第51話 For give me

「出来れば、もっと違う形で会いたかったな。スルト・ギーグ」

「……そうだな」


 ジョセフと交戦していたフラムトの息子に言う。顔を見たのは初めてだが、一目見ただけで分かった。瞳の色以外の全てが若いころのフラムトと瓜二つだ。少し暗い赤髪、ハンサムというよりはワイルドという言葉が似合う整った容姿、何もかもそっくりだ。彼の遺伝子を確かに引き継いでいる。


 しかし今は感傷に浸っている場合じゃない。


「わがままを言って悪いが、少しジョセフと話がしたい」

「……友人か?」

「古くからの仲だ。一瞬だけなら話し合えるかもしれない」

「…………」


 フラムトの息子は渋々と言った様子で一歩引いてくれた。こういう風に難色を言外に示しながらも譲ってくれるところも似ている。 


 ここからは僕の正念場だ。一人の医者として、一人の友人として、ここでジョセフを止める。


 

『…………』


 今、一番会いたくない相手が私の目の前にいる。


「君と僕の仲だ。多くは聞かない」


 今、一番聞きたくない声が投げかけられる。


 皮肉なものだ。今一番会いたい相手にはもう二度と会えないのに、一番会いたくない相手は向こうの方からやってくる。


「二つだけ聞かせろ。君は、僕のことも憎んでいるのか?」


 私に問いかけてくるシュプリ殿の眼には確信の灯りがあった。答えは分かりきっているとでも言いたげで、それは声にも表れている。


「────」


 私は口を開いて、少し考えてから答えた。


「そんなわけない。大恩こそあれど、君に憎しみなんて抱けるはずがない」


 それは嘘偽りない私の本音だ。ただ思ったこと、感じたことを言うだけなのに、こんなのにも心が苦しいのはどうしてだろう。ワカラナイ。


「……引き返すことは

「それは出来ない」

 

 シュプリ殿が言い切る前に私は答えた。それ以上聞くと心が揺らいでしまうと思った。聞いてしまったら止まってしまうと思ったから。


 もう止まれないんだ。


「別に何もかも憎いわけじゃない。テレジア殿やシュプリ殿には今も深く感謝しているさ。────でもそれ以上に、私はこのアスガルという国そのものが憎いんだ」

「…………」


 シュプリ殿はただ黙って私の言葉に耳を傾けている。シュプリ殿の眼から厳しい鋭さが消えた。


 だが、関係ない。


「ミリアを奪ったこの国に然るべき報いを与えたい。それが私の答えだ」


 地獄に落ちてもいい。終わりのない苦痛の刑罰を受けてもいい。そしてそのためなら……私は君を殺す。そんな思いを込めて、私は、いつの間にか手慣れた霊力操作で生み出した剣の切っ先を向けた。


「君が知っている私はもういない。ケリュケイオンを率いていたジョセフ・モルフォールはもう死んだんだ」

「……」

『これが最後通牒だ。今すぐ私の前から消えてくれ。できることなら、君を殺したくない』


 早く消えてくれ。私はもう、君の知っている私じゃないんだ。


「なら、ここで僕を殺して見ろ」


 ────今、シュプリ殿はなんと言った? 私は頭が真っ白になった。


『…………え?』

「君が本気なら僕は止めない。だが退くこともしない。君が進むなら僕を殺すしか道はないぞ!」

『!?』


 シュプリ殿は下がるどころか、数歩前に出て腕を広げて見せた。


『し、正気か!? 君は自分の命が惜しくないのか!?』

「今そんなことはどうでもいい!! さぁどうするんだ!」

『~~!!』


 なぜ逃げない!! なぜ前に出られる!? 気が狂ったのか!! 一体何を考えているんだ!! 


「どうした? なんで君が後退する? 僕を殺すんじゃなかったのか?」


 指摘されて初めて自分が退いていることに気が付く。シュプリ殿が一歩近づいてくるたびに私は一歩引いてしまう。身体が勝手に動いてしまう。切っ先を彼に向けたまま、じりじりと後ろに追いやられていく。


 不意にシュプリ殿が一気に距離を詰めてきた。私が呆気に取られて動けない内に彼は私の剣を中ほどから左手で鷲掴みにして、切っ先を自らの額に当てた。


「さぁどうする!! これなら少し力を入れて押し込むだけで僕を殺せるぞ!!」


 剣を鷲掴みにしたせいでシュプリ殿の手は血だらけだ。しかしシュプリ殿はそれを意に介さず、真っすぐ私を見つめてくる。


 私は自棄になって言われた通り剣を押し込もうとした。


 …………何故か、出来ない。呼吸が荒くなるばかりで、鼓動が早くなって終わった。


「殺すのか!! 殺せないのか!! どっちだ!!」

『やめろ……やめろ来るな…………やめてくれ!!』

「ジョセフ!!!」


 名前を呼ぶその一言がトリガーだった。


『────うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


 ジョセフは発狂した。ついに選択できなかった。


 絶望あれと、心の底から望む世界。そこに残った友の花。それを自らの手で、憎悪の炎で灰にすることはとても出来なかった。


 発狂したジョセフは剣を手放し、膝から崩れ落ちた。ジョセフという制御を失った剣はシュプリの額を軽く切り裂き、地面に落下した瞬間光の粒となって宙に霧散した。


「バカ野郎が……!」


 頭を抱え、子供のように泣き叫ぶジョセフをシュプリは見ていられなかった。血で汚れていない右手で目を抑え、声を震わせる。


「私は…………私はどうすれば良いんだ……!!」


 殆ど嗚咽のような声だった。泣き崩れるジョセフから最早憎悪の類は感じられない。


「私はどうすれば良かったんだ…………!!」


 シュプリは声をかけようとしたが、嗚咽に喉を塞がれて何も言えない。


「ミリア……!」

「…………」


 一歩離れた場所で俯瞰していたスルトは場を仲介するため、二人に近づこうと数歩足を前に出した。


















 一発の銃声が響いた。


「ジョセフ?」


 一瞬の後、心臓を撃ち抜かれて倒れたジョセフを見て、シュプリは気の抜けた声を発する。それにジョセフは返答しない。ただ流れ出た血が地面に池を形成していくばかりである。


「良かったね。これであの世で再会できるよ」


 ジョセフの背後。


 ────そこにはいるはずのないリルカ・イエスマリアが慈しみに満ちた微笑みを浮かべていた。


「……リル?」


 その姿と声を知覚したスルトはたちまちのうちに動けなくなった。


 困惑と期待と不信が混ざった視線の先にいるリルカは、くるりと舞うように振り返った。


「赤の他人♪」


 満面の嗤みを浮かべて答えたのは、リルカ・イエスマリアではなくラークだった。

 

「────ラァァァァァァァァク!!!!!!」


 後にも先にもこれ以上はないと確信できるほどの怒りだった。全身の血液が突沸を起こしたような、全ての神経が熱い何かに支配された。


 ただ燃え盛る激情に身を任せ、一帯を焼け野原にせんとする勢いで炎を撒き散らし、最大悪ラークを砕かんとスルトは迫る。


 その背後には、既にファウストがいる。


「悪く思うなよ」


 龍の爪がスルトの胴を貫いた。


────あとがき────


 ファウストが二人いる!?

 念のため言いますが、描写ミスではありません。

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