『灯』の休暇 ~昼編~


 ミータリオからの過酷な任務が終わり、帰国した『灯』はリリィの「みんなで旅行に行きましょう!」という号令の下、ディン共和国東部の高原で休暇を取っていた。珍しい少女全員での旅行である。最初クラウスは断っていたが、一部の少女からの強い熱望もあり、またちょうど近辺で防諜任務があることが発覚し、同行することが決定した。

 これはそんな旅行の昼に起きた話――。



 高原で乗馬体験をしていたリリィとジビアは、ホテルに戻る道中、興奮冷めやらぬまま、ぐっと拳を握りながら会話に興じていた。


「はーぁ、休暇というのは素敵なものですねぇ。ひっさびさに羽を伸ばせています」

「だなぁ! 全然スパイらしくねぇけど!」


 今日の出来事を振り返った後、ジビアがリリィの腕を叩く。


「なぁ、明日はどうする? 服でも買いに行くか?」

「お、いいですね! たまには華やかな服でも買いましょうよ!」

「華やかな服かぁ。そうだな、普段は目立たない服装を選びがちだしな」

「分かります! 仕方ないとはいえ黒多めなんですよねぇ。うーん。だったらお洒落に詳しい奴も誘った方がいいかもですね」

「おぅ、じゃあ、あたしがティアに話をつけておくよ」

「お願いします。じゃあ、また明日!」


 仲良く会話を弾ませ、その日は円満に終わっていった。



 高原から二駅移動すると、商業施設が賑わう街に到着する。観光客に向けた土産物や服を販売する商店が多く、一日中ショッピングを満喫することができた。

 昼二時、ブティックが並ぶ通りにはティア、リリィ、ジビアの姿があった。


「ふふっ、アナタたちがオシャレなんていいわね。元々の素材は良いし腕が鳴るわ。私がバッチリ、コーディネートしてあげる」

「はいっ、よろしくお願いします」


 アドバイザーとして指名されたティアが顎に指を当て、思案する。


「まずは方向性ね。休暇くらい気分一新でガーリーな感じも良さそうね。抵抗があるなら、ストリートカジュアルくらいからでも――」


 ぶつぶつと呟きながら、一つの服屋に入り、そこに飾られている服を手に取った。


「こんなフレアスカートから組み立てるのはどうかしら? アナタたち、普段着ていなさそうな」

「おぉ! 可愛いですねぇ!」


 美しいクリーム色のスカートに、リリィは顔を綻ばせる。


「どうですか、ジビアちゃん? 試着とかしてみます?」



「――ふーん。まぁいいんじゃねぇの? 別に」



 やけに冷たい反応のジビア。

 リリィは首を傾げる。おかしい。昨日はあれほど服について盛り上がっていたのに。


「ん? あれ? ジビアちゃん、体調悪いんですか?」

「いや? ただ、オシャレにそこまで関心がないっつぅか。お前が行きたいっていうから付き合っているけど、テンションは上がらねぇってだけで」


 気だるげな言い方に、リリィは嫌な予感を抱き始める。


(ジビアちゃん、まさか……)


 視線の先で、ジビアは冷めた表情でフレアスカートを手に取る。


「まぁ、ティアが提案してくれたなら無下にはできねぇな。試着でもしてくるよ」


 そのセリフで疑念が確信に変わる。


(この女! オシャレを恥ずかしがっているっ‼)


 どう考えてもジビアの反応はそれである。一夜明けて冷静に立ち返り、羞恥心が芽生えてきたようだ。

 試着室に入っていったジビアを見送り、ティアは微笑んだ。


「やっぱりジビアは優しいわね。服に興味もないのに付き合ってくれるなんて」

「え?」

「昨日ね、私たちの部屋に来て言ってきたのよ。『リリィが着飾りたいからアドバイスしてやれ』って」

「あんの女あああああああああぁっ‼」


 リリィは激昂して駆けだした。

 ちょうど試着室のカーテンが開いて、スカート姿のジビアが姿を見せる。


「おーい、着終わったけどどうだ? まぁリリィの付き添いとはいえ、自分に似合ってんなら、買ってもいいかなってくらいで――」

「リリィちゃん・パーンチっ‼」

「ぐぼっ」


 リリィの拳がジビアの腹に捻じ込まれていった。完全に気を抜いていたジビアは避けられず、試着室の壁に叩きつけられる。

 リリィも試着室に入り、さっとカーテンを閉め、指を突きつける。


「なぁに自分だけカッコつけているんですかぁ! そもそも今日の提案は、ジビアちゃんでしょう! なに、わたしにすり替えているんですかぁ!」

「……あ、いや悪い」


 バツの悪そうにジビアは頭の後ろを掻いた。


「でも照れっつぅか……なんか恥ずかしくない? ほら。『オシャレには興味ないけど、たまたま買った服のコーデが超キマッてる』というのが憧れで――」

「その思考の方が百倍、恥ずかしいですよおおおおぉ!」


 精神年齢が十歳程度のジビアに、リリィは強く罵声をぶつける。

 叱責されたジビアは申し訳なさそうに俯いた。さすがに反省したらしい。

 やれやれ、と言ってリリィは腰に手を当てた。


「いいですか? 試着室から出たら、しっかりティアちゃんに言ってください。でないと失礼じゃないですか? せっかく付き添ってくれたのに」

「……あぁ。分かったよ」


 話がまとまったところで、二人は同時に試着室から出た。

「一体なんなのよ……」と困惑するティア。

 ジビアが頭を下げる。


「ティア、すまん。本当は、あたしが提案したんだ。たまにはオシャレしようぜって。可愛い服にもかなり興味がある。でも全く詳しくない。ぜひ教えてくれ」

「え、えぇ。最初からその予定だけど。というか、会話丸聞こえだったし……」


 ティアは納得できないように顔をしかめながら頷いた。オシャレに気恥ずかしさを抱く人間の心理をいまいち理解できていないらしい。


「やれやれ、困ったものですね」


 リリィが肩を竦める。


「そう、本当はジビアちゃんがオシャレに興味があったのです。わたしはただの付き添いで、ただ後学のために服屋回りもいいかなぁって――」

「ジビアちゃん・パーンチッ‼」

「ぐぼおおっ!」


 今度はジビアの拳がリリィの鳩尾に突き刺さる。



※本作は『スパイ教室 短編集02 私を愛したスパイ先生』ゲーマーズ特典SSを修正したものです。

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