第33話 蛇の這い跡
テレジア殿の合流の翌日、シュプリ殿・私・テレジア殿の三人で天使病について情報共有を行うことになった。
「天使病の主な症状である白い翼は発病者から養分と霊力を吸い上げることで肥大化している。症状が深刻化すると頭頂部にヘイローに酷似した半透明の輪が出現するようになる。ジョセフのそれが最たる例だ」
「ヘイローについては知らんが、死因は栄養失調による衰弱死ということじゃな?」
「その認識で間違いない。これはあくまで僕の感想だが、ヘイローはそこまで重要な点ではないと思う」
話し合いはシュプリ殿が主導する形で進む。専門家の二人は物凄い勢いで情報の共有と吟味を行うので、私は聞くので精一杯だ。
「してジョセフよ。その翼はお主の意志で動かせるのか?」
「殆ど手足と同じ感覚で動かせます。理屈は分かりませんが、短時間なら高速飛行も出来ます」
「ふむ……」
ときたま二人から飛んでくる質問に答えるときだけは、私も情報を出すことができる。その一瞬に少しでも多くの情報を渡せるよう、私は努めて丁寧に説明した。
「翼の肥大化と減少した体重がいい具合に噛み合っておるんじゃろう。ただでさえ翼に吸われて骨と皮しかない身体じゃ。それだけ大きな翼なら飛行くらい出来ても不思議ではない」
「僕も同じ考えだ。これだけ痩せこけているのに体重自体は発症前とそこまで差がない」
私は背中の翼をチラリと見た。
「不思議なのは霊力も吸っておることじゃな。養分は分かるが、霊力を吸い上げる理由がわからん」
「恐らくですが、天使病の根幹はそこにあると思います」
「となると、やはり病理解剖が一番手っ取り早いが……」
テレジア殿が私とシュプリ殿に一瞥を送る。私たちはそれに沈黙で返した。
「色々と訳アリのようじゃな。差支えが無ければ我に教えてくれぬか?」
今度はシュプリ殿が私に目線を送ってきた。発病者たちのリーダーである私に伺いを立てているようだ。
「すべてお話しましょう。しかし、今から話すのはアスガル聖王国、ひいては聖王府の闇です。ここから先を知れば引き返すことはできませんよ」
「たわけ。たかが一国の闇如きで我の治療が妨げられるものか。シュプリに話を聞いた時点で覚悟は決めておる」
「……了解しました」
私はテレジア殿の堂々たる立ち姿を見て、テレジア殿に対して無意識に抱いていた疑念や不信が消滅したのを感じた。
「では改めて名乗りましょう。────私はジョセフ・モルフォール。天使病の治療及び、奪われた発病者の権利奪還を掲げる反聖王府組織、ケリュケイオンのリーダーです」
「モルフォールじゃと? まさかお主、アーク医療教会の追放者か?」
「ええ、その通りです。かつては教区長でしたが、天使病をきっかけに自己追放を行いました」
アーク医療教会はアスガル唯一の宗教だ。医神アークを信仰し、その教えの元で傷病に苦しむ全ての人間を無償の医療を施すことを目的としている。天使病を発病するまで私は医療教会の教区長として治療を行っていた。
「分からんな。医神アークを信じる医療教会はお主ら発病者にとって一番の味方ではないのか? なぜ自ら追放を選んだ?」
「テレジア殿のおっしゃる通り、医療教会は発病者の味方ですが、傷病に苦しむすべての人間の味方でもあります。天使病の発病者だけが特別という訳ではありません。医療教会の治療を必要とする場所に必要な治療が行き届くよう、私は医療教会を離れました。そしてシュプリ殿の協力の元、ケリュケイオンを立ち上げたのです」
医療を必要とする場所に必要な医療を。医療教会を離れても、このアークの教えは手放していない。私の心はいつまでもアークのそばにあり続けるだろう。
「……うむ。そういうことならば何も言うまい。お主の選択を尊重し、敬意を払おう」
テレジア殿は私に理解を示してくれた。
「話を戻すぞ。さっきから気になっておるんじゃが、天使病は感染するのか? 我の聞く限り、聖王府のやり方は重度のパンデミックに陥った独裁国家の最終手段に近いが」
「断言するが、違う。天使病の発病について、細菌やウイルスは一切関わっていない」
「なぜ言い切れる?」
「ジョセフの病状を間近で見ている僕が天使病に罹っていないからだ。加えて発病者の血液をそうだと知らずに輸血した例がいくつかあるが、それで天使病になった人間は一人もいない」
シュプリ殿の説明を聞き、テレジア殿は納得した様に頷いた。
「しかし、聖王府の発信するヘイトスピーチによって国民たちは感染症だと思い込んでいます。罹患者に対する敵意を煽り、私達の逃げ場を無くそうとしているのです」
「解せんな。一応は天使病の根絶を目指しているはずの聖王府が嘘をバラまく理由は何じゃ? 感染しない病気の患者を一掃したところで根絶できるわけではないし、その死体をわざわざ回収する意味も分からん」
「これは私の個人的な意見ですが、聖王府は何か重大な秘密を隠しているのではないかと」
「うーむ……情報が不足しておるな」
こればかりはどうしようもないとしか言えない。
「せめてあと一人、外部からの協力者がいれば話は変わるのじゃが」
テレジア殿の呟きが静かにこだました。
♢
日が暮れた後、ユーリとカナエが無事に宿に着いた。色々と話したいことがあるらしかったので、一度オレの部屋に集まって晩飯を食べながら情報共有を行うことにした。
これは余談だが、あれから宿泊客たちは憲兵の消毒を恐れてこの宿から出て行った。だから今この宿に泊まっているのはオレ達と、あとからやって来た何も知らない観光客だけだ。
「憲兵隊に気をつけろって?」
「あぁ。あれはかなり危険だ。奇病を根絶するために罹患者を殺しまわってるらしい」
夕暮れ前に押しかけてきた憲兵たちを思い出しながら説明する。どうやら二人とも心当たりがあるようで、少しだけ目つきが鋭くなった。
「とりあえず、明日からお前らは二人一組で動け。単独行動は絶対にするな」
「りょ」
「明日からはどう動きます?」
「二人にはある人間を探してほしい」
オレはネットから拾って来たある男の画像を携帯で二人に見せた。
「シュプリ・クロイツフェルト。医療の神様と呼ばれているアスガルの医者だ」
「なんでお医者さんを探すの? 具合悪い?」
「違う。天使病について色々と聞きたいことがあるんだ」
的外れなことを言うカナエにツッコみを入れつつ、オレはシュプリ・クロイツフェルトへ宛てた手紙をユーリに手渡した。
「もしシュプリ・クロイツフェルトと会えたらこの手紙を渡してくれ。あの人は気難しい所があるが、この手紙があれば悪いようにはされないはずだ」
「もしかして兄貴の知り合いですか?」
「いや、オレの親父の知り合いだ」
今の二人がどういう関係なのかは知らないが、昔はかなり交流が盛んだったらしい。もし相手が親父のことを覚えていたら、親父の名前が有効なはず。
「そんな話聞いたことないけど」
「いう必要が無かったからな。というか、オレも入国管理局でシュプリ・クロイツフェルトの名前を聞くまで忘れてた」
その時は「そういえばそうだったな」としか思わなかったが、このような形でプラスに働くとは思わなかった。
「とにかく頼んだぞ。オレは予定通りラークの居場所を探る。何かあったらすぐに連絡しろ。やばいと思ったらこの国から逃げてもいい」
「分かった」
「了解ッス!」
明日からまた忙しくなりそうだ。
────あとがき────
スルト達の晩御飯についてですが、カナエはユーリにおごってもらった焼きそばパンとバナナスムージー。ユーリはホットドッグ。スルトは宿の売店で買ったサンドイッチを食べています。
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