第一話

 鮮やかな赤い髪の少女がフローリング用のモップを床に這わせている。身にまとっている全身黒のスーツは彼女の少し幼さの残る顔とは相性が悪いのか、着られている感じが否めない。そのスーツの左の胸ポケットには装飾が施された金色のプレートが付けられ、ツィノ・サンセットと名前が記されている。その横には小さなマイクが付けられ、腰に向かって線が伸びていた。

「まあ、こんなもんでしょ。」

彼女は辺りを見回して呟いた。壁には大小さまざまな絵が一定の距離を保って掛けられ、彫刻が台座の上に乗せられて部屋の中央に展示されている。ここは島で唯一の美術館。古来の絵画や彫刻などを保管する施設の一室である。

 ツィノはモップを担ぐと展示室の出入り口の前に立った。

「はぁ……。」

モップを床に転がすと出入り口にはめ込まれたガラス扉の取っ手に手をかける。足と腕に力を入れて扉を引くとガコッと音がして開いた。

 モップを足で押し出し、自身の体をドアの外に滑り込ませると重たそうな音と共に扉が閉まる。指を挟みでもしたらひとたまりもないだろう。こんな扉がこの美術館内には合計一五も存在している。モップ掛けを担当する部屋によっては行き来するだけで三十回も扉を開けることになる。今回、彼女が担当した展示室5は比較的扉の開け閉めが少ないものの、あと四回は扉を開けることになる。

 ツィノはモップを担ぎ直すと何気なく展示室4の絵画を見やる。無表情のはずの絵の中の男が笑っていた。

「あはは……あはははは、あはははははははははははは。」

次第に気が狂ったような笑い声が聞こえ始めた。絵の中の人物の気が狂うことなどあるはずがないが、「気が狂う」以外に言い表す言葉がない。

「は?なんで今なのよ。まだ、朝なのに。」

キッと笑っている男を睨みつけるとプレートの横に手を伸ばした。小さなボタンを押して、マイクに口を近づける。

「展示室4にて異常発生。至急、応援をお願いします。」

彼女の声はこの異常な状況にも関わらず、ひどく落ち着いていた。

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夕暮れの美術館で君は泣く 日向えりか @hyugaeri

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