第29話 アスガル聖王国

 アトラからアスガルまでの道のりは大体一週間程度の短い旅だった。霊魔の襲撃は何度かあったが、出発前の模擬戦で何かを掴んだらしいユーリとカナエがあっという間に片づけてしまったので俺が出る幕はなかった。頼もしい限りだが、霊魔を片付けるたびにカナエがドヤ顔でオレを見てくるのがウザかった。


「おはようございます。こちらはアスガル入国管理局です」


 聖王国の玄関口、入国者の出入りをチェックするゲート前で冷たい態度の局員が声をかけてくる。


「身分を証明できるものを提示してください」


 言われた通りにハンターカードをオレは提示した。


「おや、ハンターの方ですか! 登録情報との照会を行いますのでお預かりしますね」


 ハンターカードを見た局員が明らかに声のトーンを上げる。不愛想とまでは行かなくてもそこそこ冷たさを放っていた人間がここまで態度を変えるとは。一般人から見たハンターの印象がどういう評価なのかが現れていると思った。


「アスガルには何をしにこられたのですか?」

「デザイアに戻るまでの小休止だ。補給がてら観光でもしようと思ってな」

「でしたらデリング劇場がおすすめですよ。ちょうど五日後にミュージカルがあるのでお時間があれば如何でしょうか」


 そう言って局員はにこやかに笑う。ホント、さっきとは全然対応が違う。



「確認できましたのでこちらはお返しします。本来なら今から荷物検査ですが、一級ハンターということなので今回は免除されます」

「随分好待遇というか、警戒が足りないように感じるが?」

「一級ハンターという称号は大陸対魔組合のお墨付きという意味もありますからね。責任や命の危険が多い分、高い社会的信頼が保証されるんですよ」

「なるほど……」


 こんなところで一級ハンターという肩書が持つ意味を知ることになるとは……。


 こうやって新しいことを知るたびに自分が如何に狭い世界に生きてきたのか実感する一方で、世界の解像度が高まってより色鮮やかに見えるようになったとも感じる。


「それと一つ気を付けてほしいことがありまして。最近、アスガルで謎の奇病が流行っています。なので体調には十分気を付けてくださいね!」


 職員が気になることを口にした。入国審査が案外すぐ終わって若干軽やかになったオレの足はすぐに停止した。


「奇病?」

「はい。といっても感染するタイプのものではないらしいので入国制服とかは何もないですが、まだ原因がよくわかっていないそうで……現在はシュプリさんの調査を待っている段階です」

「シュプリ……もしかしてあのシュプリ・クロイツフェルトか! いつの間にアスガルに戻ってきたんだ?」

「つい最近です。エイル医学賞を受賞した際に突然帰ってきて、国内は一時期大騒ぎになりましたよ」


 シュプリ・クロイツフェルト。数年前に突如として姿を現した稀代の天才。現れて早々に新種の病原菌や抗体を発見の他、昨今は不治の致死症とされていたピール病の特効薬開発で何万人の命を救ってきた救世主だ。先日のエイル医学賞でその名前を知らない人間は最早いないといっても過言ではない。


「とまぁ、ここまで色々と言いましたが……外から来た人たちが奇病に罹ったという報告はないのでそこは安心してください。────それでは、アスガルにようこそ!」


 とりあえず入国出来たオレは、カナエとユーリが審査を通るのを待った。



「アスガル聖王国、着弾!!」

「わー」


 入国するや否や、ユーリは叫んだ。カナエも追従するように小さく手を叩く。


「気持ちは分かるがはしゃぎ過ぎないようにな」

「分かってますって!」


 ユーリが説得力のない笑顔で言う。


「とりあえずオレは宿を予約してくる。終わったら連絡して場所を教えるから、それまで二人は食料の調達を頼む」


 オレは二人に一万ニルずつ手渡した。三人分の食料と考えたら足りないかもしれないが、コイツら(というかユーリ)に大金を渡すと阿呆みたいな浪費をしそうだったので保険をかけた結果だ。もしも何かあったらオレも買い出しに行けば大丈夫だろう。


「余った代金はお小遣いにしていいが、お菓子は千ニルまでだぞ。ジュースも一本までだ」

「ケチ」

「ならお小遣いは無しだ」

「ケチとか言ってごめんなさい」


 依然オレに喧嘩腰なカナエだったが、お小遣いを人質に取ると一瞬で敗北した。チョロ。


「あ、そうだ。リンゴがあったら買ってきてくれないか」

「またリンゴですか? 大好きですねぇ~」

「とにかく頼んだぞ」

「了解ッス!!」


 ユーリは元気のいい返事をしてからすぐに走っていった。


「……」


 カナエはオレが渡した一万ニル紙幣を眺めた後、何も言わずどこかへ歩いて行った。


 相変わらず何を考えているのか分かりづらい奴だ。金銭感覚がしっかりしているカナエのことだから大丈夫だとは思うが、一体何を買うつもりなんだろうか。


 二人を見送った後、オレもすぐに歩き始めた。建築で有名なアスガルは大理石の特産地でもあるため、どこもかしこも大理石が惜しみなく使われている。そのためどこを見渡しても白色が目立つ。そのどれもが芸術品のように美しく、国の景色そのものが名工の手で作られた一つの芸術作品のようだった。


 静かだが人の往来はある。廃れている気配も無ければ治安が乱れているという様子もない。極めて穏やかで人たちの交流は活発。物価は落ち着いていて気候も快適。まるでの理想郷のようだ。


「天国があるとすればこういう場所を言うんだろうな……」

「────おい兄ちゃん! アンタどっから来たんだい?」


 そのとき、一人の陽気な男がオレに声をかけてきた。


「北のテミス王国からだ。今は世界を旅してまわってるんだ」

「てことはギンヌを越えてきたのか! そりゃスゲェ疲れただろう! この国は快適だからうんと休んでいきな!」

「そうさせてもらうよ」

「おう!」


 男は破顔して手を振るとそのままどこかへ去っていった。


「良い国だな……」


 国民の気質も善い。テミスにいた頃も騎士団の遠征等でいくつかの国に行ったが、ここまで過ごしやすいと感じたのは初めてだ。


 そう思った時、不意にテミスでエルド達と過ごした記憶が蘇った。


「……」


 この国よりもテミスの方が良いと感じるのは愛国心なのか、それともただ過去の記憶に縋りついているだけなのか。


 分からなかったオレはペンダントにそっと手を触れた。



 兄貴と別れた俺が向かった先は勿論賭場だった。勘違いしないように言っておくが、兄貴からもらった一万ニルには決して手を付けていない!!! 俺は自覚があるほどのギャンブル依存症だけど、品性まで捨てた覚えはない!!


「三万投資の二十四万勝ち!! ふへへ……」


 というか、大勝したから関係ねぇ! デザイアの大負けがチャラになるレベルでね! 


 受け取った二十四枚の一万ニル紙幣を数えながら賭場に出た俺は思わずにやけてしまう。いきなり二万負けしたときはどうなることかと思ったが、結果を見れば大勝利だ。それにアトラの一件で組合から支払われた大金だってある。


 今の俺は絶好調! 止められるやつはいやしねェ! 気分良く、足取りよく、兄貴に頼まれた買い出しに俺は向かった。この国はアトラの数倍お店や人が多く、品揃えも比べ物にならないほど良い。しかも値段がデザイアの何倍も安い!!! 三千二ルもあれば一人分の一日分の食料が調達できる!! 水も一本百二ルちょっとで手に入る! 俺はその値段を見て感動のあまりつらつらと涙を零した。


「これがアスガル聖王国……!!」


 一万ニル程度で数日分の食料が手に入るアスガル聖王国が大好きだ。


「後はリンゴを見つけて────」

「どいたどいた!! 轢かれたくなかったらそこを退けッ!」


 兄貴が言っていたリンゴを探しに行こうとしたそのとき、後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。それが俺に向けられた声だと気づくまで時間はあまり掛からなかった。


「あぶねっ!」


 急いで横に飛び退く。直後にすぐそばを何か大きなものが通り過ぎた。


 すれ違ったものを見ると、荷台を大きな白い布で覆い隠す大きな馬車だった。荷物は荷台の壁よりも高く積み上げられており、一枚の大きな布とロープで固定されている。馬車を操縦していたのは警備隊のような制服を着ていた人だった。


 しかしそれ以上に気になったものがある。ミイラのように細く土色になった人間の腕が一本、布からはみ出して見えたことだ。


「腕……?」


 荷台に乗せられているのは、人間? なんで人間が荷台に乗せられてるんだ?

 

 いやそれより、何で他の人たちは平然としてるんだ? 

 

 皆物珍しそうにしているだけで、ほとんどは「またか」とうんざりしたような顔だった。一部には荷台の腕を動画を撮っている者もいて、とても奇妙な光景になっている。


 結局、その奇妙な光景の中で一人困惑している俺だけが浮いた存在だった。

 

 ────あとがき────


 つい先日、お高めの焼肉屋に行きました。他人のお金で食う肉ほど美味いものはありませんね。たらふく食ってやりましたとも。まぁ食べ過ぎてお腹を壊したんですがそれはご愛敬ということで、今回はアスガル聖王国についに到着しました。


 天国のようなアスガルで流行る奇病とは一体何なのか、皆さまぜひ予想してみてください。

 

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