スパイ教室【番外編】
竹町/ファンタジア文庫
『スパイ教室01 《花園》のリリィ』特典SS
毒
リリィは、毒のスペシャリストだ――。
という表現はかなり疑惑があるのだが、毒使いであることは間違いない。毒の調合には一度もミスがなく、麻痺毒でターゲットを殺してしまうという失態は犯さない。調合した毒を常に自分で試せるという長所ゆえでもある。
だから、彼女の毒は信頼が厚く――。
「おーい、リリィ。部屋に虫が出たー」
「む。では、この殺虫剤をプレゼントしましょう」
「リリィ、こっちもお願い! 地下にネズミがでちゃったのよ!」
「あらら。じゃあ、殺鼠剤を調合して置いていきますねー」
と仲間から重宝されていた。
彼女の毒は市販のものよりも、ずっと質が良い。一度散布するだけで、害虫や害獣が瞬く間に消え失せる。
「ふふふ、身近で便利なリリィちゃんですね!」
「業者のキャッチコピーかよ」
威張るリリィに、ジビアが鋭くツッコミを入れる。
現在はジビアの部屋で害虫駆除に取り組んでいる。結構な数湧いてしまったので一匹一匹の駆除を諦めて、霧状の殺虫剤を散布した。あらかた殲滅が終えると、トドメにスプレーを部屋の隅々に吹きかけている。これでしばらく虫は発生しないはずだ。
「しかし、ですね」リリィはスプレー片手に唸った。「害虫駆除の才能。これはこれで幸せですが、あんまり嬉しくないんですよねー」
「いや、一般的には大事なスキルじゃね?」
「可愛くない」
「そっちかい」
「わたしも『きゃん、虫が恐いっ!』とか『命ある虫を殺しちゃダメ!』とか、もっと女の子らしい反応を取るべきですよね。道を間違えました」
「現在進行形で毒殺している女の発言じゃねぇな」
リリィの出身も養成学校があった場所もかなり田舎だったので、子どもの時から虫に抵抗がない。害虫を殺すことは日常茶飯事。
そこでジビアが、ん、と声をあげた。
「いや、やっぱり大事なスキルだろ」
「へ?」
「それで先生を攻略できる。お前がスプレーを手にしていても、不審がられない」
リリィが、おぉっと声をあげる。それから部屋の隅で逃げ惑っている大きな虫を見つけると、バシッと捕まえた――素手で、直接。
「やっぱお前、道を間違えてるわっ!」
仲間のドン引きにも耳を貸さず、リリィは襲撃を決めた。
その後、リリィはクラウスの部屋の前に行き、そっと虫を放った。追い立てられた虫は、クラウスの部屋に向かう。
「先生の部屋に虫が向かいましたっ! 害虫なら、わたしにお任せ! この道、十年のリリィちゃんです!」
「業者みたいだな」
すかさず突入したリリィに、クラウスもジビアと同じようなツッコミを入れた。彼は部屋にやってきた虫に、冷ややかな視線を向けている。怯えてくれたら幸いだったが、さすがにそこまで甘くない。
だが、リリィは一切怯まない。
「ふっふっ、この特性スプレーで先生を脅かす虫はデストロイですよ」
そう声をあげて、リリィは虫を追い詰めるフリをし、クラウスに近づき、
「喰らええええええぇっ!」
とスプレーを噴きかけた。
虫ではなく、クラウスに――でもなく、自分に。
「ぎゃああああああああああああぁ!」リリィが悶絶する。
「…………?」
「わ、わたしに何をしたんですかあああぁ」
「……いや、何もしていないんだが」
クラウスが呆れ声をあげる。
どうやらスプレーの噴射口がリリィの方向に向いていたらしいが、リリィが気づくことはない。
とにかく催涙スプレーがリリィの目に直撃した。
「目があああああああああああぁ」リリィは床にのたうち回る。
繰り返すようだが、リリィは毒のスペシャリストだ。
毒の調合自体にミスはない。催涙剤の配合も完璧。それが霧状に散布される仕組みも不備はなかった。
しかし、毒の使用に関してはドジである。
それはリリィの大きな特徴であり、乗り越えるべき課題だった。
※本作は『スパイ教室01 《花園》のリリィ』アニメイト特典SSを修正したものです。
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