全裸


 アネットは全裸で脱衣所から飛び出した。


「俺様っ! お風呂あがりに牛乳が飲みたくなりましたっ!」

「まずは服を着るっすよっ!」


 そんなアネットをサラが慌てて引き留める。

 陽炎パレスには大浴場があり、少女たちは毎晩利用している。少女たちの憩いの場ではあるのだが、毎度トラブルを引き起こすのがアネットだった。

 今日の彼女は全裸のまま、廊下に出ようとしていた。羞恥心など皆無のようだ。

 扉手前でなんとかサラが引き止めることに成功した。


「ダメっすよ、裸のままに廊下に出たら。クラウス先生と会ったら、どうするんすか?」

「? 裸でも俺様は気にしませんよっ?」

「……向こうが気にするっす」

「けど俺様、裸の時は一度もクラウスの兄貴とすれ違いませんよっ」

「え……? あぁ、先生が避けているんすね」


 すぐにサラは察した。

 クラウスは紳士。というよりも、性に関しては妙に潔癖なところがある。おそらく全裸のアネットと出くわさないよう、この時間帯は廊下を歩かないようにしているようだ。


「それよっ!」


 突如、嬉しそうな声が響き、サラが振り返る。

 そこには天啓を得たと言わんばかりに、拳を握り込んでいるティアの姿があった。


 ◇◇◇


 ジビアが大浴場に向かう途中、クラウスの部屋の前に集まる少女たちを見かけた。

 ティアとジビア自身を除く、六人の少女が扉の前に立っている。


「お、なにやってんだ? 襲撃か?」

《その声は、ジビアね。えぇ、今完璧な計画が進行している最中よ》


 返事は、リリィが握っている無線機から聞こえてきた。ティアの声だ。


「完璧な計画?」


 ジビアが尋ね返すと、ティアの誇らし気な声が響く。


《名付けて――全裸結界‼》

「史上最高に頭の悪いワードを出すな」

《先生は、全裸の少女には近づかない。その性格を利用して、先生を閉じ込めるたわ》


「……?」ジビアは辺りを見回した。「廊下に全裸の奴はいねぇけど……?」


《アネットは裸かもしれない――そう思わせるだけで十分なのよ。なぜなら確認するには、裸の可能性があるアネットを見るしかない。先生は絶対にしないわ》


 あぁ、と納得する。

 アネットが風呂あがり裸で出歩くのは、今に始まったことではない。

 現在彼女は「俺様は脱いでも構いませんよっ」と服を掴み、サラに止められ、めくれ上がった服から際どい部分が見え隠れしている。これではクラウスは廊下に出られない。


「なるほど。廊下は塞いだ訳だな。で、窓の前には誰がいるんだ?」

《今、私が全裸で立っているわ》

「外だよなっ⁉」

《新鮮な感覚よ。この胸の高まりはなにかしら。まるで解き放たれたような――》

「目覚める前に戻ってこいっ!」


 ジビアの必死の主張も受け入れられず、ティアは高らかに宣告した。


《「さぁ! 先生! 窓には全裸の私! 廊下には、裸かもしれないアネットがいる! リリィの毒ガスから逃れる術はないわ!」》


 声は、無線機と部屋の方からの肉声がユニゾンして聞こえた。

 クラウスの扉の下からは、リリィがチューブを差し込み、ガスを注いでいる。密閉された部屋はいずれ毒で満たされるはずだ。

 全裸の少女が窓や廊下にいる限り、クラウスは部屋から脱出できない。

 そして、彼は『焔』の思い出である屋敷の壁や天井を壊す手段を用いない。


「………………………………」


 ジビアは考え込んだあと、ハッとした。


「あれっ? 無敵じゃねっ?」


 全裸結界――名前のバカバカしさに反してハイクオリティ。

 廊下ではモニカがカメラを持って「もしクラウスさんが出てきたら、その瞬間を撮影するね。あたかも裸の少女に襲うような写真が撮れるよ」と意気込んでいる。


 鬼畜。が、完璧だ。

 さすがのクラウスもお手上げだろう。


「――極上だ」


 部屋の中から、諦めたような声が聞こえてきた。


「ティア、見事だ。僕はこの結界を脱出できない。毒ガスの海に沈むとしよう」

《えぇ、私たちの勝利ね》

「だが、部屋に毒ガスを充満させれば、お前たちも中に入れない。どう僕に勝つ気だ?」

《毒に抵抗があるリリィに縛らせるわ。隙は無いわよ?》

「そうか……」


 もはや敗北を認めたような声。

 いよいよクラウスに打ち勝つ瞬間が訪れるのか――果たしてこんな手段でいいのかは不明だが――。


「仕方がない――僕も全裸になろう」

「なんでだよっ⁉」


 思わずジビアがツッコんでいた。

 構わずクラウスは語り続ける。


「リリィに伝えておいてくれ。裸で動けない僕を縛りに来いと」


 部屋から漏れてくる声に「~~~~っ!」とリリィが赤面する。

 ようやく彼の意図を察した。狙いはリリィだ。


「寝室で全裸というのは慣れないな……ネクタイだけはつけてさせてくれ」

「変態度を増やすなっ!」

「毒が効いてきた。ベッドに横たわっているから、早く来い」


 そのセリフで限界だったのか、リリィが「こんな全裸だらけのチームは嫌ですよおおおおぉっ!」と叫んで、逃げ出した。作戦の要が逃走し、計画は頓挫する。

 後はもう滅茶苦茶な有様だ。


 アネットはクラウスと張り合い服を脱ごうとし、サラがそれを必死に止める。なぜかグレーテは「ボスの身を案じてっ!」と部屋に突入して毒ガスに倒れ、巻き込まれたエルナもついでに毒に倒れ、モニカは呆れて部屋に戻り――ティアは風邪を引いた。


※本作は『スパイ教室03 《忘我》のアネット』メロンブックス特典SSを修正したものです。

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