誘惑


 少女たちは悩んでいた。


 クラウスから課題を与えられた七日後、とうとうアイデアに行き詰まったのだ。『どんな手段を用いてもいいから僕を倒してみせろ』という課題を、最初は楽観視していた。策を弄さずとも暴力でなんとかなる。就寝時、入浴時、食事時、どこかで奇襲をかければ勝てるだろうと。

 しかし、クラウスの超人的身体能力の前に


 ――単純な戦闘では無理っ!


 と悟った。

 しかし、それ以外のアイデアとなると中々難しい。

 広間の中央では、リリィが唸っていた。


「うーん。やっぱり搦め手ですかね。警察を利用して冤罪を吹っかけたり、銀行口座を差し押さえたり、そんな方向性ですよねー」


 他の少女から「さすが! 性格が悪いっ!」と野次が飛ぶ。

 リリィは「褒めても何もでませんよ」と誇らし気に腕を組んだ。


「でも、やっぱり色仕掛けが手堅いわよ」


 そう主張するのは、ティアだった。チームで最も大人びた彼女は、色っぽい声音で提案する。


「人間の三大欲求。好みの差はあれど、性欲を持たない男は僅か。挑戦する価値はあると思うわ」

「いや、既にキミが失敗しているじゃん」とモニカ。

「少しずつ心が揺れているかもしれないわよ? 先生だってあぁ見えて夜は悶々と一人で――」


 批難にも負けず、ティアが卑猥な妄想を語り始めた時。

「……っ」リリィが顔を赤らめた。


「「「「「「えっ?」」」」」」


 チームの大半が、ばっとリリィの方向を見た。

 予想外の反応だった。


「リリィ、もしかして」ティアが目を丸くする。「そのキャラで、性の話題が苦手なの?」

「キャ、キャラと苦手な話題は関係ないでしょう!」


 顔を真っ赤にさせて、リリィは主張する。

 他の少女も驚愕していた。彼女たちは、養成学校で色仕掛けの授業を受けている。実際の経験有無はともかく、性知識は一般的な同年代の少女よりも持っている。

 もちろん苦手な少女もいるだろうが、最も顕著に反応するのがリリィとは意外だった。図太いメンタルの彼女なら耐性があるだろう、と仲間は勘違いしていた。


 ティアは、顔を手であおぐリリィをじっと見つめて、ぼそりと呟いた。


「でも、いけるかも」

「へ?」

「私みたいに性にオープンよりも、恥ずかしがる初心な方が男ウケはいい場合もある。リリィ、今すぐ挑戦してきなさい。ナイス、あざとさよ」

「別に意識して、あざとくしてないですよっ?」


 ティアは、ぐっと拳を掲げた。


「さぁ、全員でリリィをプロデュースするわよ!」

「いいいやあああああああああぁ!!」


 号令と共に、少女たちは一斉に抵抗するリリィへ飛びかかった。




 クラウスは、部屋で事務作業に取り組んでいた。

 作業の傍ら、ふと疑問を抱く。中々少女たちの襲撃がない。


(自分の外出を待っているのだろうか。あまり好ましくないが、そろそろ、わざと隙を作ってやる頃合いだろうか……)


 そう悩んでいると、部屋にノック音が響く。

 ようやく挑んできたらしい。

 扉に視線を向けると、そこにはメイド服を着たリリィがいた。スカートの裾が短く、その白い太腿が下着が見えるスレスレまで露出している。胸元のボタンもいくつか外されており、その豊満なバストが覗き見えていた。

 嫌な予感がした。


「お兄ちゃん、助けてください……」

「……………………お兄ちゃん?」


 首を傾げる。

 とうとう頭がおかしくなったらしい。


「実は、思い出したんです。わたしの前世は、先生の妹だと」

「…………」


「そ、そして、昔のわたしはお兄ちゃんに仕えるのが大好きなメイドだったと。村ではえぇと」リリィが掌を確認する。カンペか。「……『兄想いで毎日健気に頑張っちゃう、ちょっとドジで、エッチな妹メイド』と有名だったみたいです。で、でも三日に一度は先生に胸をさ、擦ってもらわないと、ネコになっちゃう病気で、今はもうギリギリ……だにゃぁ」


「………………」 

「あと、触る前に、これを飲み干してくれると効果倍増ですにゃ」

「……………………」


 リリィは、明らかな毒薬の小瓶を差し出してきた。

 心の底から尋ねたくなった。

 このお遊びには、いつまで付き合えばいいんだろう?


「……リリィ、悩みがあるなら聞くぞ?」


 優しく尋ねたつもりだったが、逆効果らしい。

 彼女は「あああああああああああぁっ!」と叫ぶと、涙目になって部屋の外へ飛びだしていった。


 ――リリィに色仕掛けは無理だ。


 そう確信を得られたことが大きな進歩だった。

 としなければ、あまりに彼女が哀れだった。



※本作は『スパイ教室01 《花園》のリリィ』ゲーマーズ特典SSを修正したものです。

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