デート
発端は打ち合わせだった。
ミータリオ任務以降、少女たちはクラウスから任務の手伝いを頼まれることが増えた。その日任されたのは、尾行。陸軍少佐の息子にスパイ容疑がかかっているという。彼の尾行を少女たちは頼まれていた。
尾行の計画について、グレーテとモニカが広間で話し合っていた。
「……ターゲットは次の休日、恋人と会うそうですね」とグレーテ。
「うん、間違いない。音声は盗聴している。電話でリルド公園にて待ち合わせ、ってハッキリ言ってたよ」とモニカ。
「……でしたら、わたくしたちもそこに張り込みましょうか」
「オーケー。夕方のリルド公園だとカップルしかいないよね。ボクたちも恋人に擬態しよう。グレーテが男装してくれる? ボクが女性役になるよ」
「そうですね。どのような設定にしましょうか……?」
「いつものやつでいいでしょ。『設定34』と『設定79』」
二人はスムーズに話を詰めていく。
『設定』というのは、彼女たちが擬態する架空の人物のプロフィールだ。
例えば設定34は、街でラジオ店の見習いをしている男性だ。出身、誕生日、学歴、これまでに彼が出会った人間、訪れた街まで、少女たちは暗唱できる。潜入捜査のためには、彼らの設定は具体的でなくてはならない。
具体的で齟齬がない設定――これが擬態の基本だ。
グレーテとモニカは頷き合う。
「……となると、『設定34』さんと『設定79』さんの初デートということですね」
「そうだね。ボクたちも初々しく行こうか? ウケるね」
からかうようにモニカが発言し、グレーテも微笑む。
『灯』では優秀な二人である。彼女たちの話し合いは大抵つつながく進む。その日も他の少女たちの半分以下の時間で打ち合わせは終わろうしていた。
だが、問題が起きたのは直後――二人の発言が重なった瞬間。
「……いいですね。初デートが公園というのは、素晴らしいと思います」
「けど、初デートが公園っていうのはセンスないか。重たいよね」
「「ん?」」
二人は同時に首を傾げる。
珍しい衝突だった。
両者とも聞き間違いと思ったくらいである。
「え……」と先に発言したのは、モニカだった。「さすがに無理があるでしょ。設定では両方とも十八歳だよ? その二人が公園で初デートなんて、違和感があるって。安っぽくない?」
「いえ、モニカさん。ちょうどわたくしは十八歳ですが、公園はいい場所だと思います。最初は肩ひじを張らないデート、というのも」
「えー? 初デートって公園なんて会話続かないよ。難易度高いって」
「夕暮れの公園のベンチに座り、噴水の前で穏やかな時間を過ごす……たとえお互いが黙っていたとしても、愛しい人といれば格別でしょう……」
「そんなの何年も時間を過ごしたカップルだけだよ。初デートはない。有り得ない。そんな変なカップルが横にいれば、ターゲットに尾行がバレるでしょ」
「変、でしょうか……?」
繰り返すが、擬態は緻密でなくてはならない。
場にそぐわない設定で行えば、どうしても浮いてしまう。最悪ターゲットに不審がられ、尾行の失敗にも繋がりかねない。
――十八歳カップルの初デートに公園は適切であるか、否か。
この選択は任務の成否の分水嶺であった。
「話は聞かせてもらったわ!」
そこで二人の背後に現れたのは、ティア。
「つまりは、私の出番ってことね!」
艶やかな黒髪をたなびかせて、どや顔の表情を見せている。
グレーテが「師匠……」と表情を明るくし、モニカが舌打ちをした。
「まぁ『初デートが公園』の是非はともかく」ティアがマイペースに語る。「モニカ、フェアじゃないわよ」
「あ?」
「公園が違うと言うなら、アナタが語りなさい――初デートに相応しい場所を!」
モニカが二度目の舌打ちをした。
無言でこの場から離れようとするが、グレーテに肩を掴まれてしまう。
「……わたくしも気になります。モニカさんの理想の初デート」
「逃がさないわよ?」ティアが笑う。「あれだけ公園を否定したんだもの。別の候補があるんでしょう?」
「キミたちさぁ……っ」
二人の少女に捕まり、モニカは顔をしかめる。しかし、逃げ切れないと判断したのか、やがて観念したように額を手で押さえた。
「……博物館、とか?」嫌そうにモニカが明かす。
「「ん?」」
「いや……ボクの個人的な意見だけど、最初からガッツリはだるくない? 恥ずかしいじゃん。会って、さくっと回って二時間弱で解散が理想。一日中とかキツイって」
とにかく、一気に距離を詰めすぎたくないらしい。警戒心の強い彼女らしいと言えば彼女らしいかもしれない。
「うーん、それも極端な考えよね」
ティアが悩まし気に腕を組んだ。
「私ならしっかりエスコートしてほしいかも。最初くらい愛と誠意を見せてほしいわ。出会った時はプレゼントを欠かさないでほしいし、とびっきりのオシャレをして、車で迎えに来てほしい。コースは王道かしら。昼間はドライブを満喫して、夜は素敵な夜景が見えるレストランでディナーね。もちろん、受けた愛はたっぷりと返すわよ。主に宿泊したホテルで――」
「キミは論外なんだから会話に入ってくるな!」
モニカがティアを怒鳴りつけた。
※本作は『スパイ教室 短編集01 花嫁ロワイヤル』とらのあな特典SSを修正したものです。
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