第30話 異常発生

 ヴェルトにお金を貰った私はまずリンゴを探しに行った。一万ニルもあればリンゴを先に買ったとしても食料を買うには十分だし、ユーリも買い出しに行っているから大丈夫だろう。


 決してスイーツを買おうとかは考えていない。ジュルリ。


「らっしゃいらっしゃい! 瑞々しい果物が揃ってるよ!!」


 タイミングよく聞こえてきた八百屋のおばちゃんの声。私はそのまま八百屋に足を向けて歩いて行った。


 おばちゃんの言う通り、売り出されている果物はどれも大きくて一口齧れば中に詰まった甘味や水分が弾けそうなほど色鮮やかだ。果物の名前を表しているらしい四角形のカードの文字は相変わらず読めないけど、概ね地球にあった果物と同じだから特に困ることはなさそう。


 というか最近思うけど、ここは異世界なのに地球と似ている部分が多い。携帯とか特にそうだ。携帯型霊力通信機なんて名前だけど、ぶっちゃけただのスマホ。なんならこっちのヤツの方が性能滅茶苦茶良いし、アプリゲームとかはないけどネットはあるし。なんなら昨日ロタたちと夜電していた時にアニメがあることを知った。


「あら別嬪さん! 何か探してる果物があるのかい?」


 店の前でボーっとしていたせいかおばちゃんから声を掛けられた。冷やかしだと思われたのかもしれない。


「……リンゴを探してて」

「リンゴね! だったら今朝は言って来たばかりの甘ーいやつがあるよ!」


 そう言っておばちゃんは大きくて赤いリンゴを一個取って私に見せてきた。とても甘くておいしそうだ。これならヴェルトも満足するだろう。


「じゃあ、それください」

「毎度アリ! 袋はいるかい?」

「お願いします」


 買い出しでも使えるので袋をお願いするとおばちゃんは快活な笑みを浮かべた。


「はいお待たせ! 初回利用サービスってことでお金は要らないよ!」

「え」

「嬢ちゃん外から来たんでしょ? 雰囲気で分かるよ。長年人と接する仕事をしているからね!」


 恰幅の良いおばちゃんはガハハと豪快に笑った。顔の皺が楽しそうに歪んでいて、こっちまで笑みがほろりとこぼれそうになる。この国の人はとてもいい人たちだと思った。


「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」

「いいのいいの!」


 お礼を言って頭を下げる。頭を上げたとき、店の壁になにか奇妙なものがテープで止められているのが視界に映った。


 置かれている荷物などの死角に丁度入っていてわかりづらいが、何か翼のようなものが描かれた紙が貼ってある。


「ん? どうしたんだい?」

「あ、いえなんでも……」


 私がジッと店の壁をみていることを不思議に思ったのかおばちゃんが声をかけてきた。肩が跳ねそうになるのを寸での所で抑えた私は急いで目を逸らして誤魔化す。


「……また買いに来ます」

「はっはっは!! ありがとさん! いつでも待ってるからね!」


 私はおばちゃんから逃げるように店をでた。が、紙に書かれていたものが何なのか気になってしょうがない。しかしもう一度戻って、「店の壁に貼ってある紙を見せてください」なんて変なお願いをするのは私には出来ない。ユーリならおばちゃんに話しかけられた時点で、「アレなんすか?」って聞けるかも知れないけど、私はそこまで単純じゃないから無理だ。


「……」


 なんだかもやもやする。このまま知らず仕舞いで中途半端に終わるのは嫌だ。なんだか負けた気がする。


 もしかしたら、他のお店の掲示板とかにあるかもしれない。ああいうのは大体自治体とかから配られるヤツだ。この国、というかこの世界に自治体の概念があるか知らないけど試してみる価値はある。


 私は買い出しなんて忘れて掲示板を探す旅に出た。この国の地図なんてわからないけど、まあなんとかなるでしょ。いざとなったら近くの人に聞いたりヴェルトに助けを求めればいい。ユーリは物凄い勢いで駆け付けてくれそうだけど呼ぶと事態が悪化しそうになるから無しだ。


 今日中には見つかるかなという私の予想に反して掲示板はあっさり見つかった。それは店の中ではなく、敷地内に建物があるタイプの大きな公園のそばにあった。国民たちの憩いの場的な場所だろうか。とにかく滅茶苦茶広い公園だ。


 子どもたちの遊ぶ声や大人たちの談笑の声を聞き流しながら私は掲示板に目を通した。この国のマップらしきものが一番大きく掲示されており、隣には多分公園の注意事項とか禁止項目らしきものがある。


 そしてその二つに負けないくらい存在感を放っている一枚の紙が掲示板に釘で固定されていた。


「……天使に、バッテンが付いてる?」

 

 一言で表すならそうだ。一対の白い翼とヘイローらしき輪っかを上から赤いバッテンの判子を押したような絵が紙には書いてあった。文章もあり、読むことは出来なかったが文末に赤い!マークがある。


 何かの注意喚起? それとも暗号? 


 いくら頭を捻っても私にその意味は理解できなかった。


「……ヴェルトなら分かるかも」

 

 私が真っ先に思い浮かんだのがヴェルトだった。あの人は見た目からして脳筋なのに結構博識だ。医者の息子だったと聞いたので実際に頭は相当いいのだろう。最近は私に文字の読み方を教えてくれているが、説明がバカみたいに分かりやすい。


 そういった経験も相まって私の中でヴェルトは「困ったときに頼れば大体解決してくれる人」というお助けロボみたいな印象が付いている。今回もきっと解決してくれるだろう。写真を撮ってヴェルトに送ろうとした時だった。


「そこのお前! 何をしている!」


 巡回していた兵士らしき人が声を荒げて駆け寄ってきた。


「そこの掲示板が目に入らないのか! ここは撮影禁止区域だぞ!」

 

 どうやら携帯で写真を撮ろうとしたのが不味かったようだ。掲示板をもう一度見てみるとそれらしきピクトグラムもしっかりある。


「……ごめんなさい」

「チッ……次は豚箱だぞ? 以後注意せよ」


 すぐに謝ると衛兵はうんざりした様に溜息を吐いた。


 しかし、禁止されているのに写真を撮ってしまったのは確かに私が悪いが、ここまで言われるほどなの? いや、確かに私が悪いんだけどさ。でもそんな、敵意すら感じるくらい怒らなくてもいいじゃん。カリカリしちゃってさ。いや私が悪いのはそうだからとやかく言う権利はないけども。でも、態度悪くない?


 心の中で不満を呟いていると、少し辺りの空気がざわざわとしていることに気が付いた。最初は衛兵に叱られた私を見てひそひそ話でもしているのかと思ったがどうやら違うらしい。


「か、感染者だ! 感染者が出たぞ!!」


 追い詰められたような声が公園内から聞こえた。声の方を見てみると、公園内のあちこちで動揺した顔を見せる人たちが同じく声の方向を見ているのが視界に入る。


 そして皆の視線が集まった先には、手のひらに収まる程度の小さな白い翼を背中から生やした男の人がいた。


「……天使?」


 まさしく天使のような白い翼だった。とても小さいし頭の上に輪っかはないけど、翼の形は間違いなく天使のものだ。鳥でもなければ虫のものでもない。天使という存在にしか許されない神聖を帯びた美しい純白だ。


「憲兵隊に通報しろ!」

「待ってくれ! 俺は違うんだ!!」


 まるで指名手配犯を見つけたような群衆の反応に翼を生やした男の人は焦っていた。自分は悪くないと必死に弁解する子供のような表情だった。


「な、なんで……信じてくれ! 俺はホントに────」

「く、くるなっ!!」

 

 小太りの男の人が助けを求めるように手を伸ばした瞬間、公園にいた人たちが悲鳴を上げて一斉に逃げ出した。男の人はその様子を見て絶望した様に歯を食いしばると、そのままどこかに逃げだそうとした。


 しかし次の瞬間、私の上を二つの影が通り過ぎた。二つの影は凄い速度で小太りに迫り、あっという間にその背中に追い付く。


「罹患者を確保」


 影の正体がさっき私を注意してきた衛兵と同じ格好をした憲兵だと気づいたのは、小太りが二人に取り押さえられたときだった。一人が小太りを地面に倒すように背中を手で押さえつけ、もう一人は剣を小太りの首元にやったまま誰かに連絡をしている。


「け、憲兵か!? やめろ!! 手錠なんかしないで!!」

「口答えをするな」

「違う!! 俺はホントに違うんだ!!」


 淡々と機械的に小太りを拘束していく憲兵に対し、小太りはずっと何かを否定している。


「連行しろ」

「ま、待てよ! 話くらい聞いてくれ!

「そんなもの檻の中でいくらでも聞いてやる」

「そうじゃない! 俺は────アスガルの人間じゃないんだ!!」


 小太りが今までで一番大きな声で叫んだ。


「……何?」

「おっ、お前ら憲兵、憲兵は俺がこの国の流行り病に罹ったと思ってんだろ! でも聞いた話じゃそれはこの国に住んでる人間しか罹らねぇらしいじゃねぇか!! お、俺はこの国の外から来たただの観光客だ! だから俺は罹患者じゃねぇ!! そうだろ……?」

「……」


 小太りは焦りからか少し聞き取りづらい早口で捲し立てた。憲兵の二人は戦慄したような顔をする。足を止め、冷や汗を流しながら隣の憲兵と顔を見合わせている。その様子から何かイレギュラーが起きていることを私は理解した。


「おやめなさい」


 突然、凛とした中性的な声が公園に響いた。空から聞こえたその声に視線を向けると、とても大きくて立派にシルクのように輝く天使の翼とヘイローを持った若い男がいた。


「なッ!? 貴様はッ────」


 憲兵たちが血相を変えて若い男に剣を向ける。が、若い男がその大きな翼を動かして突風を巻き起こす。憲兵たちは踏ん張りも虚しく、風に飛ばされてしまった。


「~~!?」


 私が風に飛ばされなかったのは反射的に霊臓で風を相殺することが出来たからだ。 しかし、頭の中は混乱で埋め尽くされている。目の前で起きた事態に理解が追い付かず、ただその場で立ち尽くして天使を見ることしか出来なかった。


「アンタは……」

「お話は後です。今はここを離れましょう」


 若い男が小太りの手首に繋がった手錠にそっと手をかざすと、淡い光と共に手錠がひとりでに外れた。


「あれは、霊臓ソウルハート……?」


 ようやく自分の知識で説明できるかもしれない現象が起きたことで私の脳みそが再起動に成功する。察するに鍵を解除できる能力だろうか? 

 

 とにかく、鍵も使っていないのに手錠が勝手に外れた。

 

「……」


 一瞬だけ若い男が私に視線を送った。何かを見定めるような翡翠色の眼は、なぜか私には疲れているように見えた。

 

 若い男はそのまま小太りを横抱きにするとその翼で飛び立ち、あっという間にどこかに消えてしまった。


────あとがき────


 今回はカナエ視点です。次はヴェルトかユーリ、もしかしたら他の誰かの視点になるかもです。戦闘描写も書いていて楽しいですが、こういう地道な展開を練り上げるのも土台を固めている感じがして好きです。

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