第59話 眠れる巨人・Ⅲ
『フェイロン! フェイロン!』
懐かしい声が聞こえる。
『…………コン。また来たのか』
『あったりめぇだ! 今日という今日はお前に膝を突かせてやるぜ!』
ライカードの少女だ。虎の耳と尻尾、虎の体毛のような色合いをした短い髪を持つ少女。毎日のように俺のとこに来ては、毎度の如く俺に仕合いを申し込んでくる。
『喰らえグングニル!! ────グワッ!?』
『俺の勝ち。これで百勝零敗だな』
『クソ―!! また負けた!』
そんで、俺が毎回勝って終わる。
俺にとってこのライカードの少女────コン・シャオロンとの仕合は最早日常生活の一部になっていた。
『いつも思うが、何で毎回俺に挑んでくるんだ』
『何でって…………そりゃあこの集落で一番強いのがお前だからな!』
『道場の老師はどうした。あの爺さんも結構強いだろ』
『この前ぶっ飛ばした!』
『……そうかよ』
俺達が生まれたのは獣人国ラオの辺境にある小さな集落。狩猟や採集で飯を調達するその日暮らしの生活を送っているような小さい集落だ。俺とコンは幼い自分からの付き合いで、特別なキッカケもなく気づいたら一緒にいた。
時代遅れな狩猟生活の傍らで、俺達はずっと二人でつるんでいた。そこに恋愛感情なんか微塵もない。あるとすればド突き合いの血みどろぐらいのもんだ。
挑まれるたびに俺はコンを真っ向から叩きのめした。百戦以上は確実にやっているが、俺が敗けたことは一度もない。
正直な話、アイツに武の才能はない。毎日数時間以上の稽古をしているらしいが、それでも稽古をサボっている俺に負けっぱなしなんだから認めざるを得ない。
だがアイツには絶対にあきらめない強靭な精神があった。何度も俺に負けても、次の日にはひょっこり顔を出してまた勝負を仕掛けてくる。
『次こそアタシが勝つからな! アタシ以外のヤツに負けんなよ!!』
そしてこんな捨てセリフを笑いながら言う。
なんだかんだ、俺はアイツといる時間が好きだったと思う。心地よかったのは事実だ。
でも、そんな日々は長く続かなかった。
なぜなら俺が────…………
♢
「…………ハハ」
朦朧とした意識の中、不意に瞼の裏を通り過ぎた懐かしい記憶に苦笑する。
走馬灯ってやつか? まぁ、この死にかけの状態なら走馬灯が流れても不思議じゃねぇか。
身体が動かねぇ。指一本。さらにデカくなったあの化物にボコボコにされちまった。全身の骨は砕けてるし、右腕は焼かれてボロ炭みたいになってる。もう立ち上がる気力すら残ってねぇ。
────アタシ以外のヤツに負けんなよ!
うるせぇよコン。ただでさえ最悪なコンディションだってのに、あんな化物どうやって倒せってんだよ。
『オオオオオオオ!!!』
咆哮が聞こえる。ついさっきぶっ飛ばした俺のことを探ってるんだろう。バカな獣だ。俺はもうボロボロで動けねぇよ。ほっといてもじきにくたばるさ。
そうさ。俺は死ぬ。誰にも見つからず、ボロ負けしたことを誰にも知られず、ひっそりと。
せめて、万全の状態で戦えていたら…………
「ふざけんじゃねぇ……」
嫌だ。
「ふざけんじゃねぇぞ……!」
それを言い訳にするのは嫌だ。
身体が勝手に立ちあがる。
「こんなところで…………!!」
負けたくない。
ただその一心で、俺の身体が動いている。
「俺は…………負けられねぇんだよ……!」
年甲斐もなく熱くなっている。
全身ボロボロで立っているのもやっとだというのに、何故か体が軽い。まるで絶好調のときみたいだ。
今なら何でもできる気がする。空だって飛べるかもしれない。
根拠のない自信が沸々と湧いてきた。
化物と目が合う。
『オオオオオオオ!!!』
化物は大口を開けて、あのクソヤバい熱線を発射してきた。
その瞬間世界がまるで止まったように遅くなった。
「ハハ」
なんつー迫力だ。喰らったら絶対死ぬ。まぐれで生きてたとしても全身火傷じゃすまないだろうな。
でも今の俺じゃ躱すことも受けることも出来ねぇ。
────それがどうした?
俺を誰だと思ってやがる……!
回避も防御も無理なら攻撃するしかねぇだろうよ。
真正面からぶっ飛ばすしかねぇだろうが。
「そうさ……俺の拳は速いんだ…………お前みたいなやつなんかイチコロだぜこの野郎」
集中。極限まで意識を研ぎ澄ませ。
何もしなくていい。
ただ全力を出し切れ。残る霊力を全て解放しろ。
積み上げてきた経験を思い出せ。
「────」
注いできた歳月に、俺の全てを預けろ。
「
それはファウスト────もといワン・フェイロンが魔拳として知られるきっかけとなった絶技。あるいはコン・シャオロンが得意とする正拳突きを真似た奥義。
霊臓である百歩真拳によって拳圧を極限まで強化することで初めて使用することができる切り札。威力を維持したまま地平線の彼方まで届く拳圧により、撃てば必中の超長射程を実現した正拳突きである。
最速にして最強。必殺にして無敵。あまねく全てを貫き、千里先まで止まらない。
故にその一撃は、迫りくる極太の熱線を割いてスルト(?)に届く────ことはなかった。
『オオオオオオオ!!!!』
仮にファウストが万全の状態であったなら。
その魔拳は熱線を容易く割き、スルト(?)の頭を粉砕していただろう。
だが、今のファウストにそのような力は残っていない。加えて莫邪を放ったのは利き腕ではない左腕。威力は半減どころの騒ぎではない。
起死回生の奥義は数秒ほど熱線を食い止めるばかりで押し返すことは叶わず、鍔迫り合いはあっさりと終了する。
(稽古、サボらなきゃよかったな)
熱線がファウストの全身を飲み込んだ。
♢
時は少し遡り、スルト(?)が初めて巨大化した頃。
「ヒ、ヒィ…………!!」
ジョセフに返り討ちにされ、スルトとぶつかって情けない姿を晒しながら逃亡していた憲兵隊の隊長。今だに街のあちこちを逃げていた彼は、突如として変質したスルトの霊力に怯えてただひたすら遠ざかっていた。
この男は異能と呼んでも差し支えないほどの霊力感知能力を持つ。分かりやすく数値で表せば常人の五百倍。これはガンドラ帝国の最先端精密機器ですら測定できない微弱な霊力を鮮明に知覚できる。
一部の人間にとっては喉から手が出るほど欲しがられる才能である。戦闘においては霊力の流れを感じ取ることで相手の攻撃を先読みすることができる。霊力操作において最大の壁となる霊力の知覚を無視できる。
しかし精密過ぎるあまり、男はいつしか霊力量だけで物事を判断するようになった。
自分よりも霊力量が低い人間は徹底的に格下と侮り、横暴で自分勝手に振舞う。
一方でスルトのような膨大すぎる霊力を持つ者に対しては、目をつけられないよう逃げ隠れるか媚びへつらって攻撃されないようにする。
そういう生き方しかできない哀れな男であった。東へ向かおうとするスルト(?)から逃げるように西へ向かって男は逃げていく。
誠、宝の持ち腐れである。
「いいい一体全体何が起きてるんだよ……! 私が何をしたって言うんだ!」
────突如として迫って来た霊力の槍が男の右足を貫いた。
「グアァ!!?」
足を貫かれた男は叫びながら転倒する。燐光を放つ槍を伝って赤い血が地面に垂れていく。激痛のあまり男は足を抱えてのたうち回った。
『まさかこんな所で出会えるとはな……!』
上空から続々と舞い降りた黒い天使たちは怨敵を見つけたと言わんばかりに笑う。その内の一体がのたうち回る男の足に刺さった霊力槍を乱暴に引き抜いた。
「ウギャァアァアアア!!!」
『楽に死ねると思うなよ』
諸悪の根源。
自分たちを迫害し、大切なモノを尽く奪っていった憲兵という存在を率いる男。
積もり積もった恨みが爆発することは明白である。
「近寄るなァァァアアア!!」
恐怖に怯えた顔で男は、しりもちを突きながらも腰に差していた拳銃で黒い天使たちの頭を的確に撃ち抜く。
訓練の賜物というべきか、その目を見張るような速度の早打ちは咄嗟の状況でも健在である。
「ひぃ!?」
しかし、情動過負荷によって人間のそれを超越したその肉体に弾丸などほぼ意味をなさない。軽い出血が起こる程度でダメージを与えることは出来なかった。
『この世に生まれてきたことを後悔しろ…………世界中から全ての痛みをかき集めても些末だと確信できるような、生まれ変わっても忘れられない苦痛をその穢れた魂に刻みつけてやる!!!!』
言いながら男にゆっくりと近寄る天使たち。先頭にいた背の高い天使が男の腹を全力で蹴っ飛ばした。
「おぶっ……!!」
男は嗚咽を洩らすように血と胃液を吐きながら飛んでいく。地面を数回ほどバウンドし、壁に激突したことでようやく止まった。
二、三度咳き込んで口内に溜まっていた血を吐き出し、よろよろと立ち上がる。
「に、逃げなきゃ……殺される!」
────未だ目を覚まさないシュプリ・クロイツフェルトの存在に気付いたのは、男がふと横に目をやったときだった。
男は、何かを思いついて口角を少し上げた。
────あとがき────
ここにきてまさかの隊長登場。多分皆さん忘れてたと思います。
それと補足ですが
ワン・フェイロン(ファウスト)⇒王飛龍
コン・シャオロン⇒孔小龍
二人の名前に漢字を当てるとこうなります。
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