
最後にして最強の刺客はこちらの事情など一切顧みず、エルナに抱き着いた。
「俺様、エルナちゃんが昨日買った服を、改造して着ぐるみにしてやりました! モデルは金剛力士像なので、エルナちゃんが来たら絶対面白――」
「お前はふざけるな、なのおおおおおおおっ!」
「「思いっきりツッコんだ⁉」」
ノータイムでエルナが怒鳴る。そして、その彼女に対して、ジビアとサラも目を見開き、ツッコミを入れる。
エルナの勢いは止まらず、アネットの肩を掴んで、強く揺さぶった。
「そもそも金剛力士像ってなんなのっ?」
「俺様、素敵なインスピレーションが下りてきましたっ」
「自分の服でやれなの! どうしてお前はわざわざエルナを狙うのっ?」
「一番反応が面白いからですっ」
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
激昂するエルナ。もうその頭には、ツッコミの革命のことはないらしい。
「「……………………………………」」
唖然とするジビアとサラは一度顔を見合わせ、頷き合う。
意見は一致する――やはりエルナは、ツッコミではなくボケ側の人間だ、と。
※本作は『スパイ教室05 《愚人》のエルナ』ゲーマーズ特典SSを修正したものです。
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