第32話 既視感

[対魔本部半壊。デザイアを震撼させた武王暗殺未遂事件]


 手に取った新聞の一面にはそんな見出しが付けられていた。宿の予約を済ませてロビーの一席で一息ついていたときに何気なく手に取った新聞の主題は、オレを釘付けにするのに十分すぎるものだった。


 記事の内容を簡単に要約すると謎の四人組が本部にいたアイアンパンツァーを襲撃、その戦いの余波で本部が半壊したとのことだ。四人組はアイアンパンツァーの返り討ちにあったものの全員逃亡。アイアンパンツァー自身も右腕を失った上に意識不明の重体で、今も予断を許さない状況だと説明されている。


「……?」


 オレは新聞を半分も読まずに閉じてテーブルの上に置いた。一度顔を上げて目頭を軽く揉んだ後、もう一度新聞を開いて読む。その後、隅に小さく書かれた日付を確認した。


[2月9日]


 紛れもなく今日の日付だ。携帯の画面にも同じ日付が表示されている。つまり、この新聞は今日印刷されたばかりのものだ。


 それを今一度確認してからオレはまた新聞を開いた。


「気のせい、じゃねぇな。この違和感は……」


 羅列された文字を認識するたびに違和感が強くなる。違和感というより既視感と言った方がいいかもしれない。オレの記憶は初めて目にしたはずのこの新聞に対し、まるで全く同じものを一度どこかで見たことがあるような感覚を脳味噌に訴えかけている。この特徴的な見出し。記事のレイアウト。大きく示された写真の数々。初めて見た全てに見覚えがある。


 間違いない。オレは一度、この新聞を読んだことがある。オレは心の中で結論を出した。


 そしてこのタイミングで────


「ガスコインから電話が来る」


 オレが言い切った瞬間に携帯から着信音が鳴った。一回深呼吸をしてから意を決して画面を見ると、予想していた通りガスコインの名前が表示されている。


 ────お忙しいところすみませんヴェルトさん。緊急です。


『────お忙しいところすみませんヴェルトさん。緊急です』


 ガスコインの第一声は一言一句違わずオレの予想通りだった。


「分かってる。本部を襲撃した四人組についてだろ」

『鋭いですね。まさにその通りです』

「先に聞いておくが、その四人組はメシアだったりするか?」


 ガスコインが一瞬沈黙する。


『……なんでアナタが知っているんですか? 一応トップシークレットなんですけど』

「予知夢ってやつだ。オレも詳しくは分からん」


 ガスコインの疑うような声に適当な理由を付けて誤魔化す。本当のことを全部説明したところで理解されそうにないし、オレ自身何がどうなっているのか何も分かっていないので説明できる自信もない。記憶喪失にでもなったみたいだ。


『はぁ……そういうことにしておきましょう。アナタの言う通り四人組の正体はメシアです。そのうちの一人にはアスガル聖王国にいるはずのラークがいました』

「それも知っている。霊臓ソウルハートによる分身だろ?」

『……マジ?』


 ガスコインの反応からして当たっていたようだ。ここまで来ると一周回って清々しい。まるで預言者にでもなった気分だ。あるのは不気味さだけで全能感も優越感もないが。


「言っておくがラークが保有する霊臓の詳細とかは知らんぞ。後はアイアンパンツァーがボイスレコーダーを残していることくらいだな」

『何でボイスレコーダーをピンポイントで当てられるんですか? 未来視の霊臓でも持ってたりします?』

「そんなわけない。……とは言い切れないな。ここまでくると自分でも疑わしい」


 頭の中に全然知らない記憶が我が物で居座っている感覚というのは奇妙なもので、言葉にし難い違和感と気持ちの悪さがある。今この瞬間だけ脳みそを交換すればガスコインにもこの感覚が伝わると思うが、無理な話だ。


「とにかくだ。そのボイスレコーダーの情報をオレに送ってくれ」

『そうしたいところなんですが、少し問題がありましてね』

「……問題?」


 ここに来て初めて記憶と食い違う展開になった。オレの記憶だと、この後はメールでボイスレコーダーの内容を整理した資料が届くはずだった。オレが受け取ったメールを開こうとしたところで記憶は途切れているが、その途中でトラブルは何も起きていなかった。


『ノイズが酷すぎて声が聞き取れなかったんですよ。四人組の名前や霊臓について言及していたみたいなんですが、肝心なところは全部ノイズで聞こえなくて』

「ノイズの除去はまだ時間がかかりそうか?」

『やたら強力なプロテクトがノイズに掛かっているせいですぐには出来ないです。最低でもあと数日は要ります』


 ここから先はオレも知らない領域だ。オレは預言者気取りを止めて目の前の問題に意識を向けた。


「ラークの霊臓だけならどうだ? 時間は短くなるか?」

『それなら遅くても明後日には』

「よし。それで頼む」

『了解しました。出来たらすぐに連絡します』


 そう言うとガスコインはすぐに通話を切った。


 窓の外は薄っすらオレンジ色に染まり始めている。どうやら結構長い時間話し込んでいたようで、身体を伸ばしてみるとパキと子気味いい音が鳴る。そのまま固まった身体をほぐしていると、ふとあることにオレは気が付いた。


「……二人とも遅いな」


 ユーリとカナエがここに来る気配がない。宿の場所を連絡してから大分時間が過ぎているのに未だ返事がこない。


 まさか何かあったのか? そう思って安否確認のメールを送ろうとしたとき、宿の扉が勢いよく開いた。


「────全員動くな!! アスガル憲兵隊だ!」


 拳銃を持った白い制服の兵士がロビーになだれ込むと、拳銃を構えながらそう叫んだ。


「さきほど感染者がこの宿に逃げ込んだと通報があった! 捜査が完了するまでお前たちを拘束する!」


 憲兵たちはそれだけ言うと次々に宿泊客を手錠で拘束していった。


「まっ、待ってくれよ憲兵さん!! ここには罹患者なんていねぇよ! 二日前からずっとここに泊ってたけど罹患者なんて一人も見なかった!」

「私もよ! だから捜査なんて必要ないでしょ!?」

「口答えをするな!」

 

 憲兵たちは問答無用と言わんばかりに反論してきた宿泊客を殴り倒した。その後も強引な拘束が続いたが、暴行を受けることを恐れたのか抵抗する人間はそれっきり出てこなかった。


「立て。携帯を置き、両手を上げてそのままこっちへ来い」


 胸に勲章を付けたリーダー格の憲兵が携帯をいじっていたオレに銃口を向ける。携帯を閉じて顔を上げるとその銃口と目が合った。


「────あっ! えっ!?」


 突然、オレの顔を見たリーダー格が狼狽えた。さっきまでの冷たい命令口調からは考えられないような動揺っぷりで、そんなリーダー格の姿が珍しかったのか他の憲兵たちもざわざわとし始める。


「~~!!?」


 リーダー格の男は拳銃を構えたまま目を見開いて冷や汗を流している。単純な驚愕ではなく、怯えや恐怖が入り混じった表情だ。他の憲兵たちはオレのことをただの宿泊客として認識しているのに、リーダー格の男だけは明らかに違う認識をオレに持っている。


「オレに何か用か?」

「い、いえ!! 失礼いたしました!」

「隊長!?」


 リーダー格の男は顔を青くしてオレに頭を下げた。それに驚愕したのは憲兵たちで、思わずと言った風に声を上げた。その様子を遠巻きに見ている宿泊客たちも困惑した様子を見せていた。


「か、帰るぞ! 宿泊客たちの拘束を解け!」

「な!? 捜査はどうするんですか!!」

「この宿には感染者などいなかった! それでいい! さっさと手錠を外せ! ────なんで炎魔がここ……!」


 リーダー格の男の小さな呟きをオレは聞き逃さなかった。一方で何も知らない憲兵たちは隊長の有無を言わさぬ命令に気圧され、困惑した様子で宿泊客に付けた手錠を外していった。


 そのまま全員の拘束を解除すると、逃げるように宿から出ていくリーダー格の男につられて憲兵たちも全員いなくなった。


「……失礼なやつだ。オレは人食い火竜じゃねぇってのに」


 俯きながら呟いたせいか、オレの声は想像していたより小さくて弱々しかった。


「なぁアンタ!」


 不意に声を掛けられる。顔を上げてみると憲兵に拘束されていた宿泊客たちがオレの席の前に集まっていた。


「……なんだ?」

「ありがとう!! アンタは命の恩人だ!!」


 いきなりぶつけられた感謝の言葉にオレは困惑するしかなかった。確かに状況だけ見ればオレのお陰で拘束から解除されたのは事実だが、それはオレが意図したことじゃない。


「拘束が外れただけで命の恩人は言い過ぎだろう。そもそもオレは何もしていない」

「そんなことないさ! アンタがいてくれたお陰で皆憲兵のを受けずに済んだんだ! アンタは紛れもなく命の恩人だよ!」


 憲兵に顔を殴られていた男がやや早口で捲し立てると、他の宿泊客たちが同意するように頷く。その目の中には救世主を讃えるような感謝と尊敬のようなものがチラついている。


「……消毒?」


 聞き慣れない単語にオレはオウム返しをした。


「ん? 憲兵の消毒を知らないのか?」

「この国には今日来たばかりなんでな」


 当然だが言葉通りの意味ではないだろう。捜査という単語然り、あの強引過ぎる憲兵たちの姿勢も然り。憲兵が言っていた感染者という単語と関連していることは分かるが、その意味を知るために必要な情報が不足している。


「……外から来た人間なのか」


 考えるオレをよそに男が意味深に呟いた。眉間に少し皺を寄せて悩まし気な表情をしている。それは他の宿泊客たちも同じだった。


「なぁアンタ。悪いことは言わねぇ。早くこの国から出て行った方がいい」

「何?」


 深刻そうな顔をした宿泊客たちの目線がオレに向けられる。それらを代表するように男がまた口を開いた。


「アスガルはもうじき完全な鎖国体制に入る。入ることも出ることも出来ない巨大な牢獄になるんだ」


 妙に既視感がある展開に、オレは嫌な予感がした。


────あとがき────

 

 なんかアトラでも似たようなこと言われてたような……。

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