第79話 可惜夜に乾杯を
特別訓練は僕ら霊魔陣営の勝利で幕を閉じた。最後はリルと僕の一騎打ちになったのだが、防御特化のリルは僕に有効な攻撃手段を持っておらず、僕も霊装? と化した武器を持っていたとはいえリルの防御を破れる手段を持っていなかったので、持ち前の速度でリルを振り切って陛下にタッチすることで無理やり逃げ切った。
とはいえ、あまりにもスレイプニルの介入が大きすぎた。べースキャンプに戻って来た後も今回の勝敗についてしばらく議論があったのだが、「ニヴルヘイムで救助活動を行う以上、スレイプニルという大きすぎる存在がどう動いてくるか対策を取れていなかった騎士陣営に問題がある」という団長の鶴の一声で僕らの勝利が確定した。
「なんか運勝ちしたみたいで釈然としない……」
設置したキャンプの解体作業の最中に吐き出したのは僕の本音だ。団長がそう判断したなら勝ちは勝ちなのだが、それでも心情的には納得しづらい。過程を見れば僕がリルに拘束された時点で勝負はもう決まっていた。
「運じゃないよ。最後の私との一騎打ちに関しては実力勝負だったんだから」
僕を諭すように言ったのはリルだ。そう言われてしまうと困ったことに僕は何も言えなくなってしまう。どんな形であれ、リルに勝った僕が結果にとやかく言うのは敗者に対する失敬だ。
「……ごめん」
「謝ることじゃないよ。でも次は絶対勝つから!!」
突きつけられた挑戦予告に僕は頷いた。
「そういえばスルトはどこに行ったの? 訓練が終わってからずっと姿が見えないけど」
不意にリルがこの場にいないスルトの居場所を僕に尋ねてきた。かくいう僕も、訓練中にスルトが脱落してから一度もスルトの姿を見ていない。どこにいるのかと思って周囲を見ても、やはりスルトの姿はどこにも見当たらない。
「アレ……」
「────二人ともここにいたのか」
スルトを探しに行こうとした僕らに声をかけてきたのはモーリッツさんだった。
モーリッツさんは今回の訓練には参加せず運営に回っていたのでずっとベースキャンプにいた。だからベースキャンプに戻ったスルトがその後どこに行ったのか知っているかもしれない。
「モーリッツさん。スルトが今どこにいるか知っていますか?」
「ん? スルトを探しているのか?」
「訓練が終わってから一度も姿が見えなくて……」
するとモーリッツさんは一瞬目をぱちぱちとさせた後、フッと笑みを零した。
「スルトは今団長と話をしている最中だ。あそこのテントにいるぞ」
「じゃあ勝手にほっつき歩いて迷子になったわけじゃないんですね!」
「あ、あぁ……」
「話って、また何かやらかしたんですか?」
「君らもう少しスルトのことを信用してやれよ……」
モーリッツさんは苦笑した。
実際スルトは結構な問題児だからしょうがない。よくやらかしをするのはリルも同じだが、天然でやらかすリルと違って意図的にやらかしをするのでスルトの方が悪質なのだ。
「とにかく、スルトが呼び出されたのはそういうことじゃない。それにスルトだけじゃなくて君らにも話があるから、解体作業を止めて今すぐ来てくれ」
「私達にも?」
尋ねるように僕へ向けられたリルの視線に僕は肩をすくめた。話というのは一体何だろう? 今回の訓練に関係していることだろうか? 一番可能性としてあり得るのはスレイプニルの一件だが、アレはスレイプニルの方から突然やってきたので僕らもよく分かっていない。
「いいからいいから」
モーリッツさんはやけにほくほくとした笑顔で僕らの背中を押し、僕らをテントまで行くように促してくる。僕らはモーリッツさんに半ば無理やり連れていかれる形でテントへ向かった。
「団長。エルドとリルカを連れてきました」
「入れ」
周囲のテントが続々と解体されていく中で一つだけ一切手を付けられていない大きなテントの中から、団長の短く力強い許可が出る。モーリッツさんの後に続いてテントへ入ると、そこには団長とスルトだけではなく、アレクさんとアルベドさんもいた。
その時点で僕はある種の確信を抱いた。
「よく来てくれた二人とも。まずはお疲れ様と言っておこう」
団長からの労いの言葉に僕らは頭を下げる。スルトはというと、僕らが来る前に何かショックなことでもあったのか、大きく肩を落として真っ白に燃え尽きていた。
何があったんだ……?
「さて、今回の特別訓練は霊魔陣営の勝利で終わったわけだが、何か気がかりな点はあるか?」
「?」
僕の確信をさらに補強したのは団長だ。リルは意味を理解出来ていないらしく、首をかしげている。スルトは相変わらず燃え尽きているのでこの際無視させてもらう。
「幾つかあります」
「言ってみろ」
記憶の水底から一旦片隅に置いていた疑問を引きずり上げる。
「今回の特別訓練は何を目的にして行われたものですか?」
「……」
「過酷な環境下で救助活動を想定した訓練ならわざわざゲーム性を持たせる必要はなかったハズです」
「答えは全ての疑問を聞いてから答えよう。続けてくれ」
一度話を止めた団長はそう付け足してまた僕にターンを返した。
「これはあくまで僕の予想ですが、今回の訓練は僕ら三人の力を試すために行われたものではないでしょうか?」
そこで僕は一度結論を先出しすることにした。結論を述べ、そこから相手の疑問や反論を潰す形で根拠を提示していった方がいいと判断した。
「そう判断した根拠を述べてみろ」
「スレイプニルにやられて気絶した僕らが死亡判定を受けなかったこと。アルベドさんが何故か各陣営の配置を知っていたこと。僕ら三人が同じグループにいることです」
一つづつ列挙していくと団長は感心したように頷く。アレクさんもアルベドさんも同様だ。
「ふむ…………そこまで気づいているならもう良いだろう。エルドの言う通り、この訓練はある種の新人研修。お前たち三人がこの先騎士として勤めるに相応しい能力を持っているか試すために行われた」
意外にもあっさりと明かされた真実に僕は一瞬眉をひそめた。
「……何となくそうだろうなとは思ってましたが、その、ヒントが露骨過ぎないですか?」
「今回に関してはスレイプニルというイレギュラーがあったからな。あの動く天災にやられるのを実力不足と見なすのは酷だったから特例で死亡判定を出さなかったが……コレのせいでお前の疑問が正しいことを裏付ける根拠が出来てしまったうえ、雪崩で分断されたお前たちが霊魔陣営であるアルベドとテレジアのグループと合流してしまった」
なるほど。確かに、思い返してみればスレイプニルがいたからこそ気付けた点が多い。僕の仮説は、いわば運営が想定していないスレイプニルというバグを利用したからこそ出来たのだ。
「ちなみにだが、この訓練が新人研修であることはお前たち三人以外は全員が知っている」
団長が付け加える。
「まぁ最初から霊魔役の数と正体を把握していたのは俺とテレジア隊長の二人だけなんだがな。それに最初の転送地点は完全ランダムなことはマジだ」
「霊魔陣営が勝利したら俺ら騎士陣営にペナルティが課せられるのもマジだけどな……」
アルベドさんが笑いなが種を明かし、アレクさんが泣きながら補足する。
しかし、まだ気になる点はある。
「グループメンバーの選出方法についてはどうなんですか? 一か月前、団長は「予め私が設定したメンバー」と言っていましたが、昨日の説明で副団長は「無作為」と言っていました」
すぐ隣から「え」というモーリッツさんの狼狽えたような声が聞こえてきた。
「……団長? 自分そんな話全く聞いてないんですけど?」
「……アレ、言ってなかったっけ」
「どういうことか説明してもらえます?」
モーリッツさんの追及に団長が硬直する。
「あの、まさかシンプルに意思疎通が出来ていなかっただけなんですか……?」
「「……」」
嘘だと思って聞いてみるが、二人とも沈黙して何も答えない。
「杜撰……」
リルが遠慮なく言葉のナイフをぶっ刺した。
「お、おほん! 君たち三人を同じグループに選出したのは私の意志だ。他のグループについてはモーリッツが言ったように無作為に選出している。だからどちらも正しいと言えるな」
「いや違いますよね? エルド達を同じグループに入れていることは訓練が終わってから明かすって話でしたよね?」
「口がすべっちゃった」
「団長」
団長のうっかりに大してモーリッツさんは非難するように厳しい視線を送った。
「と、とにかくだ! 今回の特別訓練……もとい新人研修の結果、君ら二人は騎士に相応しい能力があると見なし、これを以て合格とする」
「「ありがとうございます!」」
……ん? 君ら二人?
「あの、スルトは……」
「自分の能力を過信して返り討ちに合うバカは不合格だ」
一転して泣き止んだアレクさんが燃え尽きているスルトの頭を小突きながら言う。
燃え尽きていたのはそういうことだったのか……。
♢
ベースキャンプの解体が終わり、夜。アルベドさんの「折角だし打ち上げでもしねぇか?」という一言がきっかけで騎士団全体で打ち上げをすることになった。新人歓迎会も兼ねているということだったので、僕ら三人も喜んで参加した。
「それでは色々とありましたが、無事に訓練を終えることが出来たことを祝して、そして新人三人の入団を歓迎して────乾杯!!!」
『かんぱーい!!!!』
モーリッツさんの音頭と共に宴は始まった。騎士街に居酒屋はないため、今回の打ち上げは王国で一番大きな居酒屋を貸し切って行われている。お代はなんと陛下が全額払ってくれるのだとか。
「今日はヤケ酒じゃぁぁあああ!!」
「たわけ!! 一気飲みするなバカ!!」
アレクさんが開始早々ビールを一気飲みしたことで皆の熱気が上昇し、テレジアさんが顔を真っ赤にして怒り出す。
今回の訓練で敗北した騎士陣営(リルを除く)に課せられたペナルティは三カ月間給料30%カット。この間の爆買い事件ですっからかんになっていたアレクさんにとっては一大事だった。
「オレも自棄酒じゃぁぁああ!!!」
「こらこら君は未成年だろ」
アレクさんに便乗しようとしたのはスルトだ。今回の不合格で霊魔陣営なのに一人だけ個別のペナルティを課せられたスルトは、泣きながらジョッキに注がれたアップルジュースを一気飲みした。
「この焼き魚の名前ってなんですか? すっごく美味しい!」
「グレイトフィッシュの塩焼きですね。……あら結構お高いのね」
一メートルはありそうな魚料理の名前をリルが尋ね、メニュー表を見たエミーリアさんが生々しいことを口にする。
開幕からハイテンションな宴は一度も盛り下がることはなかった。皆が下らないジョークや一発芸を披露し、既に出来上がっている者もそうでない者も緩い空気の中で馬鹿笑いする。
「それじゃあ今から王様ゲームやりまーす!!」
『おおおおお!!!!』
飲めや歌えやどんちゃ騒ぎな宴会のボルテージが最高潮を超えたキッカケはリルの一言だった。
「参加する人このゆびとまれ!! もしくは手を挙げて!」
『はぁぁぁぁい!!!』
場にいる全員が参加表明を示す。僕もスルトも当然参加する。普段は参加しなさそうなエミーリアさんやテレジアさんも酒が入って多少酔っているのかノリノリで手を挙げていて、宴会特有の平和な無秩序が皆の意識を染め上げていた。
そして、誰もが想像していなかった意外過ぎる人物が手を挙げた。
「我も参加させてもらおうか」
『!!?』
────第48代目テミス王国国王オットー・フォン・メルゴー、王様ゲームへの参加を表明。
過去最大級の激震が宴会場に走った。
「なんで陛下も!!?」
冷静に突っ込んだのは僕だけだった。
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