親密


 おかしい、とティアは気づき始めていた。


 エルナ、そしてアネットとの関係だ。

 実を言えば、『灯』結成当初ティアはこの二人と深く関わってこなかった。主にティアが親密な関係を築いてきたのは、グレーテ、ジビア、リリィ。年が離れたエルナとアネットとは、訓練以外で接点をあまり持ってこなかった。クラウス含め九人もメンバーがいるのだから、そういった差が生まれてしまうのは仕方がない。


 が、ここ最近転機が訪れた。

『屍』捕縛任務、そしてアネットの母親に関わる騒動だ。差し迫った危機を、ティアは二人の少女と連携して乗り越えた。手を取り合い、各々の長所を発揮して死線を掻いくぐった。その末に、彼女たちもティアに一定の心を開いてくれたようだった。


(そうよ! 私たち三人はもはや鉄の絆で結ばれていると言っても過言ではないっ!)


 任務後には、そんな確信を抱いていたほどである。

 が――どうにも様子が違うらしい。




 例えば、こんな日があった。

 訓練終わり、ティアはエルナに紹介したいものがあり、部屋に向かった。彼女が好きそうなケーキ店が近くにできたのだ。

 笑顔を浮かべて、彼女の部屋をノックする。


「エルナ、一緒にスイーツでもどうかしら?」


 が、返事がない。不在だった。

 どこにいるのか、と思っていると、屋敷の外から声が聞こえてくる。


「せんせい、エルナがお散歩に付き合うの」

「郵便局までの往復だがな……そうだな、そういえばケーキ屋が話題になっていたな。帰りに寄ろうか?」

「のっ。エルナもちょうど誘うと思っていたの!」


 どうやらエルナはクラウスとケーキ店に行くと決めていたようだ。ティアは誘ってくれなかった。



 また、こんな日もあった。

 箪笥を整理していたところ、着れなくなったブラウスが出てきた。サイズが合わなくなっただけで、生地に色あせなどはない。せっかくなのでアネットにプレゼントしようと考えた。多少オーバーサイズになるだろうが、それはそれで着こなせると判断した。

 彼女の喜ぶ顔が見たくて、廊下で出くわしたアネットに「これ、あげるわ」と差し出した。

 アネットは「俺様、嬉しいですっ」と軽くジャンプをした。

 そして、スカートから取り出したハサミでブラウスを裂いた。


「……え?」


 問答無用の切断だった。


「俺様、ちょうど布が欲しかったところでした」


 彼女は躊躇なく八つ裂きにしたティアからのプレゼントを腕に抱えると、動物小屋の方に走っていく。


「サラの姉貴っ、これで鳥籠の汚れを拭いてくださいっ」

「あ、助かるっす……あれ? やけに良い生地っすね」

「俺様、その間に鳥籠をパワーアップさせますねっ」


 聞こえてくる声を受け止めながら、ティアは込み上げる虚しさと闘っていた。




 結果、ティアはベッドで不貞腐れる。


「絆はどこに行ってしまったのよっ! 私の一方的だったの⁉」


 ベッドに倒れながら、バタバタと足を動かす。

 エルナやアネットからの好感度がそれほど上がっていないのは、もはや明白。彼女たちが親しみを示すのはクラウスやサラのみ。どうにもティアへの扱いがおざなりになっている。選抜組の友情はどこへ消えてしまったのか。

 うううううぅ、と唸りながらベッドで暴れる。


「な、なんなのよ……! この『避けられている』とも言い難い、微妙な噛み合わさなさは! 意地悪されているわけじゃないけれど、もっとこう……! 特別扱いされたいわああああぁ!」

「お前は人のベッドで何を叫んでいるんだ?」


 クラウスが呆れ声で睨みつけてくる。

 ティアが暴れているのは、クラウスの部屋だった。書き仕事をしている彼の部屋に乗り込み、向けられる白い目を無視しながらベッドに飛び乗った。他に愚痴を聞いてくれる相手がいなかったのだ。

 が、クラウスはどこか見飽きたように顔を手で覆っている。


「先に言っておくが」彼は小さく息を吐いた。「もしお前がエルナやアネットに嫌われていると思っているなら、それはただの気のせいだからな?」


「え……」

「アイツらは、よくお前のことを話しているよ。『ティアお姉ちゃんが』『ティアの姉貴は』と僕不在の間に起きた出来事を誇らし気に伝えてくれる。決して好感度が低いわけじゃない」


 嬉しい情報にティアは身体を起こした。

 温かな感情がこみ上げてくる。が、やはり納得しきれないものがある

「それは素晴らしいけれど……じゃあ、なんでここ最近妙に避けられていると感じるのかしら?」


 距離を感じるのは間違いでないのだ。結局、二人が懐くのはクラウスとサラのみ。


「それは僕も知りたいくらいだ」


 クラウスも不思議そうに腕を組んでいる。


「お前自身に心当たりはないのか?」

「え、全くないわよ。普通に接しているはずよ」

「普通か……例えばどんな会話をしている?」

「そうね……他愛もない話よ? 好きなお菓子や行きたい観光地のようなレベルの内容よ」

「……ここ最近の話題は?」


 ゆっくりと思い出してみる。

 相手に配慮して、盛り上がりやすい話題を提供しているつもりだ。養成学校時代、ティアの周囲では鉄板とも言えるトークテーマがあった。


「理想の体位とか?」

「…………………………」


「後は初体験の話もしたかも。二人は経験がないから、どんな風にヤリたいのとか。年頃の子なら、大抵興味がある話題よ。いや、もはや人類共通の話題と言っても過言ではないわ」

「……………………………………」


「ただ、不思議よね。なぜかエルナもアネットも反応が薄いのよ。どうしてかしら? 『よく分からないの』とか『俺様、興味ありませんっ』って答えられちゃうし……」

「………………………………………………」


 クラウスは腕を組み、固い表情で口をつぐんでいた。

 やがて憐れむような視線を向けてくる。


「今くらいの距離感がちょうどいいんじゃないか?」

「なんでよっ?」


※本作は『スパイ教室04 《夢語》のティア』とらのあな特典SSを修正したものです。

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