第28話 胎動
「でりゃあああ!!!」
迫りくるユーリの二刀を足さばきで回避する。アトラの町の外、といってもすぐ辿り着く位置に町の正門がある場所でアスガル行きの馬車を待つ間に始まったのがこの模擬戦だ。
ショートソードと水から生成した剣の二刀流に対し、こちらは徒手格闘。また縛りとしてオレは霊臓を使用した攻撃禁止を設けている。あとは致命傷になる攻撃は寸止めすること以外特に決めていない。あくまで軽い手合わせだ。
しかしユーリは本気らしく、鬼気迫る表情でオレに剣を向けてくる。一本の剣を躱せば残る片方が後隙を埋めるように襲い掛かってくる。息もつかせぬ剣舞は流れる川のように鋭く透き通っていて、なにより風切り音が殆どない。
余分な力が一切入っていない証拠だ。これを踊るようなステップを刻みながら繰り出せるとは中々凄まじい。騎士団でもここまで出来る人は少ない。
一撃一撃にお前を斬ると言わんばかりに鋭い剣気が乗っている。何事にも全力を出せるのはユーリの美点だ。しかし常にエンジン全開なのでガス欠しやすく、そして少々前のめりになるきらいがある。
「甘いぞ」
「うわっ!」
ユーリの意識が攻撃に集中していたので軽く足を払うと簡単に姿勢を崩せた。すっころんだユーリの顔面に向けて拳を打ち込む────ことはせず、寸止めして額を指で弾いた。
「意識の割り振りが出来てないぞ。攻撃を仕掛けるときでも相手の攻撃に対応できるようにしろ」
「くっ……もう一回お願いします!!」
互いに距離を取ったあと、合図もなく二度目の試合が始まる。今回はオレから攻撃を仕掛けたこともあってユーリは慎重だった。というか、慎重過ぎた。さっきまでガンガン攻めまくっていたのに今度は全く仕掛けてこない。まさかと思い軽く拳を打ち込んでみるとユーリは豹変したように切り返してきた。
「なぁユーリ。素朴な疑問なんだが、何でいきなりカウンタースタイルに変えた?」
「え、兄貴に攻撃に対応できるようにしろって言われたから」
「そういうことじゃねぇよ」
オレは頭を抱えそうになった。理屈は分かるが、1か100しかないのかコイツは。
いや、オレの説明が悪かったのかもしれない。説明が理解されなかったとしても相手に責任をかぶせるのはよくない考え方だ。
「なぁユーリ。オレが言ったのは、自分が攻撃してる最中に相手の反撃が来るかもしれないから、それに対応できるように意識を上手く配分しろってことなんだ」
「つまり全部斬ればいいってことっすか!!」
「うんもうそれでいいわお前は」
オレは悪くない。コイツがバカなのが悪いんだ。
「他になんかアドバイスはありますか!」
ユーリが剣を振るいながら輝いた目で尋ねてくる。
「そうだな……お前の霊臓は生成型でいいんだよな?」
「ウッス!」
「なら生成した水で直接攻撃してみたらどうだ?」
「それが出来ればどれだけ楽なことか……」
軽い気持ちで提案して瞬間にユーリが肩を落としてしまった。
「そ、そんなに難しいのか?」
「全力の全力で樹皮に傷が付けられる程度ですよ……」
諦めたような声で呟くユーリの姿がひどく痛ましかった。しかし、まさかそこまでとは。オレの霊臓が攻撃特化な分、余計にそう感じてしまう。
「じゃあ攻撃は諦めるとして、目くらましに使ってみたらどうだ? 一回オレの顔にぶつけてみろ」
「え? いいんですか?」
「物は試しだ。ほれ、やってみろ」
催促するとしぶしぶといった様子でユーリが水球を生成する。大人の頭程度の大きさのそれは、鉄球だったら怪我をしていたであろう速度でオレの顔面に迫る。
邪魔だったので手で払うと、水球はパシャッと弾けて飛び散った。
「ど、どうすか……?」
「やっぱ目くらましにはなるぞ。視界が塞がる都合上、今みたいに弾くか避けるかの選択を相手に強制できる」
「マジすか!」
「あぁ。水に色を付けられたらもっといい。奇抜な色にすれば相手が毒を警戒して過剰に反応するだろうな」
視覚から入る情報は想像しているよりもずっと大きい。視力を持たない相手以外にはかなり有効な猫騙しになるはずだ。例え水球が見掛け倒しだとバレても視界が塞がることに変わりはないので、相手はどのみち避けるか防ぐか選ぶ必要がある。相手に選択を強制させる手段はそれだけで強力な武器なのだ。
「そんな戦法が……! 色々と試したいので付き合って下さい!!」
「ハハ、馬車が来るまでの間は好きなだけやってみろ」
「私もやりたい」
オレがユーリの頼みを快諾すると、観戦していたカナエが入ってきた。
「いいぞ。なんなら二対一でも構わん」
「は? 泣かす」
「なんでそんなけんか腰なんだよ」
────結局、模擬戦は馬車が来るまでずっと続いた。試合回数は七回。総じてオレ対ユーリ・カナエの構図だったが、全て完勝したとだけ言っておこう。
「一撃も入れられなかった……」
「チート反対」
馬車の中でオレに叩きのめされた二人が肩を落として感想を述べる。
「はっはっは。今のお前らじゃ百回やってもオレには勝てねぇよ」
「いつか絶対泣かすから」
「それしか言えない呪いにでも掛かってんのか?」
実は物凄く負けず嫌いなことが判明したカナエは最後までオレに喧嘩腰だった。
♢
[同刻 デザイア連合国 大陸対魔組合本部B5F・滅却室]
ブーマー・ハルトマンの死体は対魔組合本部の隠された部屋に運ばれていた。危険性のあまり存在すること自体が人類にとって悪影響であると調王評議会に判断された対象は、決まってこの部屋に運び込まれる。
壁も床も天井も目が痛くなるほど白いその部屋は分厚い透明なガラスによって仕切られている。何も置かれていない方にはハルトマンの亡骸が、様々な機器が置かれている方にはアイアンパンツァーと他数名の組合職員がいる。
「滅却準備、完了しました」
「よし。ブーマー・ハルトマンの滅却を開始せよ」
アイアンパンツァーが指示を出すと職員たちが機器を操作し始める。一人はホログラムのキーボードに何かを打ち込む。一人はレバーを引く。一人はボタンを押す。一人は計測機の動きを用紙に書き込んでいく。
次第にハルトマンがいる方の空間に変化が生じ始める。壁や天井の隙間からドロッとした黒い液体のようなものが滲みだしたのだ。
「────なっ!?」
しかし、それは職員たちが期待する滅却によって生じた変化ではなかった。突如として滅却室にけたたましい警報音が鳴り響いた。それは滅却室だけでなく、セキュリティシステムを通して本部全体に緊急を知らせた。
緊張を煽るような警報を耳にした職員たちが取った行動はボタンを押すことだった。階段や壁、机の天板の裏や椅子の脚の付け根など至るところに取り付けられた小さな赤いボタンだ。とにかく自分のすぐ近くにある赤いボタンを本部内にいる職員全員が押した。
ボタンが押されたことによって各階段や通路に無数の黒い防壁が現れ始める。本部内は数秒の間に侵入者を逃がさない鉄の牢獄へと姿を変えた。
静まり返り、鳴りやまない警報音だけが本部にこだまする。しかし滅却室はその限りではなかった。
「滅却は中止じゃ。貴様らはさっさと避難せよ」
「し、しかし────」
アイアンパンツァーが指示を出したその刹那、部屋を分断していたガラスが音を立てて割れる。アイアンパンツァーを除くすべての職員が黒い刃物のようなものに全身を貫かれた。
職員たちを貫いたそれは滲みだした黒い液体から伸びていた。極めて鋭利で、闇のように真っ黒で、影のように薄い。
「
声が響くと同時に黒い刃が変形して職員たちを飲み込んだ。捕食によって巨大化した体積は咀嚼するような動きと共に小さくなっていく。
────一体どうやって入った。いや、それより……
「なぜ貴様がここにいる」
疑問の後、アイアンパンツァーが動く液体に話しかける。
「メシアだからさ。それ以外に理由はいるか?」
どこか幼さを残した青年の声が響いた。同時に液体がうぞうぞと動きはじめ、人の形に戻っていく。
「目的はなんだ」
「お前を救済しに来た」
黒目黒髪の青年は不敵に笑う。デザイアでは一般的なラフで動きやすい服を着ており、人混みに紛れてしまえば簡単に見失ってしまいそうである。しかしこの空間においては、普通は異常に反転する。
「井の中の蛙じゃな。貴様一人で儂を殺せるとでも?」
「イヤな言い方するなぁ。俺らはマジで救済のために活動してるってのに」
青年の影が動き始めた。
「それに、大海を飲み干す蛙も探せばいるかもしれない」
影は青年の背後で盛り上がって壁のように広がるとそこから人が複数現れる。合計で三人。煙草を咥えている黒スーツの男の気だるげな目は左だけ灰色にくすんでいる。
もう一人は聖女のような衣装と錫杖が目を引くアールヴの女で、その周りに白いクリオネのような浮遊物が漂っている。
残る最後の一人はフェンリル騎士団の制服に酷似した衣服を着ており、中央に黒い十字架が刻印された仮面で顔を隠している。
「……ふん。最近メシアに加入したという奴らか」
「ゲッ! もう情報回ってんのかよ! いくら何でも早すぎじゃね?」
青年が顔をしかめた。が、またすぐに不敵な笑みを取り戻した。
「ま、いいや。お前が救済されることにかわりはねぇ。俺たち、メシアの手でな」
「おぉ恐ろしい、恐ろしいのぉ。────しかし心せよ」
アイアンパンツァーが一歩足を踏み出す。床が砕け、小さな地震が発生する。
「追い詰められたネズミほど怖いものはないぞ?」
溢れ出す霊力と闘気が暴風の如くメシアに襲い掛かった。
────あとがき────
最近は筆が乗りまくってます。この調子でどんどん執筆していきます。
皆さま台風にはくれぐれもお気を付けください。
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