第62話 決着

「不足行軍!!」


 螺旋する百足の濁流がテレジアたちに襲い掛かる。情動過負荷を経験したことで一段階上のステージへ到達した霊臓から放たれたそれは最早黒い津波と化していた。


「AKペネトレイト」


 テレジアが取った選択は霊力に物を言わせた質量と数でのゴリ押し。ラークと違って未だに最後の切り札ラストリゾートが継続しているため、基礎出力は大幅に向上したままである。

 

 故に放たれた血の弾丸は黒い百足の津波とぶつかり合い、一歩も譲らぬ鍔迫り合いに縺れ込んでいた。


「チィ!」


 負けずとも押し切れない状況にラークは舌打ちを禁じえない。少しでも気を抜けば突破されるだろうと判断し、相応の集中を注いでいた。


「アクアギフト!」


 それをかき乱すために発射されたのはユーリの水球。握り拳ほどの無色透明の水球がラークに迫る。が、ただの水だと判断したラークは防ぐことも躱すこともせず、テレジアとの鍔迫り合いを制することを優先。


(何もしなくていい。ただの水だ。俺に防ぐなり躱すなりさせて集中を散らしたいんだろ? もうその手は食わねぇよバカが。一瞬視界が見えづらくなるが、それだけだ!!)


 来ると分かっている不意打ちは不意打ちではない。来ると分かっている目くらましは目くらましではない。事前に来ることが分かっていれば水に視界を塞がれたところで支障はない。これがラークの計算式だ。それは確かに間違っていない。


「────引っ掛かったな間抜け!」


 途中式に致命的な誤りがあることを除けば。


「アツッ!?」


 顔面にぶつけられたそれは水ではなく、熱湯。


 ホラ・ヤリーロユーリの霊臓が生成できるのは液体。水だけではない。


 ぶつけられた熱湯は火傷するほどの高温ではないが、水の冷たさを予測していたラークの触覚には現実以上の熱とショックが与えられていた。


 ラークの集中が乱れる。


「風魔陣」


 その刹那をカナエが貫いた。


 分裂する霊力矢がラークの四肢に直撃する。


「雑魚が!! 同じ手は食わねぇよ!!!」


 読まれていた。


 服の下で影を鎖帷子のように纏うことであらゆる物理攻撃を捕食し、無効化する技。テレジアとの戦闘で捻りだした工夫がここに来て意外な効果を発揮した。


罪喰つみぐらい!!」

 

 人間を遥かに上回る巨大な蛇がラークの影から飛び出す。影で覆われた大蛇は大口を開きながら高速で這いずり、血の弾丸の雨を全身で喰らいながらテレジアへと迫る。相殺を諦めたテレジアは横に飛び退くことで躱すが、先読みしていたラークがすぐそこまで来ていた。


「大当たり!」


 暴食の影に包まれたラークの黒腕が振り抜かれたそのとき、ラークの視界からテレジアの姿が消えた。


「なッ!?」


 空振り、宙を進む腕。その真下には少女の姿に戻ったテレジアがいる。


「ガッ………!」


 ラークは顎を杖でかちあげられた。


「にっしっし! こういうの一回やってみたかったんじゃよ♪」


 ふらつきながら後ろへ退いたラークを見てテレジアは楽しそうに笑う。少女のような姿に噛み合う無邪気な笑みだった。


「一本取られたぜクソ……! 最後の切り札ラストリゾートを解いたのか……!」

「その通り!」


 頭を押さえながら苦虫を噛み潰した表情を浮かべるラークに対し、テレジアはやや獰猛な笑みを張り付けてまた攻撃を再開する。


「ソード・イングラム!」


 血の剣が矢の雨の如くラークへ襲い掛かる。だが先ほどと比べると随分と勢いが落ちていた。


最後の切り札ラストリゾートを解いた直後は霊臓ソウルハートの出力が大幅に低下する!!! 原理は知らんがやっぱそうだよなぁ!!!?」


 その理由をラークは知っている。己自身体感したのだから当然だ。


 故にこの瞬間、自分が有利を取ったことを悟っていた。


 となれば選択する行動は一つ。


最後の切り札ラストリゾート

「「「!!」」」


 歪に膨張し始めたラークの霊力に三人の警戒心が最大まで引き上げられる。


 コツは掴んだ。消耗した霊力もアークの治療によって回復した。対抗しうる人間テレジアは今充分に能力を発揮できない。


 これ以上ないほどの絶好の機会だった。 


「────レルヴァ・テイン」


 突如として降り注いだ爆炎に呑み込まれるまでは。


「兄貴!」

「ヴェルト!」


 覚えがありすぎる霊力、灼熱。


 直後に二人の前に降り立ったスルトの五体満足を見てユーリとカナエは安堵し、そして歓喜した。


「悪ぃ。駆け付けるのが遅くなった」


 スルトは爆炎の中にいるであろうラークから視線を外さず、背後にいる二人に対して声だけを返す。


「なっ、スルト!!?」

「えっ!」


 だが予想だにしない声が聞こえたことで振り向かざるを得なかった。


「テレジアさん!!? なんでここに!!?」

「おま、それはこっちのセリフじゃバカ者!!! 黙って国を出たかと思えばこんなところで何をしておった!!!」


 夢にも思わなかった再会に二人とも強く動揺していた。


「あの兄貴が……チビに敬語を使ってるだと………!?」

「二人とも知り合いなの……?」


 ユーリとカナエも少なからず動揺、というよりかは困惑していた。二人が知り合いであったという事実に加え、つっけんどんなスルトがテレジアをさん付けで呼んだことに衝撃を受けていた。


(それに今、スルトって…………)


 カナエの中で一つの疑問が浮かび上がる。自然と思考が加速していく。


「そういうことか!!」


 それを遮ったのは何かを思い出したようなユーリの声だった。


「……ユーリ?」

「チビは多分フェンリル騎士団の偉い人だ!」

「え?」


 カナエの中で生じた違和感が次第に膨らんでいく。


「俺がシュプリさんと初めて会った時なんだけどよ、あの人チビのことをテミス王国から来た友人だって言ってたんだ」

「テミス王国から来た…………」

「兄貴もテミス王国出身だし、ちょっと前までフェンリル騎士団にいたらしいから、多分そこ繋がりだ!」

「ヴェルトが……フェンリル騎士団に?」


 カナエの中にある光景がフラッシュバックする。


[帝国軍先遣隊全滅か。一夜にして十万の兵を滅殺したテミスの"炎魔"]


 ジャスティティアに来て間もない頃、帝国を彷徨っているときに思いがけず見つけた新聞の見出し。


「まさか…………!」


 カナエは目を見張った。


「万喰者!!」


 カナエの思考を無理やり打ち切ったのはラークの叫びだった。


 爆炎を切り裂き、影と共に姿を現したラークは射殺すような視線をスルトへ向ける。


「────テメェ何で生きてやがる!!!? 俺はしっかりトドメまで……!」

「こっちが聞きたいくらいさ。起きたら知らねぇ場所だったし、ぶち抜かれた腹も綺麗さっぱり塞がってたよ」


 肩をすくめたスルトにラークは歯を食いしばった。その黒い瞳の表面には、スルトの身体から漏れ出す炎が揺らいでいた。


「だが何でもいい。お前を灰に出来るなら……!!」


 ラークを睨みつけるスルト。その背中で発生した炎が揺らめいて、レルヴァが現れる。


「気を付けよスルト! 奴は情動過負荷を経て進化した! お主の知るラークとは訳が違うぞ!」

「ウッス!!」


 テレジアの警告にスルトは気合の入った返事をする。


 疑問や質問は山ほどあれど、それは後回し。


 無意識だが、この瞬間だけスルトはフェンリル騎士団に所属していた頃のスルトに戻っていた。


「UNエイブラムス!」


 テレジアが先行して巨大な血の槍を生成し始める。


「させるかよ!!」


 妨害のためにラークが駆け出す。


「アクアギフト!」


 その瞬間を突いてユーリが再び水球をぶつける。


「邪魔!」


 足を止めず、腕で水球を薙ぎ払う。二度の失敗により学習したことでその腕は影で防護されている。


「乱気竜」


 が、カナエが生成した突風が水球の軌道を曲げたことで薙ぎ払いは空振りに終わった。


「なっ────」


 水球がラークの顔面に衝突する。咄嗟に目を塞いだが、少量の水が接触する。


「ウグァ!?」


 直後目や鼻の粘膜に起こったヒリヒリとした痛みにラークは思わず立ち止まり、目を抑えた。


「どうでい! 辛みたっぷりの大サービスだぜ!」

「────カプサイシンか!!」


 終わらない痛みに瞼が勝手に降りてしまう。


(不味い……!)


 力を振り絞って目を開き、来るであろうテレジアの攻撃に身構えたときだった。


「────さっきはよくもやってくれたな」


 血の槍ではない。眼前まで迫っていたのはスルトだった。


「パニッシャー」


 琥珀色の炎に覆われた拳がラークの腹に直撃する────


「やらせねぇよ」


 寸前で割り込んできたファウストの肘打ちがスルトを弾き飛ばした。


「兄貴!?」

「ファウスト!」


 ユーリが驚愕し、ラークはホッとしたような声色で叫ぶ。


「情けねぇなオイ。後は任せとけとか言っときながらやられてんじゃねぇか」


 アークの治療は人を選ばない。命がある限り、傷付いた全ての生命を分け隔てなく治療する。それはファウストも例外ではないのだ。


 デザイアにて武王に抉られた脇腹も、アスガルでスルトに焼かれた全身の火傷も、全てが跡形もなく消えていた。


「来るのが遅いんだよクソが! どこほっつき歩いてやがった!!」

「まぁまぁ。ヒーローは遅れてやってくるって言うだろ?」


 荒ぶるラークをファウストが適当に宥める。


「お前は……!」

「こんなところで……!」


 その光景を見てユーリとカナエは絶望した様に声を洩らした。


「テメェ……」


 スルトも同じく、絶望はしていないが一度自分の腹を貫かれた記憶からか冷や汗が流れていた。


「さっきぶりだなデカブツ」


 ファウストがスルトに声をかける。


はリベンジさせてもらうぜ」

「…………リベンジ? 一体なんのこと────」


 スルトは言葉を止めて空を見上げた。スルトだけではなく、ファウストを除く全員が空を見上げていた。


「船…………?」


 呟いたのはユーリだ。視線の先にあるそれを見つめながら、放心したように呟いた。


「ラーク、さっきボスから連絡があったんだ。さっさと帰ってこいってな」

「それじゃあつまり…………」

「────認めよう。俺たちの敗北だ」

  

 突如として出現した巨大な飛空艇を見つめながら、ラークは悔しそうに顔を歪めた。


────あとがき────


カプサイシンの下りは、作者が辛い物食べ過ぎて腹壊した時に思いつきました。

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