『スパイ教室03 《忘我》のアネット』特典SS
関係
「我慢の限界なのっ!」
涙目のエルナがクラウスの部屋に駆けこんできた。
何があったのかは分からないが、クラウスはとりあえず頭を撫でて慰めてやった。
エルナは肩を震わせて窮状を訴え始めた。
「アネットなの! アイツが仕掛ける罠にエルナは迷惑をかけられているの! 持ち物を勝手に借りていくし、やってられないのっ!」
「そうか……確かに、彼女の奔放さには目に余る時があるからな」
腕を組んで頷いた。
アネットが屋敷中にイタズラ的なトラップを仕掛けるのは、恒例になっている。
いつの間にか増えているドアノブ、正体不明の扉、伸びている手すり、これらは大抵アネットの仕業で、迂闊に触れると電流が走る。これも訓練になるだろう、とクラウスは放置していたが、主にエルナが被害者になっているらしい。
「アネットはお前をイジメて楽しんでいるように見える時もあるな」
「絶対楽しんでいるのっ! 許せないのっ!」
エルナ頬を膨らませている。
「ただでさえエルナは酷い目に遭っているの! 小説で例えるなら、出番が多かったキャラなのに、ここ最近までイラストの数がペットの鷹と同数だった気分なのっ。頑張っているのに、広告では存在そのものがタブー扱いされているような気分なのっ!」
「お前の比喩は時々難解だな……」
とにかく、生徒の訴えを放置する訳にはいかない。
クラウスはエルナをなだめると、すぐに原因の解決に動くことにした。
まず尋ねるべきはアネット――ではなく、二人の保護者役扱いされている人物。
「えっ、お二方の関係っすか?」
サラだ。アネットやエルナと同じ特殊班。実力面こそやや二人に見劣りするが、チームとして見た時、扱いが難しい二人を優しくまとめる、クラウスが信頼するメンバーだ。
彼女を広間に呼び出し、クラウスは尋ねた。
「……そもそも、あの二人は本当に十四歳なのか、というツッコミはさておき」
「自分もその問題はスルーするっす」
「アネットは、どうしてエルナにばかり罠を仕掛けるんだ? 本人よりお前に尋ねた方が早いと思ってな」
「なるほど……おそらく、それはエルナ先輩を観察すると分かるっすよ」
「観察?」
意味が分からなかったので、サラに言われるがままに、彼女とエルナを尾行する。
廊下を歩いているエルナはすぐに見つけられた。彼女は廊下の異変に目を奪われているようだった。
「なぜか絨毯が盛り上がっているの……」
エルナは持ち前の敏感さで、屋敷の異変に気がついたらしい。
「踏んでみるのっ」
そして、なぜか思いっきり踏み抜いた。当然、アネットのトラップだ。彼女の全身が石灰に包まれて、真っ白になる。
「不幸……」
「…………………………」
そうだった、とクラウスは思い直す。彼女は不幸体質という非科学的なものではなく、あくまで自罰体質。無意識に危うい橋を渡ろうとしてしまう。
おそらく自覚もなしにアネットのトラップに突っ込んでいるようだ。
「あっ、エルナちゃん。また引っ掛かりやがったんですか?」
エルナが石灰を払っている最中、アネットが現れた。
「俺様、不満ですっ。たまには別の人が引っ掛かってください」
「仕掛けた奴の言い草じゃないのっ!」
「よく会いますねっ。この前使ったバスタオルも、エルナちゃんのだったし」
「無断で借りておいて、あんまりなのっ」
「でも、借りやすそうな位置にありましたっ」
クラウスは息を吐いた。
つまるところ、アネットの奔放さも問題ではあるが、エルナも自ら隙を作りすぎているらしい。
どう指導すればいいか悩ましいところだ。
「気にしなくていいと思うっすよ」
サラが先んじて言った。
「あぁやって怒ってる時のエルナ先輩、楽しそうっす」
「……かもしれないな」
彼女は養成学校時代、友人はいなかった。これも貴重な体験かもしれない。
サラは頷くと、物陰から飛び出し二人の方に歩み寄った。
「はい、ストップっす!」
「んっ?」「のっ?」
サラが指笛をピュッと吹いた瞬間、二人の動きがピタリと止んだ。
「先輩方、今からキッチンでプリンを作ろうと思うんすけど、手伝ってくれませんか?」
「俺様、手伝います」「エルナも手伝うのっ!」
「ありがとうございます。じゃあまずは手洗いっす」
「俺様、分かりました」「分かったの!」
さきほどの争いが嘘のように、二人は仲良くキッチンに向かっていく。
見事に手懐けたものだと感心する。
「本当かわいいっすよね。お二人」
サラは微笑ましいものを見るように、頬を緩ませている。
「お前が特殊班にいる限り、安泰だな」
クラウスは褒めたたえることしかできなかった。
※本作は『スパイ教室03 《忘我》のアネット』アニメイト特典SSを修正したものです。
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