『スパイ教室05 《愚人》のエルナ』特典SS

雑談


 公園のベンチに腰を下ろし、ティアとエルナが仲睦まじく会話を交わしている。


「へぇ、クラウス先生って甘い物が好きなんだ。ちょっと意外かも」

「そうなの。街のケーキ屋さんに精通しているの。よくエルナも連れて行ってもらうの」

「そういえば、先生は美味しいフィナンシェも焼いていたわね」

「ん。エルナも最近知ったけれど、『灯』はスイーツ好きが多いの。ジビアお姉ちゃんもよくお菓子を買い食いしているの」

「アネットも乳製品を作ったスイーツが好きだしね」

「ん。まぁ、アイツとリリィお姉ちゃんは食べ物ならなんでも好きなの」


 和やかな会話に見えるが、張り込みの最中である。

 スパイ容疑がかかった役人を監視するため、『灯』の少女たちは交代で、ターゲットが暮らすマンション前の公園で目を光らせていた。張り込み中は、傍から見て不審がられないよう、仲のいい女学生を装っている。

 会話を弾ませるティアとエルナは、仲の良い姉妹のように楽し気に語り合っていた。

 ひとしきり盛り上がったところで、別の仲間がベンチに訪れる。


「おーい、そろそろ交代だよ。ティア、キミには別の仕事がある」


 モニカだった。学生服姿で文庫本を片手に持ち、ベンチの前で手を振っている。

 ティアは「あら、もうこんな時間」と目を丸くする。


「すぐ行きな」モニカが冷たい視線を向ける。「会話が盛り上がっていたようだけど、気を抜きすぎじゃない? 任務ってこと、忘れてる?」

「うーん……そうね。あまり強く反論できないかも」


 ティアは申し訳なさそうに目線を下げた。


「ここ最近、ようやくエルナと仲良く会話できるようになって。つい嬉しくて」

「言い訳」

「ホント、手厳しいわね。アナタ……」


 ティアは何か言いたそうに眉を曲げたが、エルナに「話の続きはまたあとでね」と声をかけ、すぐに去っていった。

 モニカはティアを追い払うように手を振り、ベンチに座った。まだ残っている温もりに舌打ちを堪えながら、懐から文庫本を取り出した。


(……バッカじゃないの? エルナと会話できるくらい、感動すること?)


 監視と並行して読書を始めつつ、モニカはティアに内心で悪態を吐いた。

 確かにエルナの人見知りはかなり激しく、特に一対一になると、途端に萎縮する傾向にある。『灯』結成当初は中々メンバーに心を開くことはなかった。

 しかし、もう『灯』の結成から半年以上が経つ。

 今ではエルナもすっかり打ち解けた笑顔を仲間に振りまくようになった。


「……良い天気だね」


 雲一つない青空を見上げ、モニカは呟いた。


「あと二時間監視も終わりだからさ。どうしよっか。少し寄り道でもする?」

「の……それもいいの」エルナが頷いた。

「行きたいところはある?」

「あ、あまり浮かばないの」

「あぁ、そう」

「の」

「………………………………」

「………………………………」


 モニカは、あれ、と気がついた。


(……もしかしてボクってエルナと会話、弾まない?)


 ふと隣を見れば、エルナがガッチガチに緊張していた。膝の上でぐっと拳を握りしめて、背筋をピンと伸ばし、額から汗を流している。


(というか――コイツ、まだボクに人見知りするのっ⁉)


 予想外な事実に驚愕するモニカ。

 だが、過去を振り返ってもエルナと仲睦まじく会話を交わした記憶は一切浮かばない。お互い積極的に話しかけるタイプではないのだ。

 そう、八人という集団では発生してしまう。

 それは、教室や市民クラブ、職場など、至る所で存在する現象。


 ――なんとなく仲間として一緒にいるが、一対一では全く話さない関係!


 決して互いに嫌いではない。漠然とした仲間意識は抱いているし、パーディーなどでは共に盛り上がる。他者から危害を加えられることがあれば憤る。だが、突然二人だけになると突然口数が減ってしまう、微妙な距離感の関係性。

 この場合、どちらかが歩み寄れば、すぐに円満な関係を作れるが――。


(まぁ、だからなんだって話か)


 ――モニカから歩み寄るという可能性は皆無である。

 残念ながら、彼女の辞書に、譲歩、という文字はない。



 ◇◇◇



 ちなみにエルナもエルナで、歩み寄る可能性はほぼゼロである。

 コミュニケーションが苦手なエルナは、現在、心の中で絶叫している。


(会話が続かないのおおおおおおおおっ!)


 気まずい感覚に苛まれているが、能力不足ゆえに、彼女から会話を展開することなどあり得ない。緊張でトークテーマは一切浮かばない。

 なにか話題を振ってくれないか、と恐る恐るモニカを横目で確認する。

 が、相手はすっかり任務に没頭しているように見えた。まるでエルナに興味を示さず、読書に専念する素振りを見せつつ、監視をこなしている。


(こ、これは最早、エルナも黙るしかないの……!)


 そう彼女は方針を定めるしかない。



 ◇◇◇



 一つのベンチに隣同士に座った二人は黙ったまま、物思いに耽る。


(……でも、ティアにできて、ボクにできないのは癪に障るな)と考えるモニカ。

(い、いや、今後の連携のためにも話した方がいいの)と覚悟を決めるエルナ。


 二人は声には出さず、心の中だけで考える。



(うーん、甘い物はボクが興味ないんだよなぁ。エルナってなにが好きなんだっけ?)

(そういえば、モニカお姉ちゃんのこと、よく知らないの)

(本とか読むのかな? ボクが得意な話で盛り上げれば……)

(どんな本を読んでいるの? ジャンルはバラバラに思えたけど、最近少し、恋愛に偏っている、かも?)

(無難に訓練の話とかしようかなぁ。クラウスさんの話とか、エルナ、好きそう)

(訓練の話ならしっかり答えてくれそうなの。モニカお姉ちゃんは天才なの)

(でも、こんな公園で話すテーマじゃないか)

(い、いや、やっぱりやめとくの。厳しい言葉をぶつけられるだけなの)



 微妙な距離感をキープし続ける、モニカとエルナ。

 実は本人たちが思うほど、二人の相性は悪くなかったりする。


※本作は『スパイ教室05 《愚人》のエルナ』アニメイト特典SSを修正したものです。

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