任命
「というわけで、皆さんのリーダーに任命された天才スパイ――リリィちゃんですっ!」
陽炎パレス、大広間にて。
リリィが『灯』の少女たちの前で、自身がリーダーに選ばれた経緯を発表した。
というのも彼女以外のメンバーからしてみれば、リリィは「いつの間にかリーダーを名乗っている」という存在。気づかぬうちにクラウスに指名されていた女だ。メンバーが「なぜだ? 話せ話せ」と詰め寄ると、リリィは「まぁこれでも食べながら」と魚の缶詰を振る舞い、クラウスとの間に起きた出来事を語った。
その報告に反対の声は出なかった。
というのも――。
(ボスがいる組織でリーダーってなんだよ……)
と、そもそも実態が不明なので、不満を訴えようもない。給料が上がるわけでも、権力が与えられるわけでもない。形ばかりの称号。
だが本人のリリィはそこに疑問を持たないで、とにかく嬉しそうである。「リーダー、リーダー」と笑顔で口ずさんでいる。
「ねぇ、リーダー(笑))」モニカが手を挙げた。
「なんでしょう、一般組員(笑)」とリリィが負けじと返した。
「リーダーって特別な仕事をするの?」
「特に聞いていません」
「成功の功績や失敗の責任が負わされるの?」
「それはボスである先生でしょう」
「じゃあ、リーダーってなに?」
「かっこいい人?」
リリィが首を傾げる。
(((((じゃあ、なんでコイツは喜んでいるんだよ)))))
リリィ以外の少女たちは内心でツッコむ。
「大変なことになったわ」
ティアが哀し気に頭を抱えた。
「このチーム、ボスもリーダーもアホよ」
「なんですとっ? 先生はともかく、このわたしのどこがアホですか⁉」
「説明が要るかしら?」
「美味しい缶詰で買収できたと思ったのにっ!」
「そういうとこよ」
リリィが持ってきたニシンの缶詰は美味しかったが、それだけでは到底納得できない。そもそもリーダーという役職が必要かどうか疑問は残る。
リリィが、ふんと鼻を鳴らした。
「じゃあ、こうしましょう。わたしと全員で闘って、わたしが勝てたらリーダーと認めてください」
「そういう問題じゃないんだけど……で、勝負って?」モニカが呟く。
「先に先生を倒した方が勝ち――」
「無理ゲーじゃん」
「――なのは分かりきっているので、触った方が勝ちというのはどうでしょう?」
ちょうどいい難易度だった。『降参』と言わせるならまだしも、嘘を重ねればクラウスに触れるくらいはできるだろう。
リリィも何やら自信があるらしい。
「全員が敵でも、わたしは負ける気がしませんけどね」
「よし、まず全員でリリィを行動不能にしよう」
「暴力はなしでっ!」
慌ててルールを追加するリリィ。
とにかく、謎のバトルが開催される。全員混乱のままで立ち上がり、準備を始める。
広間の振り子時計の長針が頂点を差し示したところで
「よーい、どん、ですっ!」
とリリィが宣言する。
その直後だ。
「おい、リリィ」
広間に低い声が響いた。
いつの間にか、クラウスが少女たちの背後に立っていた。彼はまっすぐリリィに近づくと、その額を二本の指でぺしっと叩いた。
「あてっ」
「お前、僕が購入した缶詰を盗んだだろう」
「つ、つい……美味しそうだったので」
額を押さえながら、リリィはにやりと口元を歪めた。
「ふふん、頭で先生の手に触れたわたしの勝利ですね。ここまで計算のうちだったのです」
色んな意味で卑怯だった。
「頭で手に触れるとは?」とツッコミの声もあがったが、勝敗は明らか。モニカが、あっそ、とつまらなそうに呟き、ソファに座る
事情を把握していないクラウスは冷たい視線を向けた。
「一体、何を言っているかは分からないが、あの缶詰は相当高価な品で――」
彼の視線はある一点で止まった。
視線は真っ直ぐ、さっきまで少女たちが缶詰を分け合っていた食器に注がれている。
「なんだ」クラウスが息を吐いた。「全員が共犯なのか」
「「「「「「「………………」」」」」」」
他の少女は、リリィに白い目を向ける。
リリィは素知らぬ顔で逃げようとしていた。
「リーダーは、リリィだよ」とモニカが手をあげた。
「へ?」
「うん、その通りね」「俺様もそう思います!」「他にいないの」「リーダーがリリィ以外考えられないな」「リーダー万歳っす」
他の少女も続くように発言し、リリィが「なぜ、ここで一致団結をっ?」と喚いた。
クラウスは全てを把握したように頷いた。
「代金は、お前の成功報酬から差し引いておくよ、リーダー」
「そんな理不尽なっ!」
リリィの悲鳴を聞き流して、少女たちは拍手を送った。
こうして少女たちのリーダーは、温かく受け入れられた。
※本作は『スパイ教室01 《花園》のリリィ』とらのあな特典SSを修正したものです。
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