第54話 最後の切り札

 やべぇクソ強ェ。


「AKペネトレイト」


 向けられる血の弾丸の雨。速度は高速。全身の細胞が避けろと絶叫している。刹那は一瞬、瞬発する肉体の躍動は静止に等しい。躱し、影で防ぎ、それでもなお弾丸の数発がこの身体を穿った。


「ウグァ!」


 痛い。右肩、左わき腹、あとなんかよくわからん部位2か所。急所とか知らんけどとにかく痛い。


 でもそれだけ。それだけだから実質無傷だ。止まっている暇なんかない。


「八咫────」


 反撃しようとした瞬間、喉に激痛が走る。息が出来ない。なんか身体が後ろに吹っ飛んでる。


 杖で喉を突かれたのか? 全く見えなかった。あの体のどこにそんなパワーがあるのかと考える暇もなく建物の壁に激突して、殆ど残っていない肺の中の空気が飛び出ていった。


 身体が地面に倒れ込もうとするのを、絡みついてきた血の拘束が引き留める。グイッと引っ張られて、俺の身体がまた宙を舞った。そのとき一瞬だけ、俺を縛り上げる血の糸があの死に損ないの持つ杖の先端から伸びているのが目に見えた。


「せい、やっ!」


 はるか下から微かに聞こえてくる声。さながら俺は投げられるハンマーだった。何回も何回も空をぐるぐると引きずりまわされ、何度も建造物に叩きつけられ、おもむろに拘束が解けて空中に放り出された。


「────貴様の霊臓ソウルハートは影だな? 大方触れたものを喰らう口だが、我の血が影の中でも存在していたことを鑑みれば、胃袋でもあると言ったところか」


 そして奴は、既に俺の背後に回っている。


「しかし空中ならば影も生じまい」


 魔女のほうきのように空を翔ける杖。その杖に腰掛けながら絶対零度の声色で宣告するヤツの周囲に刺々しい血の槍がいくつもが生み出されていく。


「大正解」


 世界の速度が急速に低下していく中で俺は笑う。口の中にある影から出したある物を咥えてヤツに見せびらかした。


「!」


 視認した瞬間ヤツは一体何を察したのか急いで視界を手で覆った。俺は両手で


 ────炸裂した音響弾の凄まじい轟音が響き渡った。


「音響弾だよバーカ! 会話につられて閃光弾だとでも思ったかァ!? 甘ぇんだよ能無しが!!」


 大音量に世界を埋め尽くされて硬直するバカを嗤いながら俺は地面に落下していった。その最中、両手を合わせて生み出した影からネイルガンを吐き出し、その銃口を空で止まっている死に損ないへ向ける。


「俺特製スーパーネイルガンだ!! バカは串刺しになって死ね!!」


 人殺し特化に魔改造したネイルガンから撃ち出されたのは五寸釘だ。高速で標的を射抜かんと迫っていく。が、寸での所で正気を取り戻した死に損ないが生成した血の防壁に呆気なく弾かれた。


「ゴミじゃねぇかクソが!!!!」


 俺はネイルガンを投げ捨てた。落下して距離が近くなったことで地面に映る俺の影がようやく濃度を持ち始める。空が曇ってるせいでまだちょっと薄いが、ギリギリ召喚は出来るだろう。

 

 俺はすぐさま飲月を頭だけ呼び出して丸呑みにさせ、地面に叩きつけられてミンチになることを回避した。一度影の中に入ってしまえばもう誰にも俺に干渉することはできない。


 影の世界は俺の世界だ。


「アッぶねぇ……! あとちょっとで────」


 そんな俺の安心を嘲笑ったのは体内に残っていた血の弾丸だった。ヤツの霊臓によってイガグリのような形に変化した血のトゲが、被弾箇所周辺を貫いて皮膚から飛び出してきた。


「クッ……しつけぇんだよ死に損ないが!!」


 激痛と屈辱を和らげようとして、影の中で一人喚く。虚しく木霊する声が俺の神経を逆なでした。


「クソがクソがクソが!! なんで俺が追い詰められてる!? なんであんな死に損ないにこの俺がやられてやがる!」


 ムカつく。反撃してもし返されるのが気に喰わねぇ。ハラワタがグツグツと煮え始める。屈辱で頭がどうにかなりそうだ。歯を食いしばっても不快な気分が収まらない。

 

「………………いや、認めよう。アイツは俺より格上だ」


 俺は一旦冷静になることにした。焦れば焦るほどヤツの思うつぼ。一旦状況を正しく理解する必要がある。


「アイツは俺より強い。が、圧倒的じゃあない。射程とか霊力操作は化物だが、霊力量は俺の方が多いしパワーも霊臓も俺の方が上。────なら炎魔倒すよりかは遥かに楽じゃねぇか」

 

 勝てない相手では断じてない。格上だからといって投げ出すような人間にはならねぇぞ。


「────知恵と経験こそが人を強くする……俺は炎魔にすら勝ったんだ。焦ることなんてなにもない。いつも通りにやればいいのさ」


 ♢


 ラークが影の中に逃げてから約十分。既に聴力を取り戻したテレジアは、周囲の建造物を破壊して更地を作り出していた。


「────ひとまずこれでええかの。町を壊すのは少し気が引けるが、奴が逃げ込む影を与えるよりかはマシじゃ」


 周辺には最早瓦礫の山しか存在しない。天気は曇りで、そもそも影は薄い。万が一曇り空から光が漏れ出したとして、影を生み出す建造物はどこにもない。


 環境を整えたテレジアは血の玉座を生成して腰掛けた。


「……」


 やがてまた数分が経過した頃、玉座から少し離れた位置の地面に円い影が発生する。テレジアは座してそれを睨みつけた。


「お待たせ。待った?」

「口を開くな」


 軽薄な声と共に姿を現したラークをテレジアは訝しむ。


(顔つきが変わった……?)


 微妙な変化だった。しかし確実な変化でもある。それを警戒したテレジアはすぐさま立ち上がった。


「ノリの悪い奴だな。そこは「ううん。今来た所」って返すところだろ?」

「……」

「まぁいいさ。悪ふざけもこれで終わりにしよう」


 身体をグッと伸ばし、拳を鳴らすラーク。その顔に再び嘲笑が浮上する。


「出し惜しみは無しだ。フルスロットルで行くぜ」


 パンッと、ラークが胸の前で両手を合わせた瞬間。


 その霊力が急激に高まっていくのをテレジアは知覚した。


最後の切り札ラストリゾート


 ────それは、霊臓の最終到達点であり特異点。


 魂が持つ力の本質を限界以上に引き出す絶技である。


呑罪聖蛇喰命之這跡とんざいせいじゃくめいのはいあと


 ラークという男。魂から迸るのは溢れんばかりの悪意と狡猾。その全てを体現した漆黒の大蛇が、ラークの背後に出現した。


────あとがき────


中二病全開。これがやりたくてアスガル編を書きました。ホントは霊域開門って名前だったけど、あまりにも領域展開のパクリ感が強かったので止めました。


実をいうとラークがテレジアに絶対勝てる方法が一個ありまして、それはスルトの姿に化けながら「スルトを殺した」とテレジアに明かすことです。リルカに化けた姿を見ても動揺しなかったのは既に故人であることを受け止めていたからですが、スルトが死んでいる(しかも殺された)なんてことを知ればそれだけで滅茶苦茶動揺します。


 仮にそうしていたら最後の切り札を使わなくても勝てたでしょうね。でも無意識の焦りでそんなこと思いつかなかったみたいです。かわいい。

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