『スパイ教室04 《夢語》のティア』特典SS
選抜
ティアが早朝に目を覚ますと、窓の外で足音が聞こえてきた。
早朝の陽炎パレスはかなり暗い。市民の視線を隠すように建てられている設計上、朝焼けや夕焼けは周囲の建物に阻まれて、届きにくいのだ。
まだ暗い屋敷の庭で、誰かが走り回っている。
ティアはカーテンの隙間から目を凝らす。
そこにいたのは、ジビアだった。ランニングウェアで、庭の間と間をダッシュで行き来している。無尽蔵に近い体力に磨きをかけているようだ。
よく見れば、ジビアとは少し遅れる位置で、リリィが肩で息をしながら走っていた。既に疲労困憊のようで、ヘトヘトになっているのは表情から見て取れる。
実行班二人の特訓だった。
ティアは塩とレモン汁を加えた冷水を運び、庭に向かった。
「こんな朝早くから特訓? 精が出るわね」
声をかけると、リリィが「水ですっ!」と笑顔を見せて、飛びついてきた。よほど喉が渇いていたのか、グラス一杯をすぐに飲み干す。続けて二杯目を飲もうとしたところで、ジビアが「それは、あたしの分っ!」と駆けつけてきた。
ティアは苦笑した。
「知らなかったわ。アナタたち、ずっとこんな朝早くから訓練してたの?」
「いや最近から」ジビアがレモン水を飲み干して、答える。「任務に体力はいるからな。いざという時、動けるようにしねぇと」
それに続くようにリリィが不敵に微笑んだ。
「秘密の特訓ですよ。ふっふっ、モニカちゃんを追い抜く時が来ましたね」
「ま、選抜組に加われなかった事実は、少し悔しいからな」
ティアは爽やかに汗を流す彼女たちに敬意の眼差しを向けた。
「燃えているわね、アナタたち」
選抜組というのは『屍』任務にクラウスが連れて行った四人のことだ。高難易度のミッションに、残念ながらジビアとリリィは選ばず、実行班はモニカのみを連れて行った。
あくまで相性的な要素もあるが、本人たちはやはり気になる部分があるようだ。
ふざけている言動も多いが、彼女たちの根底にあるのは向上心。同じチームの一員として、そこは見習うべき点だろう。
「でも無理は禁物よ? 選抜組云々なんて一時期の話よ。気にしなくていいわ」
とりあえず、そう声をかけておく。
ティアは選抜組の人間だ。しかし、その事実に威張り散らす気はない。『灯』は九人揃って、ワンチームなのだ、と胸に刻んでいる。競争よりもチームワークが優先だ。
「「………………」」
相手の反応は鈍かった。
二人とも目を見開き、キョトンとしている。
「え?」ティアが首をかしげる。「私、変なこと言った?」
「いや、正直あんま伝えたくなかったが……」とジビア。
「そうですねぇ、ハッキリと言うのも野暮なので控えてましたが……」とリリィ。
二人とも苦々しい表情だ。一体なんだというのか?
ジビアがリリィに目配せをし、アイコンタクトを取る。やがて彼女は決心するように頷き、伝えてきた。
「――お前は
「へ?」間抜けな声が漏れる。「こっち、って?」
「非選抜組」
ジビアが答えてくれる。
「いや、落ち着いて聞いてくれよ? 『屍』の任務でクラウス先生はチームを二つに分けた。選抜組はアイツ自身が指揮を執る。そして、非選抜組の指揮はグレーテに任せた。な? 情報班の二人のうち、あの男が信頼を寄せているのはどっちだと思う?」
「……………………」
「補足すると」リリィが呟く。「一応、わたしたちが外された理由は聞いているんです。わたしはドジ、ジビアちゃんは怪我、サラちゃんはまだメンタルに不安……その時、先生、グレーテちゃんには何も言っていなかったような……」
考える。
確かにそうだ。実際、グレーテは大役をこなしている。それに比べて、自分はただクラウスの下でサポートしていただけ。彼は両者のどちらを認めているか。
ジビアとリリィが労わるような声をかけてきた。
「だからな? お前が『気にしなくていい』って言うのは、少し違うような……」
「はい、も、もちろん、あまり深く受け止める必要はないですけどぉ……」
気を遣った物言い。
それが逆に、グサッと胸に突き刺さる。
判明した衝撃的な事実に、思わずティアは「ああああああああああっ!」と喚いた。
「先生! どういうことよおおぉっ! 私との関係は偽りだったのっ?」
「朝から喚くな。うるさい。帰れ。誤解を生む物言いはやめろ」
思わず部屋に飛び込んでいったティアに対し、クラウスはいつになく素っ気ない言葉を浴びせてくる。
彼は既に起きており、身支度を整えていた。そして迷惑そうな視線を寄越してくる。
事情を説明した。ジビアとリリィに告げられた事実と、自分は実力で選抜組にいなかった可能性。実力順に連れて行くなら、グレーテだった現実。
最後ティアは「私、実力で選ばれていなかったのっ?」と尋ねた。
「………………………………………………」
クラウスの沈黙は長かった。
やっぱり違ったのか、と大きく肩を落とした。
「いや」クラウスは諭すような声をかけてきた。「落胆する必要などない。どちらが上という話ではない。グレーテにはグレーテの長所があり、お前にはお前の武器がある。僕は後者を尊重し選抜組に加えた」
「先生……」
「お前は信頼に応えてくれた。恥じる必要はない。働きは、紛れもなく極上だった」
優しさに満ちた声で救われた心地になる。やはり自分はクラウスに認められていたのだ。選抜組として抱いていた誇りは何も間違っていない。
安堵と共に大きく胸を撫で下ろしたところで、クラウスが口にする。
「モニカ、エルナ、アネットの三人をまとめられるのは、お前しかいなかった」
「やっぱり実力とは違うじゃない!」
翌朝からティアも早朝特訓への参加を決めた。
※本作は『スパイ教室04 《夢語》のティア』アニメイト特典SSを修正したものです。
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