第75話 銀雪に惑う・Ⅵ

「────でも僕の予想が正しければ、リルは僕が霊魔役だと感づいてます」


 続けて僕が言うと、アルベドさんは片眉をあげる反応を見せた。


「リルは他人の変化に敏感なタイプです。どんなに完璧な嘘でも些細な言動とか仕草の違いで見抜いてきます」

「…………アイツが?」


 訝しげな声を洩らすアルベドさんは納得していない様子だった。確かに、普段のリルの様子を見れば僕の言葉は一見合っていないように感じることは発言した僕自身理解している。


 でも本当は違う。よく観察していると、彼女は結構人の変化を気にしているのだ。それは彼女が幼いころ、父親が何も言わずに彼女の前から姿を消したことが関係している。


 リルの父親と僕は面識があったわけではないが、リルは父親のことを誰よりも尊敬していた。彼女がニコニコしながら僕に話してくれた数々のエピソードからは双方の溢れんばかりの愛情を感じた。


 だけどリルの父親は突然姿を消した。何の前触れもなく突然消えたらしい。それについてリルは、自分が見落としていた小さな変化があったのかもしれないと受け止めたようで、それ以来他人の変化にとても敏感になった。


 とはいえ、入団してまだ四カ月。騎士団の皆が"リルカ・イエスマリア"という人間の性質を理解するにはまだ時間が足りないし、リルも"いつものみんな"を理解するにも時間が足りていない。

 

 これを説明したところでいまいち納得は得られないだろうし、そもそもこういう話を本人の了承なしにするべきではない。


 僕は少し考えて、よりよい方法で伝えた。


「少なくとも僕に対してはそうです。昔からずっとそうでした」


 これなら完璧だろう。全て事実だし。


 そう思って付け加えるとアルベドさんは打って変わって、すぐに呆れたような目を僕に向けた。


「この鈍感野郎め」

「なんで!?」

「いやマジかお前……」


 僕は自分が罵倒された意味が分からなかった。鈍感って、今の会話のどこを切り取ってそんな罵倒が出てきたんだ? 


「いつか恨まれても知らないからな?」

「えぇ……」


 そんな理不尽な。


「で? 俺は結局どうすればいいんだ?」

「あ、はい。アルベドさんにはまず────」


 僕は昨日の内に組み上げていた作戦の仔細を説明した。

 

 アルベドさんはワクワクしたような表情で頷いた。



 密談の後、改めて合流した僕らは情報共有を行い、件の足跡を調べることにした。


「リルカ。お前が見つけたっていう足跡はこれだな?」

「はい。それです」


 微かに残る足跡を、しゃがみ込むアレクさんが目を凝らして見つめている。


 今この場にいるのはアレクさんのグループと僕らのグループの六人、そこにギドさんのグループの二人を合わせた計八人。ギドさんのグループが一人欠けているのはスレイプニルの吹雪に巻き込まれたからだそうだ。


 この八人の中で一番位が高いのは防衛部隊を指揮するアレクさんと同じく後方部隊を取り仕切るテレジアさん。後方支援科のエミーリアさんはテレジアさんの部下であり、防衛部隊に所属するギドさんやアルベドさんはアレクさんの指揮下にいる。未所属の僕ら三人は言わずもがな最下位だ。


 普通であれば下っ端の僕がどうこう言える状況じゃない。だが、これは訓練だ。そしてこの場において一番位が高いアレクさんは僕らの教育係を務めている。


 となればアレクさんは僕らに判断をゆだねてくる。ここでアレクさんを上手く説得出来れば最下位の僕がこの集団の主導権を握ることが出来る。


 随分早い正念場が来たものだ。


 そう思いながら僕は口を開く。


「二人分しかないので恐らく要救助者のものだと思います」

「脱落者が出たグループの可能性は?」

「山頂まで登って来た足跡がどこにもありません。訓練開始と同時に祭壇に転送されたとしか考えられない」

「スレイプニルの吹雪に飛ばされた奴が偶然テミス像にぶつかって祭壇に漂着した、なんて奇跡があるかもしれねぇ」

「それもあり得ません。だってあの猛吹雪ですよ? もし山頂まで届いていたとしたら祭壇は丸ごと雪に埋もれてないとおかしい」


 アレクさんから飛ばされる追及を一つ一つ根拠を提示ながら潰していく。それはしばらく続いたが、全て問題なく対応することが出来た。

 

「どっちにしろ時間が無い。今すぐにでも足跡を辿るべきかと」

「……それもそうだな」


 ダメ押しの一言によってアレクさんは納得したように息を洩らした。


 いい調子だ。僕は心の中で笑みを零す。


「じゃあ早速────」

「待てよみんな。一つ大事なことをわすれてねぇか?」


 僕が議論を締めくくろうとしたそのとき、意外な人物からの待ったがかかった。


「…………ギドさん?」


 その人物の名を呟く。僕は、予想だにしていなかった伏兵が飛び出したことを悟った。


「藪から棒にどうしたと言うのだ」

「大事なことってなんスか?」


 僕の代わりにテレジアさんとスルトが首をかしげる。


 しかし次の瞬間、ギドさんが放った一言によってこの場にいる全員がハッとすることになる。


「────擬態した霊魔の存在だよ」

「!」


 そのとき、今日一番の強風が山頂を吹き抜けた。冷たい風が全身を打ち、髪が大きく揺れる。


「この訓練は要救助者と霊魔が接触したらその時点で終わりなんだぜ? 数も正体も分かってねぇし、俺達の中にいない保証もねぇ。考え無しに出発したところで潜んでた霊魔に漁夫の利されるのオチだ」


 痛い所を突かれてしまった。


 触れないようにしていたのに気付かれてしまった。


「ちょっと考えれば分かることだが、まさか忘れてたとはいわねぇよなエルド?」

「…………」

「それともアレか? お前ひょっとして霊魔なのか?」


 不味い展開になった。


 何が不味いって、会話の主導権を持っていかれたことだ。この発言からしてギドさんは霊魔役ではないが、僕は霊魔役。


 よりにもよって敵側に持っていかれた。


 皆のギドさんに対する困惑の眼差しが僕に対する疑問に転じる。


「何とか言ってみたらどうだ」


 こうなったらやるしかないか? 手が剣の柄に伸びそうになる。


 ダメだリスクが大きすぎる。寸での所で手を止める。


 このままじゃ僕が霊魔だとバレる。だけどここで動いても僕が霊魔だとバレてしまう。


 そうなれば全て台無しだ。僕の作戦が始まる前から崩壊する。


 考えろ。何か方法があるはずだ。


 加速せよ。加速せよ。思考に命令する。


 すると意識の奥底から浮かんできた一つの答え。僕は覚悟を決めた。


「なら────」


 剣に手を伸ばすと、背筋を凍り付かせるような冷たい風がまた吹き抜ける。


 僕は、剣をギドさんに差し出した。


「これが僕の答えです」


 ギドさんは豆鉄砲を喰らったような顔をした。


「訓練が終わるまで、僕は一切の武装を放棄します」

「……マジかよ。そこまでやるか?」


 引き攣った笑みに僕は勝機を見出す。


「アナタの答えを聞かせてください」


 数秒の沈黙が訪れる。


 観念したように息を吐いたギドさんは僕が差し出した剣を掴んだ。


「吐いた唾は飲むなよ」

「当然」


 ギドさんはニヒルに笑うと剣を僕から取り上げた。


「────あ?」


 が、すぐに怪訝な表情を浮かべる。ちょっと慌てたように僕から取り上げた剣を鞘から引き抜き、刀身に鋭い眼光を向ける。


「?」


 騎士街のウェポンショップで売られている量産型のショートソードの何が気になるのだろうか。剣に細工なんてした覚えはないが。


「あの、どうかされましたか?」

「……なんでもねぇ」


 あまりにも疑いの眼差しを向けていたので耐え切れずに問いかけたが、期待していた返答は無かった。剣は誤魔化すような手つきで鞘に戻される。


「ともかく、お前の覚悟に免じてここは折れてやる」


 ギドさんは僕の剣をひょいと一瞬だけ高く掲げてそう言った。


 当初の目的は果たせた。僕の剣の何が気になったのかは知らないが、これ以上気にする必要もないだろう。


「それじゃ、さっさと出発するぜ」

 

 手を三回叩いて場を締めたアレクさんが言い残し、足跡を辿って下山を開始する。まばらに動き始めた僕らはアレクさんの後を追いかける形で、足跡の先にいる要救助者二名の追跡に取り掛かった。


────あとがき────


 流石に補足が無いと分からないと思うので先んじて言っておくと、今回のギドの言動には致命的な矛盾があります。エルドは気付かなかったようですが、よく考えるとあってはならない大きな矛盾です。


 一体どこが矛盾しているのか?その矛盾が何を意味しているのか?


 ヒントを出すとすれば、ギドは意図的に矛盾した発言をしているということです。


 推理小説ならこういうの言っちゃダメなんでしょうけど、この作品は推理小説じゃないので、敢えて明かしています。ご留意くださいませ。


 金剛ハヤト

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