第58話 眠れる巨人・Ⅱ
炎の人狼と化したスルト(?)は大きく口を開き、超高温の熱線をファウストに向けて放出した。
「
ファウストは
熱線を押し返されたスルト(?)。また咆哮を上げた瞬間身体から千切れた炎が鳥の群れとなってファウストへ突撃していく。ファウストは演舞を披露するかのような動作で拳を振り抜いていき、その拳圧でことごとくを撃ち落とす。
その後、震脚で踏み込んだ勢いを利用した飛び上がり三段蹴り。スルト(?)の腹部・胸部・顎を正中線に沿って蹴り上げた。
完璧な三連撃だったが、効果はファウストが期待していたほど大きなものではなかった。スルト(?)は仰け反りながらも即座に爪を振るって反撃する。ファウストはまだ宙に浮いており、躱すのは難しい。
「チッ」
舌打ちしながら腕で防ぐが、踏ん張りが効かないせいで衝撃を受け流せない。怪力に押されて飛ばされてしまう。しかし予想していたのか、地面に到達する前に体勢を調整することで安全な着地に成功した。
『ガアアアァァ!!』
だが、すぐ眼前にスルト(?)の巨体が迫っている。文字通り眼前、この距離では回避は不可能。防御するにしてもこの巨体から繰り出された突進を完全に防ぐことは難しい。
故に。
「オジサン舐めんな」
ファウストは前に活路を見出した。
目には目を歯には歯を。体当たりには体当たりを。選択したのは
切り開いた突破口を見逃すファウストではない。隙を晒したスルトの肉体に流れるような四連撃を打ち込んでいく。
初撃は少々開いた間合いを震脚で詰めながらの肘打ち。疾風の槍の如き威力がスルト(?)の腹に突き刺さる。これにより、反撃の体勢に入りかけていたスルト(?)の肉体が激痛と衝撃によって深いくの字に曲がって硬直する。
二~四撃はその硬直の刹那を突いた三連撃。
二撃目は脇腹の下に隠れる肝臓にめり込む左拳の突き。三撃目の右頂肘は肋骨を砕いて心臓を突き刺し、腹に撃ち込まれた四撃目の左掌底が胃を揺さぶる。
超至近距離からの三連撃、しかも体重差がそこまで意味をなさない急所狙い。スルト(?)は苦し気な唸り声を洩らした。
それは確かなダメージがあったことを知らせる自白でもあった。だがそのタフネスを挫くには不十分。ダウンさせるには程遠い。
『オオオオォォォ!!!』
スルト(?)はお返しと言わんばかりに超高速連打を放つ。増していく怒りにつられて乱雑な攻撃ではあったが、それ以上に速く、重く、激しい。純粋な身体能力、純粋な力によるゴリ押し。それは生半可な技術を一方的に蹂躙する。
────そんなものは魔拳に通用しない。
当たれば一撃で屠れるかも知れないが、大雑把なせいで軌道を簡単に読まれるだけである。繰り出した全てがファウストに当たる前に叩き落とされ、捌かれ、受け流される。
(ホッとしたぜ。いくらでっかくなっても身体構造は人間のそれと同じだ)
しびれを切らしたようにラッシュの速度を上げたところでファウストの余裕は変わらない。むしろより乱雑になったことで更に見切られやすくなっていた。
とはいえ、捌くたびにスルト(?)の肉体が纏う高熱がファウストの両腕を蝕んでいくこともまた事実。
(これ以上はちょっとヤバいか)
ファウストは思考する。
瞬間、突如身体を旋回させたスルト(?)が尻尾の薙ぎ払いを繰り出した。
「!」
予想外の一撃。防御が間に合ったのでダメージはなかったが、確かに虚を突かれていた。故に生じるカンマ数秒にも満たない硬直。その一瞬、その僅かなタイミングを狙ってスルト(?)はファウストを爪で串刺しにしようとした────
「ワンパターン」
渾身の爪は、肘打ちによって呆気なく撃ち落とさた。スルト(?)の体勢が前に崩れる。
前のめりになったその頭が間合いに入った刹那、ファウストは右掌底で脳天を打ち下ろすことで体勢を更に崩させた。狙い通り目線の高さまで落ちてきた顎を寸勁でかちあげ、巨体を浮かばせる。
「本物の連撃ってのをみせてやらぁ」
ファウストは浮き上がったスルトの(?)の腕を掴んでグッと引き寄せると、一歩だけ深く踏み込んだ後、腹のど真ん中を勢いよく拳で打ち上げた。
攻撃はまだ終わらない。再びかちあげられた巨体は、まだ腕を掴んだまま離していなかったファウストによってもう一度引き寄せられる。
追撃として繰り出したのは顎への膝蹴り。先の寸勁で揺さぶられた脳に直撃した膝蹴りの衝撃が合流したことで、スルト(?)は脳震盪を引き起こした。
ファウストはここでようやく掴んでいた腕を離したのだが、解放されたスルト(?)がふらふらと後ろへたたらを踏んだタイミングですかさずダメ押しを行った。
「破ッ!!」
正拳六連撃。
一発撃つたびに震脚の踏み込みによって威力と重みを増す神速がスルト(?)の内臓を蹂躙した。
怒涛の猛攻撃を全て喰らい、スルト(?)のタフネスも流石に形無し。ついにその片膝が地面を突く。満身創痍と言った風貌である。
────しかし、限界が近いのはスルト(?)だけではなかった。
「!?」
一撃も貰っていないはずのファウストだが、突然苦し気な表情で咳き込み始めた。何度も咳き込み、そのたびに少なくない量の血を吐き出す。手で抑えている右の脇腹からは夥しい出血が起こり、黒いベストから覗くカッターシャツの白がジワリと赤く染まっていく。
(武王にやられた傷が開いたのか……!)
急激に削られていく気力・体力。全身を暴れ回る激痛が噴き出す汗となって露出する。
その一方で相対しているスルト(?)はもう立ち上がっていた。
『オオオオオオオ!!!!』
咆哮を上げる。その巨体から炎が噴き出すと、ここに来て再び巨大化し始めた。
「オイオイマジで言ってんのか…………?」
ファウストにとっては絶望でしかない、まさに最悪の事態だった。あと一歩まで追い詰めた相手が突然の進化。一方で自分は癒え切っていない傷が開いて満身創痍。
万全の状態なら勝てたかもしれないが、その逆の状況で更に強くなった相手と戦わなければならない。
「勘弁してくれって」
今までの倍は下らないサイズにまで巨大化したスルト(?)を見上げながら、ファウストは苦笑した。
────あとがき────
こういう肉弾戦の方が書いてて楽しいのなんでなんだろ。
八極拳で連撃することって多分あんまりないんですけど、色々リアルにし過ぎたら疾走感に欠けるので連撃させてます。
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