グポ会


 サラの机に報告書が置かれている。


 ◇◇◇


【機密情報、取扱いに注意されたし。


 初めまして、スパイチーム『灯』の一員『草原』のサラです。

 大前提、スパイがこのような記録を残すことは好ましくありません。理解しています。しかし、どうしても後世に残したい事件が起きてしまったので、筆を取ることにしました。陽炎パレスに暮らす、後のスパイに少しでも良い教訓を残せたらと思います。

 某月某日『灯』は多大な損失を負いました。

 あまりに辛い痛手です。立ち直れる保証はありません。

 この報告書は、その危機に立ち向かった記録になります。


 自分たち『灯』は、養成学校の落ちこぼれで結成されたチームです。ですが、これまではそれなりに上手く任務をこなしてきました。日々の訓練は失敗続きでありますが、ボスからは「極上だ」と励まされ、とても充実した日々を過ごしてきたのです。「良いチームっすよね」と仲間に笑いかけると、恥ずかしそうながらも同じ笑顔で返ってくる。そんな関係を仲間同士で結ぶことができました。

 チームが回っていた要因はいくつかありますが、その大きな一つは――『愛娘』ことグレーテ先輩の力です。

 彼女は『灯』の参謀です。常に落ち着きを払い、緻密な作戦を提案してくれる。グレーテ先輩がいなければ、チームは破綻していたでしょう。

 また、彼女はその高い能力だけでなく、ボスに恋心を寄せる一面もありました。その深い愛情からひたむきにチームに尽くし、まさに要と呼ぶべき存在だったのです。

 しかし異変は訪れます。

 なんと生活の中で、グレーテ先輩の智略に翳りが見え始めたのです!

 まさに『灯』の根幹を揺るがす重大な危機でした。

 例を挙げましょう。

 以下は、グレーテ先輩がボスにかけた言葉の一例です。


 ――「……ボス、わたくしの胸で眠ってください」

 ――「お疲れ様です。この胸に抱かせてください、ボス……」


 恋愛の知識が乏しい自分でも分かります。


 ――それは、もっと胸が大きい女性が言うセリフでは?


 大変失礼ながら、グレーテ先輩は少々胸が控えめな方です。胸当てを使わず男装できる方です。そして本来はあまり性的な発言を好まない、お淑やかな女性のはずでした。

 発言の度に、モニカ先輩が「キミの胸どこだよ」と小声でツッコむのが印象的です。


――なぜこんな意味不明な発言が繰り返されるのか?


 異変を感じとったのは、自分だけではありません。リリィ先輩、ジビア先輩も同様。何か異常事態が起きていると焦りを抱えました。グレーテ先輩の知能の低下は、チームの危機に直結します。

 かくして自分たちは秘密結社を立ち上げました。


『グレーテのポンコツ化を阻止する会』――通称・グポ会。


 会長は自分です。

 性知識が乏しい自分たちはアドバイザーとして、ティア先輩に協力を仰ぎました。なぜグレーテ先輩の性に対する価値観が壊れてしまったのか、相談しなくてはなりません。

 しかし、この会は間もなく壊滅します。

 なんとメンバーに裏切り者が混じっていたのです!



 裏切り者は初集会の時から暗躍していました。

 グポ会のメンバーがリリィ先輩の部屋で原因を分析していると、突如ボスであるクラウス先生が現れたのです。この集会の日時は、メンバー以外には伝えていないにもかかわらず。

 彼は開口一番、


「僕はグレーテの言動を気に入っている。あまり表には出さないだけで、僕も喜んでいるんだ。余計な真似は控えてくれないか?」


 と告げたのです。

 その一言で、グポ会は解散を余儀なくされました。

 グレーテ先輩の想い人が好意的に感じている以上、グレーテ先輩の行動を止めることはできません。見守る他ありません。リリィ先輩もジビア先輩も「恋愛とは奥深いですねぇ」「まさか、アレを喜ぶなんてな」と不思議がりつつも納得しているようでした。

 ただ、自分は大きな疑問を抱いていました。


 ――先生は基本、女の子の部屋には来ません。


 つまり、自分たちの部屋に来たボスは偽物です。そして、これほど変装は、グレーテ先輩本人しか不可能です。


 ――グポ会のメンバーがグレーテ先輩に情報を流し、集会を潰した?


 そうとしか思えません。



 疑った自分はその晩、怪しい人物の部屋に盗聴器を仕掛けました。

 そして見事、グレーテ先輩と容疑者の会話の記録に成功しました。


「危なかったわね。まったく。私のアドバイスを潰そうとするなんて、これだからお子様は困るわ」

「……しかし、よろしかったのでしょうか? 心配を無下にしてしまったような」

「えぇ、気にしなくていいわ! あの子たちは少し恋愛に鈍感なだけ。先生を堕とすには、私の教育が一番の近道よ!」

「……ティ……いえ、師匠。ついていきます……」

「ただ、近頃は先生が恥ずかしがって、心を開いてくれないのも事実。次はより積極的に、エロティシズムに満ちた単語で攻めましょうか」

「はい……今晩もご指導のほどよろしくお願いします……」

「えぇ、私に任せなさい」


 以下、書き記したくない卑猥な言葉が飛び交います。

 自分の使命をハッキリと理解しました。この黒幕を説得し、グレーテ先輩を救わねばならない、と。



 そして今日、黒幕を自室に呼び出しました。

 もうじき、黒幕はこの部屋にやってくるでしょう。グポ会の会長の名にかけて、立ち向かわなければならない相手です。そうでなければ『灯』は貴重な人材を失ってしまう。彼女により被った『灯』の損失はあまりに大きい。

だが、失ったものを取り戻す最後の望みはあると自分は信じています!

 最後に、この報告書を読んだアナタへ。

 今から黒幕の特徴をお伝えします。チームを守りたいと思うなら、もし似たメンバーがいた際、必ずマークしてください。要注意人物です。

黒幕の正体は――】

 

 報告書はここで千切られている。



※本作は『スパイ教室04《夢語》のティア』ゲーマーズ特典SSを修正したものです。

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