第55話 煽り合い
「
大蛇を中心にして黒い影の領域が地面に広がっていく。黒に染まった地面は蛇が這うかの如くゆっくりとその領域を拡大し続ける。拡大する領域に触れた瓦礫や建造物は影から這い出してきた触腕に絡めとられ、抵抗する間もなく引きずり込まれる。
「クッ!」
テレジアは即座に危機を悟り、影が迫ってくる前に杖で空へと飛翔した。
「総攻撃だ!! あの目障りな蝙蝠を悔い殺せ!!!」
ラークの命令の直後、影の中から大量の動物が飛び出した。
狼や
「ソード・イングラム!!」
数には数を。テレジアが取った行動は極めてシンプルであった。剣の形をした血塊を大量生成し、迫りくる異形やその場から動かないラークに向かって掃射する。血剣と正面衝突した異形の軍勢は爆散して黒い液体を撒き散らし、骨だけを残して消滅していく。
だが一向に数は減らない。倒したそばから新たな異形が発生して襲い掛かってくる。ラークは動く素振りすら見せずに飛んでくる血剣を喰らい続けている。しかし、
(何ということじゃ……! よもやこのような小僧が
人類救済などと嘯くテロリスト集団に所属している外道。
テレジアはラークのことをそうとしか認識していなかった。実質的にアスガルを傀儡化させた脅威は重く受け止めていたが、あくまでメシアという組織の持つ力であって構成員個人についてはそこまで意識を向けていなかった。
だが、現実はどうだ。目の前にいるメシアの構成員、恐らくは幹部格であろう男は霊臓の絶技を扱える。あまつさえ凶悪な霊臓に加えてそのような絶技があるとなれば、認識のアップデートは必然である。
(もはや不殺主義などいっておれぬ……! ここで逃がせば奴は絶対に巨悪となる!! 巨悪として世界に降臨してしまう!!)
テレジアは覚悟を決めた。医者ではなく、正義の信仰者としてラークに相対する覚悟を。
遥か上へと大きく飛翔し、血の分身を二体生成する。
「────ヴラド・ギャラクシーコール!!」
「!!」
三人のテレジアが両手に握った杖を儀式的な動作を行った後、その先端を突きあげるように天へ掲げた。
その刹那、天に巨大な赤い魔方陣が出現する。持ちうる霊力の半分を一気に消費するこの大技、その気配をラークは感知した。
「降参してももう遅いぞ!! 貴様はここで終わらせる!!」
魔方陣から赤い隕石が排出され始める。一つ、また一つと隕石が排出されるたびにその生成速度と数は指数関数的に増大していく。
(質量に物を言わせた絨毯爆撃!! 知ってから知らずかいいチョイスしやがる!!)
ラークは冷や汗を流しながらも嗤う。再びその世界が超低速に突入した。
(
見上げる空には赤い空が落ちてきたのかと錯覚するほどの隕石群が迫っている。
(そんでもってこの量を喰い切るのは確実に無理!! ミンチになってジエンドだ!!)
絶体絶命。その四文字がラークの脳内に浮上する。
(────降参? しねぇよバカが)
不敵な笑みが全ての理屈を消し飛ばす。
「────レイズだ!!」
一世一代の大博打。ラークは正面から隕石を迎え撃った。
「見とけよチクショウ!! こちとら漢のオールインだ!!!」
影の領域から歪な竜が一匹飛び出す。
「
それを竜と呼ぶのは冒涜だ。
ラークが影の中に収納していた数多の武具や爆発物。それら全てを影の関節で繋ぎ合わせ、竜の形にしただけの無機物に過ぎない。不完全で歪なその体躯はふらふらと、泥酔しているかのような不安定さを帯びて空へと飛翔する。
やがて隕石群と衝突した瞬間、空で大爆発が生じた。轟音と高温、閃光と爆炎が高速で翔け抜け、無数の隕石を粉砕していく。
────数秒後、降って来た赤い流星群が揺れる黒煙を切り裂いた。
「オオオオオオオ!!!!」
猿叫を上げる。己を鼓舞し、天運に身を任せる。やれることは全てやった。ラークは冷や汗を流しながらも立ち向かった。
隕石の雨が止んだ。
「……かなりヤバかったが、俺の勝ちだ」
イーストウィングに被害はない。未だその地面には黒い領域が我が物顔で居座っている。刹那の大勝負の最中も侵食を続けていた影は、今やイーストウィングを殆ど覆い尽くすまでに巨大化している。
霊力を半分以上失った今のテレジアに、物量に物を言わせた攻撃はもう不可能。
即ち、幸運の女神はラークに微笑んだのだ。
「勝ち誇るな! 勝負はまだ終わっておらぬぞ!!!」
テレジアは片手に血の短剣を生成しながらラークへ迫った。
────ほくそ笑むラークが声を張る。
「ハハハ!! さっきと違って随分必死じゃねぇかオイ! ────今度は医者のお友達すら賭けるってかァ?!!!」
「ッ────!!」
最悪の事態がテレジアの脳内を横切った。
「この外道が……!!」
テレジアは急ぎ攻撃を中断。すぐさま戦闘から離脱してミネルバ達の下へ急行する。正に一陣の風の如き速度であった。
だが、いくら急いだところで結果は同じである。
広場にたどり着いたテレジアはそこに広がっている光景を目の当たりにしたことで思わず硬直した。
「なッ……?!」
ラークは嘘をついた。
万喰者は死亡状態を除き、意識の無い対象に干渉することが出来ない。気絶している者(植物状態の者も含める)や眠っている者などに対しては無力である。
テレジアが目撃したのは影の絨毯の上で五体満足に眠るミネルバら負傷者の姿。そのどこにも影に攻撃された形跡は見当たらない。
想定と食い違う光景。安心と困惑。焦燥と不安の残滓に一瞬縛られるテレジアの身体。ブラフに引っかかったことを自覚したときには手遅れであり、すぐそこまで迫っていた黒い百鬼夜行がテレジアを蹂躙した。
約数秒で通り過ぎた魑魅魍魎の行進に轢かれたテレジアは辛うじて意識を保っていたが、全身が直視し難いほどボロボロとなっていた。霊力を操作することもままならず、杖とともに落下していく。
「だから言ったろ? 俺の勝ち────」
落下する先には影しかない。テレジアが気絶しないよう威力を調整していたラークは勝利を確信。それと同時、今なお拡大を続けていた影の輪郭が気絶しているカナエの身体と接触する。
勝利の笑みが凍り付いた。
「ハァ!!?」
ラークは焦燥に満ちた叫びを発しながら振り返った。
(カナエ・ヨタカ!? なんでてめぇがそこにいやがる!!? まさか回収してなかったのかファウストの野郎?!!!)
イーストウィングに潜伏するユーリ達の殺害をファウストに殺害を命じたのはラーク本人。しかし、ファウストがどこで二人と交戦していたのかまではラークも認知していない。
(ま、不味い! シュプリ・クロイツェルトならまだしもカナエ・ヨタカの死体を捕食するのは不味い!)
またファウストはユーリとカナエを殺さず半殺しに留めていた。
ラークはそれも知らない。故にカナエが意識を失っているだけで本当は生きていることに気が付かなかった。
「~~!!!」
ラークは歯を食いしばり、血がにじむほど拳を強く握り込む。しかし断腸の思いで霊臓の停止を選択した。これにより影の領域は消滅し、ラークの背後に控えていた大蛇も蒸発するように消えていった。
結果、地面に墜落したテレジアが影に触れることはなかった。
「ふざけんなよクソが!! 覚えとけよあのヤニカス!!! 絶対にぶっ殺してやる!!!」
確定していたはずの勝利が消えたことでラークは怒り心頭であった。
「やかましいわ青二才…………ギャーギャー……負け犬の遠吠えか?」
杖を支えにしながらなんとか立ち上がることに成功したテレジアは不敵に笑いながらラークを煽る。最早いつ死んでも可笑しくないほどの重傷だが、その赤い瞳には強い光が宿っている。
「は?」
ラークの声音が氷点下まで下がった。声とは裏腹に顔からは一切の感情が消え失せ、能面のような表情が貼り付いている。
「よくもまぁその体たらくで人類救済などと嘯けたものじゃ…………貴様らのことなど一々知らんが、余程協調性に欠ける阿呆集団と見える」
「おい、何が言いたい」
怒りに声を震わせるラークの額には青筋が浮かんでいだ。歯を食いしばり、今にも飛び掛かりそうなほどの危険な雰囲気を放っている。
「分からんか? 救われるべきは貴様らのおつむの方だと言っておる」
嘲笑するテレジアは左手に持った杖の矛先をラークに向けながら、右手の人差し指で自分のこめかみを二回ほど軽くノックする。
ラークは怒りで絶句した。
「────無知な貴様に教えてやろう!! そして喜びに打ち震えるがよい!! 他者との協調無くして生きられぬ人間という生物が持つ魂の底力を!!」
テレジアは杖を勢いよく天へ掲げる。テレジアの霊力が急激に膨張し始めた。
「四千年の時を経て未来に託された人間賛歌!! その偉大なる絶唱を拝聴せよ!!!!」
その感覚を、ラークは知っている。
「
────あとがき────
落ち着いて聞いてください。テレジアは主人公じゃないんですよ。
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