第91話 予言者は知っていた

「────昇天せよ!!」


 掛け声と共にテレジアが召喚した血の巨大隕石群が炎の巨人に降り注ぐ。


『オオオオオ!!!!』


 炎の巨人が向かってくる隕石群に対して右の拳を振り抜いたと同時、灼熱の炎が空を埋め尽くした。血で出来た隕石はたちまちのうちに蒸発し、炎の巨人には小さな欠片すら当たることはなかった。


 テレジアの攻撃は失敗に終わり、血の魔方陣も消滅。頭蓋骨の霊魔によって生み出された禍々しい魔方陣もいつの間にか消滅しており、空には薄い雲だけが残っている。


『イツマデェェ!!!!』


 咆哮と共に巨人は全身から勢い良く炎を噴出させた。火山の噴火を想起させるような光景だったが、それだけでは終わらない。巨人の体から分離した炎が次々に鳥へと姿を変えて騎士たちに襲い掛かった。それは先刻巨人が門から召喚した、腹部に無数の人の顔が埋め込まれたあの鴉ではない。


 炎の鷹である。大きさは人間と同じくらいで先の鴉と比較すればかなり小さく、代わりに異常に数が多い。


 そして何より、その姿かたちはスルトが時折「トマホーク」の名で召喚する火の鳥たちと色以外は全く同じであった。


『イツマデ!!』

 

 最低でも千は下らない大軍を成した炎の鷹は、狂ったように鳴き声を響かせながら騎士たちを道連れにせんと自爆特攻を仕掛けた。


「A.K.ペネトレイト!」


 なおも上空に陣取っているテレジアは、数には数をぶつける魂胆で血の槍を大量に生成、全てを惜しげもなくぶつけることで相殺を狙う。壁上にいたアレキサンダーは正確無比な銃撃で次々に鷹を撃ち落とし、掻い潜って来たものは剣で切り捨てる作業の繰り返し。その間にもモーリッツは空へ飛び出しており、鷹の軍勢の隙間を縫うようにして翔け抜けていた。


「数に怯むな、押し返せ!!!! この程度我々にとっては他愛もない!!!」


 鼓舞激励を発したその瞬間、雷を纏ったモーリッツの身体は鷹の軍勢を通り抜けた。モーリッツの鼓舞を聞いた壁上の騎士たちは勇気づけられるのではなく、そんなこと言われなくても分かっていると言わんばかりに奮起する。


 エルドの「切風」のように、遠距離への攻撃手段を持つ騎士たちは鷹の軍勢を迎撃。それ以外の騎士たちはエルドら遠距離部隊に接近する鷹を各々のやり方で処理していく。騎士たちの強固な防衛線を抜けることに成功した数匹は死に物狂いな様子で猛進するが、リルカの障壁に激突して呆気なく消滅。


 その間にモーリッツは炎の巨人の背後を取っていた。


「全くこんなに楽しくない戦いは初めてだ」


 自身の纏う雷を剣に変え、空いた左手に握り、すぐに逆手に持ち直す。そしてモーリッツは二つの刃を大きく振りかぶった。


『ガァァァァ!!!!』


 すぐさま振り向いた炎の巨人は叫びながら背後にいるモーリッツへ拳を振り抜く。


 しかしモーリッツには届かない。雷鳴を纏うモーリッツの回転斬りが迫る巨拳を激しく切りつけ、螺旋を描く亜光速は巨人の腕を這うように迸り、巨人の腕は瞬時に輪切りにされた。


「今度は当てたぞ」


 モーリッツが追撃を仕掛けようとして体勢を整える。その刹那、腕を輪切りにされた炎の巨人の首が180°回転した。


 巨人の視界がモーリッツを捉えたと同時、その口が大きく開いて閃光が迸る。


 パチパチと弾けるような騒音が鳴った瞬間、灼熱を凝縮させたような極太の熱線が巨人の口から射出された。


 モーリッツの亜光速に匹敵する速度であり、そしてあまりにも大きすぎた。モーリッツの眼には太陽がぶつかりに来ているように映っていた。一瞬の隙を突かれ、回避も防御も間に合わない。


「その技は四年前に見切ったよ」


 瞬間、モーリッツの前方に銀色の障壁が展開される。三角錐型の障壁の鋭角に衝突した熱線はその角度に沿うように真っ二つに分かれ、モーリッツに当たることはなかった。


 障壁に防がれたことを理解した炎の巨人はすぐに攻撃を中断し、修羅の如き形相を浮かべながら首をさらに180°回転させて振り返った。己の邪魔をした下手人を排除すべく、その姿を双眸に捉えようとしたのだ。


 しかし振り返ったその瞬間、炎の巨人の眼前に巨大な雪玉が迫っていた。


 アルベドの霊臓によるものだ。


『アアァァァッ!!!!』


 怒り狂う炎の巨人はまだ残った片腕で雪玉を薙ぎ払った。


 雪玉は容易く崩壊する。


 しかしアルベドは勝利を確信したような笑みを浮かべていた。


「やっちまえ!」


 アルベドが叫んだその直後、砕けた雪玉の中から飛び出した二つの影が炎の巨人の眼を切り裂いた。


「これ意味あるんですかアレクさん!」

「やらねぇよりマシだ!!」


 エルドとアレキサンダーだ。アルベドが生成した巨大雪玉の後ろに潜んでいたのだ。奇襲は見事に成功し、視力を失った炎の巨人の体勢が大きく崩れる。


 そしてエルドとアレキサンダーの二人もまた慣性を失い、重力に捕まった体が落下を開始した。アレキサンダーは例のごとく宙を蹴って加速することで落下を回避。一方で宙を蹴る術を知らないエルドはそのまま落下していくが、その最中でテレジアが間に合い、血のソリの上に着地した。


「ホントにどうやったらできるんだ……?」


 空中をまるで地面を走るように飛ぶアレキサンダーにエルドは奇妙なものを見る目を向ける。


「霊力を固めて足場を作るだけじゃ! ほら退いた!」

「えっ────」


 急ぐようなテレジアの早口に聞き返そうとした瞬間、血のソリが消滅した。


 当然、エルドの体は再び落下し始める。


「えええええええ!!??」


 エルドの驚愕を無視してテレジアは飛び去って行く。


「でも、そういうことなら……!!!」


 エルドは思いのほかすぐに冷静を取り戻した。


 霊力を固める。これは特段難しいものではない。むしろある程度霊力の扱いに慣れていれば誰でも習得できる汎用的な技技術だ。カナエ・ヨタカの霊力矢やジョセフ・モルフォール(霊魔化)の霊力剣もこれによって生成されている。


 つまり、テレジアから一目置かれるほどの霊力操作能力を持つエルドにとっては児戯に等しい。理論派のエルドは一度聞いただけで全てを理解し、簡単に空中を翔ける術を習得した。


「できた!」


 湧き上がる小さな達成感をすぐに消し、エルドは外壁の上を目指して空を蹴る。横目に見た炎の巨人は苦し気に片膝を突いており、切り落とされた腕も潰された目もそのまま。炎による再生が起こる気配は一切ない。


「……」

 

 むしろその逆、炎の巨人は衰弱していた。スレイプニルにすら匹敵する程だった圧力は見る影もなく、時間が経つほどに圧倒的だった霊力が小さくなっていく。


「自分でも制御出来ないんだ」


 外壁の上から見つめていたリルカが悲痛な声を零した。そこから少し経って、宙に飛び出していたアレキサンダー、モーリッツ、エルドの三人が順々に外壁の上に帰還する。


 その間も炎の巨人は苦し気に唸るばかりだった。巨体のあちこちから炎が無秩序に噴出し、それに従って巨体がゆっくりと小さくなっていく。


「終わりじゃ霊魔、怨嗟に溺れし亡者たちよ」


 このまま放置しても勝手に消滅することは火を見るよりも明らかだったが、空から炎の巨人を見下ろしていたテレジアはもう一度血の魔方陣を召喚した。


「どうかお主らが安らかに眠れますように……」


 テレジアの弔いと共に、魔方陣から出現した巨大な血の十字架が炎の巨人を押し潰した。


 大地に赤い墓標が建つ。


 押し潰された炎の巨人はそのまま緩やかに消滅していく。


『えんまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』


 その刹那、炎の巨人は悍ましい断末魔を叫んだ。直後に大爆発が起こる。


「なっ!」

「あつっ!!」


 爆風に吹き飛ばされた騎士たちは宙を舞う。しかし、突然の爆発による動揺の中でも騎士たちは冷静を保っていた。各人は自分なりの方法で体勢を整え、やがて訪れる着地の瞬間に備える。


 エルドも先ほど身に着けた空中疾走を使い、飛ばされたリルカをしっかりと抱きかかえてみせた。


「危ない所だった……! 怪我はないか?」


 エルドの呼びかけにリルカは反応しない。


 それはある光景を目にし、絶句していたからだ。


「リル?」


 放心したように空を見つめるリルカにつられ、エルドも空へ目を向ける。


 そこには快晴を目指して翔け上がる逆さ流星があった。それは融合して一つになった帝国兵十万人の魂だ。その魂の流星はまるで何かから逃げ出すように青空を目指していた。


 不意にそれは見えない何かに衝突し、勢いよく弾け飛ぶ。


 ────そして彼彼女らは目撃する。


 天空に開いた巨大な穴、世界の狭間がこじ開けられ、異界と繋がる瞬間を。



 時を同じくして大穴の向こう側。1999年7月某日の朝の日本。


「…………明晰夢ってやつ?」


 登校中だった女子高生、夜鷹佳奈英よたかかなえの当惑が赤信号の交差点に漏れ出した。


────あとがき────


決着、そして伏線回収です。


分かる方は分かると思いますが、炎の巨人とモーリッツの戦闘描写は進撃の巨人の獣の巨人VSリヴァイ(ウォールマリア最終奪還作戦)をオマージュしてます笑

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