『スパイ教室 短編集02 私を愛したスパイ先生』特典SS
『灯』の休暇 ~朝編~
ミータリオからの過酷な任務が終わり、帰国した『灯』はリリィの「みんなで旅行に行きましょう!」という号令の下、ディン共和国東部の高原で休暇を取っていた。珍しい少女全員での旅行である。最初クラウスは断っていたが、一部の少女からの強い熱望もあり、加えてちょうど近辺で防諜任務があることが発覚し、同行が決定した。
これはそんな旅行の早朝に起きた話――。
エルナと同じ客室で眠っていたジビアはベッドで大きく欠伸をし、身体をぐっと伸ばしていた。
(ん、なんか早く起きちまったなぁ。旅行の朝だっつぅのに)
昨日はリリィ、モニカと三人で湖釣りに興じていた。思いの外リリィが器用に釣り上げ、闘いはかなり白熱した。結果的に勝敗はつかなかったが、とにかく夜にはヘトヘトに疲れてしまい、早めに寝たのだ。そのおかげか、起床も早い。
朝六時にホテルの朝食を食べ終えると、散歩しようと思い立ち、ロビーに向かう。すると知り合いの人物の姿を見かけた。
ちょうどティアが玄関から出るところだった。
「あら、ジビア。アナタも散歩?」
「おぅ。そんなところだ」
ジビアは頷いた。
「なぁ、だったら一緒に朝市でも行かねぇか? 何か食材を買ってきて、他の連中にブランチでも振る舞おうぜ?」
自然豊かな高原のホテルでは、観光客に薪コンロなどの貸し出しを行っている。目の前にある湖で釣った魚や野菜をすぐ調理できるというものだ。
ティアは「最高ね」とにこやかに微笑んだ。
高原の駅前では朝市が開かれ、多数の出店で賑わっていた。朝に獲れた川魚や、収穫直後の野菜が並ぶ。どこかでスープでも振舞っているらしく、香しい匂いが漂ってくる。
ジビアは「あぁ腹減ったきた」と自身の腹を擦った。「なぁ昼はパスタとかどうだ? 簡単にできそうだし」
隣を歩くティアが「朝食直後なのに食いしん坊ね」と苦笑を零した。
「でも賛成よ。私も同じこと考えていたところ」
メニューが決まったところで、八百屋の出店を見つける。まだ土のついてある収穫直後の野菜が、木箱いっぱいに詰められている。
「よっしゃ。新鮮な野菜があるみたいだし、それと塩――」
「あら、白トリュフがあるじゃない」
「ん?」
ティアは八百屋の手前にある、キノコ屋の前で立ち止まっていた。嬉しそうにジビアを手招きし、頬を緩めている。
「ねぇ、この白トリュフを中心に組み立てない? これを散らすだけで、グッと香りが良くなるのよ」
ジビアはその値段を見て、思わず笑っていた。普通のキノコの二百倍以上の価格が付けられている。なんでもない昼食に使える値段ではない。
「ははっ、ないない。たけぇって」
「え? せっかくの休日だし良いじゃない?」
「おい、次行くぞ。冷やかしは野暮だ」
「冷やかしじゃないわよ。本気で買わないかって提案しているの」
「だからそんな冗談――え? マジで言ってんの?」
ジビアは思わずハッとして足を止める。
ティアはキョトンとした顔をしていた。冗談ではないらしい。本気で白トリュフを購入しようとしているようだ。
唖然とする。ジビアにとってみれば、有り得ない提案だった。
(……聞いたことがある! これが、世の学生が遭遇するという――『学校では仲良しなのに、休日に会うと金銭感覚の差が浮き彫りになって気まずくなる』現象!)
陽炎パレスでは大体同じ生活水準で過ごしている。ゆえに、これまでこの金銭感覚の違いが分からなかったのだろう。
(コイツ、こんなに金遣いが荒いんだな……)
ジビアは知らないが、ティアの出自は大手新聞社の社長令嬢というものだ。幼少期は甘やかされ過ごしてきた。白トリュフも日常的に食していた。
対してジビアは、極貧の幼少期を送っていたギャングの娘。ティアとは真逆である。
ティアは既に乗り気である。
「スパイという命懸けでの職業……やっぱり休日には、最高の贅沢をしないとやってられないわ。料理用のワインも、チーズも最高の逸品を用意しましょう」
「やっぱり、あたしは水でいいや」
「突然どうしたのっ⁉」
慌てて誤魔化すが、先ほど『腹がすいた』と申告した以上、怪しさしかなかった。ティアは「変な冗談はいいから」と一切引き下がらない。
(誰か助けてくれ……)
ジビアが迫りくる財政危機に頭を抱えていると、横から男性の声が聞こえてきた。
「ん? お前たちか、どうした?」
「先生っ?」ティアが高い声をあげた。
朝市の一角には、クラウスの姿があった。魚屋の店主と仲良く会話を弾ませている。情報招集の最中だったらしい。
ティアが優しく微笑んだ。
「今、お昼ご飯の食材を調達しているところよ。先生の意見を聞かせてくれる? 今のところ、シンプルに、白ワイン、チーズ、白トリュフでパスタという予定よ」
「中々に豪勢ではあるが――」
クラウスが同意するような反応を示し、そして一瞬、ジビアと視線を合わせると、何かを察したように頷き、ティアと向き直った。
「そうだな、たまには僕が振舞おう。部下を労うのもボスの仕事だ」
「本当にっ?」
「あぁ。食材選びも任せてくれ。ご当地の食材を使うのがいいだろう」
超一流の料理スキルを有するクラウスがわざわざ手料理を作ってくれることにならば、とティアは嬉しそうに頬を緩め、そのまま朝市の奥へ進んでいく。
彼女が一瞬離れたところで、ジビアが囁いた。
「サンキュー。マジで助かった」
「金銭感覚の差で困っていたんだろう? 僕も気持ちは分かる。ハイジ姉さんという金遣いの悪い姉貴分がいたからな」
「改めてティアってお嬢様なんだなって気づいたよ。まさかここまで差があるとは」
クラウスは労わるように頷き、ジビアに「ところで」と尋ねてくる。
「お前はどんなパスタが希望なんだ? それを僕が作ろう」
「ん? 面倒くせぇから、キャベツと塩のみの予定だったけど」
「ニンニクとオイルくらい買え」
※本作は『スパイ教室 短編集02 私を愛したスパイ先生』アニメイト特典SSを修正したものです。
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