第80話 夢の終わり

 ヤバいどうしよう。王様ゲームにモノホンの王様来ちゃった。


 いやホントに、どういう状況? 文字に起こしたら余計に意味が分からないぞ。何で?


「ところでルールを知らんのだが、これはどうやってプレイするゲームなのだ? 媒体は何を使う?」

「アハハ! 陛下、ゲームだからって全部が全部ゲーム機でやるわけじゃないですよ~! 王様ゲームはこの割りばしを使って────……」


 リルは何食わぬ顔で王様ゲームの説明を陛下にしているが、何でそんないつも通りなんだ? 先輩方やスルトの時が止まったみたいな表情をちゃんと見てくれ。そしてこの異常事態を理解して欲しい。切実に。


「ふむ。つまりくじを勝ち取った者こそ真の王ということか。勝者の総取り、敗者は絶対隷属。ある意味では究極的にリアルなゲームだな」

 

 すみません陛下。王様ゲームって格差社会を体現するために生まれたわけじゃないんですよ。というか王様がそれ言ったらダメでしょ。


「……アレ、これ上手いことやれば俺達の給料上げられるんじゃね?」

「あっ」


 アレクさんの呟きにギドさんが反応するが、その邪な考えを可及的速やかに燃えるごみの袋の中にポイしろ! このシチュエーションでソレは絶対にろくなことにならない! ギドさん以外誰も賛成してないのが答えだろ!


「これはスリリングなゲームになりそうですね」

「予想外に面白くなってきたではないか! 早く始めるぞ!」


 状況を理解したらしいエミーリアさんとテレジアさんが楽しそうに笑う。何でみんなノリノリなんだよ……。アルコールで全員正常な思考が出来ないのか? 万が一ヤバい命令が陛下に飛んだら僕らのクビが飛ぶかもしれないんだぞ……!!


「百聞は一見に如かずだな。まずは一度やってみよう」

「へ、陛下! 王様の命令はどんな命令であっても従わなければいけないんですよ!? 本当によろしいのですか!!」

「何だ貴様。我に遠慮しているのか? よいよい。今日は無礼講、たまにはこういう余興も悪くないだろう?」


 クソ! 唯一の逃げ道が陛下本人によって潰された! 


 こ、こうなったら……


「す、すみません。お腹痛くなってきたのでちょっと失礼────」

「はいダウト! エルドは強制参加だよ!!」


 退散しようとする僕をリルが止めてくる。訓練でやったみたいに霊臓の障壁で僕を閉じ込めてきた。


「くじの準備も出来たし、皆始めるよー!」


 リルが今しがた作ったらしい割りばしのくじを高々と掲げて呼びかける。国王陛下の緊急参加によって怖気づいた者が大半で、結局ゲームに参加したのは一発逆転で昇給を企む金欠二人アレクさんとギドさんと、シンプルに面白半分らしいテレジアさんとエミーリアさんの師弟コンビ。そして僕ら3人と陛下を合わせた計8人だった。


 その大部分はゲームにノリノリである。


「クッ……!」


 マトモなのは僕だけか……!


(おいエルド!)


 追い詰められた僕の心に一筋の光をもたらした声は左隣から聞こえてきた。


(スルト?)

(お前、こっち側か?)

 

 確かな理性を感じさせる琥珀色の瞳と目が合う。


 瞬間、僕らは言葉を交わさずとも互いがこの場で唯一の仲間であることを理解した。


「先端が赤くなったくじを引いた人が王様! その他のくじには1~7までの番号が書かれてるよ! 王様になった人は好きな番号を指定して命令をすること! 王様の命令は絶対!! 指定された番号を持っている人はちゃんと命令に従うこと! それじゃ、行くよー!」


 リルが声を張り、ゲームが始まる。


(やることは一つだ)

(あぁ)


 アイコンタクトでスルトと意思疎通をし、僕は覚悟を決めた。


(僕らが王を取ってゲームを強制的に終わらせる!)


 王様の命令は絶対だ。



「王様だーれだ!!」


 円形のテーブルに移動し終えた後、リルの合図で皆が一斉にくじを取る。僕は急いで取ったくじを確認するが、赤色はない。


 つまり外れ。すぐさま左隣のスルトを見るが、首を横に振られてしまう。


 流石に初手では無理だったか……! 


「我が王じゃ!」


 先端が赤色になった割りばしを掲げて叫んだのはテレジアさんだった。


 一体どんな命令が飛んでくるのか。僕らは息を呑んで命令を待った。


「では……次のターンからは全員右隣にいる人間のくじを自由に見てもいいことにするぞ!」


 僕が想像していたどれとも全然違う命令だった。一体何が目的だ? そう思ってテレジアさんの左、テレジアさんから見て右隣にいる人を見るとアレクさんだった。


「テメェ俺狙いかよクソが……!!」

「しっしっし!」


 なるほど、テレジアさんはアレクさんで遊びたいらしい。物凄く悪い顔でアレクさんを見ている。何ともまぁ私欲丸出しな命令だが、矛先が全く関係ない所を剥いているのでひとまず助かったと言えるだろう。


「なるほど……そういう命令もアリなのか」


 陛下は一人納得した様に呟いていた。


「何とかなったな……」

「あぁ……」


 その傍らで、僕とスルトはくじを返しながら安堵していた。


 スルトの右隣には僕がいる。それが意味することは、誰かが僕を狙い撃ちして命令をしてくるリスクはなくなったということだ。加えて僕の右隣には陛下がいる。そもそも僕が王様になった時点でゲームを終わらせるからそこまで意味はないが、仮に受け入れられなかった場合に僕の命令で陛下を巻き添えにしないで済む。いわば保険が出来たようなものだ。


 そう考えれば、今回の命令は好都合と言えるだろう。


「それじゃ、2回目!」


 さて、次のターンだ。


「王様だーれだ!!」


 僕が引いたのは1番。クソッ、また外れだ! 


(スルトは────)


 そう思ってスルトの顔を確認しようとする前に、今回の王様の正体は判明した。


「おぉ。幸先が良いな」

『!』


 僕の右隣から少し喜色を帯びた声が起こった。


 一同に衝撃が走る。


「陛下……!」


 陛下の手に握られた先端が赤いくじを確認して思わず声が洩れる。


 陛下が王様になるのは、そこまで悪くはない。リルやアレクさんたちが王様になるよりはマシだと言える。


 しかし僕が懸念している所はそこにはない。


(一体どんな命令が飛んでくるんだ……?)


 問題なのは命令。騎士団の人間であればどんな命令を出してくるのか、その性格からある程度予測が出来る。


 しかし陛下は違う。その顔こそ新聞やネットで頻繁に見ているが、こうして同じ空間で交流したのは今回が初めてなのだ。

 

 まるで想像がつかない。


 チョけるタイプか、安牌を切るタイプか、それともリアル狂人か……!

 

「そうだな、元より我はこの国を統べる者。そして騎士団の全指揮権を握る責任者でもある」

『……!』

「余興と言えど、ただ遊んで帰るのも責任者としては如何なものかと思わないか?」


 空気が段々と引き締められていくのが肌で分かる。僕は息を呑んで命令を待った。


「ここは一つ貴様の頭を試させてもらおう────3番は霊装とはどのようなものであるかについて簡潔に説明せよ」


 霊装……確か、ニヴルヘイムで変質した僕らの武器のことを陛下がそう形容していた。

「おっとここで俺かい!」


 この命令に反応を示したのはアレクさんだった。


 良かった……ひとまず今回も平和に終わりそうだ。


「アレキサンダーが3番なのか? では説明が分かりづらかったら死刑で」

「ハァ!?」

 

 あれ、平和?


 ともあれ、テレジアさんは爆笑していた。


「クソッ! おい坊主ども! 特にリルカとエルド!! この際死ぬほど分かりやすく解説してやるから耳の穴かっぽじって聞きやがれ!!」


 自棄になったアレクさんは僕とリルカを指差して叫んだ。


 僕もリルカも霊装についてまるで何も知らない。僕らは王様ゲームのことを一旦置いておいて真剣に説明を聞くことにした。


「霊装ってのは霊力が変質したことで特異能力を獲得した道具のことだ!! 長年使い込まれて使用者の霊力が染みこんだ道具が霊装になるが、全部が全部そうなるわけじゃねぇ!! スレイプニルみてぇな強大過ぎる霊力に晒された道具が霊力の共鳴反応を起こすことで初めて道具は霊装化する!! 原理は未だ不明! そして霊装化した道具は持ち主が念じれば瞬時に手元に召喚できる! はい以上!!」

『おぉ~!!』


 アレクさんが一呼吸で説明し終えると、説明を聞いていたオーディエンスから感嘆の声が挙がり、そののちに拍手の雨が起きた。


「どうだ坊主ども! 理解したな!?」


 僕らは頷き、素直に肯定した。


「よし!!」


 アレクさんは渾身のガッツポーズをした。


「流石は防衛部隊隊長だな。見事な説明であった」


 陛下は満足した様に頷く。それに対してアレクさんは頬を引き攣らせながら笑っていた。


「よし、次のターンに行こうではないか」


 陛下が促し、皆は思い出したようにくじをリルへ返した。


 ────そして事件が起こったのはまさに次のターンだった。


「それじゃあ次は3回目!! 王様だーれだ!」


 くじは……3番。また外れ。スルトも相変わらず外れだったようだ。


「私が王様だー!!」

「「!!」」


 そう高らかに叫んだのはリルだった。天に掲げたくじの先端は確かに赤い。


「どんな命令にしようかなぁ~~~」


 リルはニコニコと無邪気に笑いながら言うが、僕らにとってソレは犯行予告にしか聞こえなかった。


(おいやべェぞ!! どうすんだよコレ!)

(不味い……恐れてたことが起きてしまった……!)


 これは想定しうる中で最も危険な状況だ。リルは天然でやらかすタイプ、しかも予測が全く出来ない。


 だが、一つ分かっていることがある。


「よし、決めた!!」

 

 こういうとき、リルは絶対にやらかす!!」

 

「6番の人は2ターンの間語尾に「にゃん」を付けること!!」


 リルの命令が告げられた時、一瞬だけ静寂が訪れた。


 これは…………そこまでヤバい命令、ではない。


 僕が想像していたよりもずっとましだ。


 いや、選ばれた人間によっては空気が地獄になる可能性がある結構危ない命令ではあるが、まだ助かる可能性がある!


(勝った!!)


 そう思い、ふと僕は陛下の持っているくじに目をやった。


「……あ」


 陛下のくじにはしっかりとした黒字で「6」と書かれている。


「……」


 顔をあげると、真顔の陛下と目が合った。


「これは一本取られたにゃん」


 陛下ァ────────!!!!!


「ブフッ……!!!」


 命令を下したリルが噴き出して顔を背ける。


 逃げるな、こっちを見ろ。君のせいだぞオイ。

 

「ご、ごめんッ、俺ちょっと、ブフッ……席外すわ……!!」


 安全圏で眺めていたアルベドさんが口元を手で押さえながら急いで居酒屋から出ていく。他にも大勢がアルベドさんと同じようにして居酒屋から消えた。


「2ターン過ぎればやめてもいいのかにゃん」

「プフッ……いいです、よ……!!」


 なおも真顔で命令に従う陛下に尋ねられたリルは顔を真っ赤にしながら答える。他のみんなも口にやたらと力が入っていたり肩が不自然に震えていたり、噴き出しそうになるのを堪えていた。


 その瞬間、僕ら8人は逃げられない地獄に自ら飛び込んでしまったことを理解した。


「そ、それじゃあ次のターン……! 王様だーれだ……!!」


 露骨に口元が力んでいるリルがターンを進める。


 神に縋る思いで僕が引いたくじは……3番。


 僕は絶望しながらスルトの方を見た。


「よしッ!! オレが王様だ!」


 その絶望はスルトの手に握られた先端の赤いくじによって希望に反転する。


(ナイスだスルト!!! そして頼む!!)


 僕はもう命乞いでもするかのように懇願する。


(この地獄を終わらせてくれ……!!)


 そのとき、スルトはチラリと僕のくじを見た。


「3番は4番に隠している想いを洗いざらいぶっちゃけること」


 ……………………は?


「スルト……?」


 何だその命令、話が違うぞ。


 この地獄を終わらせるんじゃなかったのか……?


「……4番は私だね?」


 照れ臭そうに言ったのはリルだ。頬を少し赤らめたリルの顔を見たとき、リルの背後に一瞬だけレルヴァの残像があったことを確認した。


 ………………まさか!!


「スルトお前ッ……!!」

「早くしろよ、3番?」


 スルトはニヤニヤ笑いながら僕の肩に手を置く。僕は慌てて「3」と書かれたくじを見直した。


「王様の命令は絶対だぜ?」

「逃げ場なんかねぇぞー」

 

 アレクさんとギドさんが生温かい笑顔で急かしてくる。


 裏切られた! まさかスルトが、クソッ!!


「あらあら♪」

「一体誰が3番なんじゃろうな~?」

「絵に描いたような青春だにゃん」


 声と視線がさらに増える。


「~~!!」


 僕は頭が真っ白になって、殆ど自棄になってリルの手を掴むと、そのままリルを連れて地獄から逃げ出した。



 リルを連れ出した僕は気づけば騎士街の噴水広場に向かっていた。人っ子一人いないその空間には夜の冷たい静けさが人除けの結界のようにして漂っている。


「ハァ……ハァ……!」


 荒くなった息を整えようとする。加速していく鼓動を落ち着かせるように大きく、ゆっくりと。


「エルド」


 それは彼女の声によって阻害される。きゅうと、胸の奥が締め付けられて、仄かに上がっていく体温が肌を撫でる冷たい風を押し返した。


「……まだ?」


 催促するような声色が僕に決意を抱かせた。


「分かってるさ」


 僕は大きく息を吸って、ざわつく心を一度落ち着かせた。


「でも勘違いしないでくれ。今から言う言葉は命令された言葉じゃない。正真正銘、僕の純粋な気持ちだ」


 一度覚悟が決まると人間は案外冷静になれるもので、リルにも聞こえそうなほど鼓動が激しくなっているのに思考はとても住み切っていた。


「────リルカ、君のことが好きだ。ずっと前から」


 それを言葉にするのは初めてだった。


「理由は分からない。気が付けば君のことが愛おしくて仕方がないようになっていたんだ」


 それを言葉にするのは何よりも勇気がいる行為だった。


「ずっと僕の傍にいて欲しい。誰よりも一番近いところで、僕をずっと見ていてくれ」


 風が吹く。


 リルカの髪がふわりと浮き上がって、その雪のような白に僕はもう一度目を奪われた。


「────私の前は、あなたの後ろ」


 少しの間が開いた後、目を潤ませたリルの少し弾んだ声は震えを帯びていた。


「私の右は、あなたの左」


 リルが僕に駆け寄ってきて、少し息苦しさを覚えるほど力強く僕のことを抱きしめてきた。


「例えあなたが嫌だと言っても、私はここに居座るから……!!」

 

 リルは泣きながら笑っていた。


「それは僕のセリフだよ」


 僕は、そっと彼女の身体を抱きしめ返した。


 この日、僕らは恋人になった。


 

[報告]


AC3999年 1月18日 


[報告者]

エルド・L・ラバー


[概要]

調査の結果、王国を襲撃した謎の霊魔群の発生源はムスペル高原であることが判明。なお本文書について、第48代テミス王国国王オットー・フォン・メルゴー並びにフェンリル騎士団第40代目団長グリム・ギルトーニの要請により、何人もこれを閲覧することを禁止する。


以下殉職者

アルス・ゲントナー

イド

グランツ

ケイオス・シャッツ

シャルル・デ=アルカーデ

テリー

ベンジャミン・ベッカー

ボリス・グレーザー

ヨハナ・R・グレーザー

リルカ・イエスマリア

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る