第二章 優しい人、だからあなたは天使になった
第27話 招かれざる来訪者・Ⅱ
復興が始まって数週間、デザイアからの応援もあってアトラはもうほとんど元の状態に戻った。壊滅状態からの脅威の速度での復興に一部メディアが目をつけたようで、町を歩いているとちらほらカメラを見かける。
「御覧くださいこの綺麗な街並みを! 数週間前の霊魔襲撃によって壊滅したアトラの町は奇跡の復興を実現させました!」
マイクを持った人間がカメラに向けて興奮した様に話している。カンペを見ているあたり、本心ではないのだろう。そんな人間たちを横目にしながらオレは道を進んでいく。
やがてたどり着いたのは大陸対魔組合のアトラ支部。町の東の通りにあり、デザイアの本部と比べると豆粒のように見えるがそれでも建物にしては大きな方だ。
「大陸対魔組合へようこそ! ハンターカードを確認させていただきます」
若い男の職員にカードを提示する。カードの色を見て少し驚いたような顔をしたのも束の間、すぐにアルカイックスマイルに戻って職員はカードを返却した。
「ヴェルト様ですね! 先日は誠にありがとうございました! ガスコインは奥の部屋で待っております」
「ありがとう」
「…………後でサインください」
「? あぁ」
去り際にそうお願いしてきた職員に頷きつつ、示された部屋に足を運んで扉を開く。
「すまん。少し遅れた」
詫びを入れながら入室すると中にはガスコインがいた。部屋の中央に置かれたテーブルを挟むようにして設置されたソファの背もたれに身体を投げ出すようにして座っている。
「いやいや、お呼びした時間の十分前ですので大丈夫です。むしろもうちょっと遅れてくれた方が眠れたので……いや、この話は無かったことにしましょう」
そう言ってガスコインは少しくたびれたような顔で起き上がった。目のクマは大分薄くなってるのに雰囲気はいつもの二割増しくらいで疲れているように見える。
「社畜は大変だな」
「というより、クソ上司にあたると大変なだけですよ」
「ご愁傷様」
ソファに座りながらオレはガスコインを労った。つくづく哀れな男だ。
「まぁそのクソ上司にあなたも目をつけられたんですけど」
「は? オイ待て」
不穏過ぎるその一言にオレは思わず立ち上がった。
「安心してください。五人いるウンコ上司の中じゃ一番マシなクソ上司です」
「とどのつまりクソじゃねェか! 今すぐ便器に流せ!!」
「こびりついてるタイプなんで無理ですね」
「クソが!!」
「残念これが社会だ」
クソくらえそんな社会!
「そんなあなたに良い情報と悪い情報があるんですが、どっちから聞きたいですか?」
「…………良い情報から」
「屍王討伐の任務完了を言い渡します。お疲れ様でした。今回の討伐に関わった全てのハンターに一律で800万ニルが支払われ、直接討伐をしたあなたにはその倍額が支払われます」
「そんなにいらん。百万ニルだけもらうから後はアトラに寄付しろ」
「もちろん匿名でだ」と付け足すと、ガスコインは呆れたように息を吐きながら頷いた。
「それで悪い情報なんですが、実はあなたが散々ボロクソに行った上司と通話が繋がってるんですよね」
「何してんのお前?」
「丸っと全部聞かれちゃってました」
「なぁ何してんのお前? なんで黙ってたんだよお前なぁ?」
『────儂が命じたからじゃ』
そのとき、老人のしゃがれた声が室内に響いた。数秒にも満たない一瞬、たった一言に含まれた尋常ならざる覇気が空間を支配した。
『貴様の噂はよく耳にしておるぞ? ヴェルト一級。いや、ここは敢えてスルト・ギーグと言おうか』
「お前は────」
ガスコインがタブレットを操作する。画面から飛び出したホログラムは声の主を投影し、テーブルの上にその姿を顕現させた。
『如何にも、儂の名はアイアンパンツァー。調王評議会の『武王』である』
声の主は覇気に劣らぬ姿を持っていた。一目見ただけで骨も筋肉も常人の数倍は詰まっていることが判断できるくらいに太い。鍛え抜かれたその肉体を覆うのは上下共に袖の長い白の軍服で、今にもはち切れそうなくらい張っている。顎のラインを覆う髭は陣形を組む軍隊のように切り揃えられており、深い皺が顔全体に年輪を刻んでいる。
軍服と軍帽が似合うのは老いさらばえても衰えぬ力を証明しているようだった。その鋭い琥珀色の眼で睨めば羽虫くらいは殺せてしまいそうだ。
『聞いておったが随分楽しそうじゃったな? ん? 人のコトをクソだのウンコだの調子に乗りよって。なぁ?』
「コイツに全部命令されました」
オレはノータイムでガスコインを生贄にした。お前は良い奴だったよ。
『ガスコイン。貴様は一体誰のお陰で代休が取れたと思っておる』
「はいはいアナタのお陰ですよ。ところで、俺が今まで代休取れなかったのは全部アンタらのせいですけど、そこんところどう考えてますか?」
『今後も期待しておるぞ』
「死ねよクソジジイ」
すごいなコイツ。仮にも上司に向かって。
『何とでも言え。じゃが折角の休みを満喫したいなら今すぐ儂の位置を動かせ。テーブルの上では恰好がつかん』
「はいはい分かりましたよ……」
そう言ってガスコインがタブレットを操作するとアイアンパンツァーの首から下が消える。
生首がテーブルの上に置かれたような状態になった。
「これで完璧でしょ?」
『死にたいらしいな貴様』
目の前で繰り広げられるコントにオレは目を逸らして口に手を当てることで事なきを得た。
さっさと茶番を終わらせるため、今にも暴発しそうになる笑いをかき消すため、オレは一回わざとらしく咳払いを挟んだ。口角が上がりそうになるのを舌を噛んで防ぐ。
「仲が良いのは分かったが、こっちは時間に余裕があるわけじゃないんだ。用があるなら早くしてくれないか」
声が少し震えてしまったが、まぁ問題ない。そもそもオレは巻き添え食らっただけだ。怒られる筋合いは……あんまりない。
♢
『単刀直入に言おう。調王評議会から貴様ら三人に特殊任務が発令された』
テーブルの横、上座の辺りに移動したアイアンパンツァーが告げる。ちゃんと首から下はある。
「特殊任務?」
『重要なのはその中身じゃ。アスガル聖王国は知っているか?』
「知らない方がオカシイだろ。大陸南部でデザイアに次ぐ大国、医療と建築で有名な国だ」
仮にもオレは医者の息子だ。医療の最先端を行くその国を知らないわけがない。
『良い。少し話を変えるが、現在大陸対魔組合はとある秘密結社を壊滅させるために水面下で調査を進めている。奴らはメシアを名乗り新世界創造を掲げて活動しているが、その実態はジャスティティアを破壊せんとする狂人集団じゃ』
アイアンパンツァーが険しい表情を浮かべる。救世主とは名ばかりのロクでもない奴らだ。
『数名の幹部と正体不明のリーダーのみで構成された少数組織じゃが、今までいくつもの国が奴らによって破壊された。そして先日、メシアの構成員であるラークという男がアスガル聖王国で発見された』
なんとなく、次にアイアンパンツァーが発する言葉をオレは予想出来た。
『生死は問わん。至急アスガル聖王国に向かい、ラークを捕縛せよ。それが貴様らに言い渡す特殊任務だ』
♢
[AC3999年2月1日 アスガル聖王国]
その会場には多くの記者が殺到していた。カメラのレンズとマイクが向かう先は一人の中年の男だった。
無数のカメラと視線を向けられているその男は平然とした様子で立っていた。誰に目線を送るでもなく、表情を変えることもなく、どこか心在らずという感想を抱くような態度だ。
「この度はエイル特別医学賞受賞、おめでとうございます!」
しかし、記者たちは男が為した偉業に興奮していてその態度に気が付かない。無遠慮にカメラのフラッシュや言葉をぶつけるだけだ。
「……一人の人間として、やるべきことをしたまでです」
男は少し疲れたような声で答えた。
「そう謙遜なさらないでください。不治の病とされていたピール病、その特効薬を発見したその偉業は世界に称えられるべきことなんですから」
「…………ありがとうございます」
賞賛と共にフラッシュが押し寄せる。その光に男は少し煩わしそうに蒼い目を細めた。
「さて、今回のエイル賞受賞によってシュプリ・クロイツフェルトという名前は世界中に知れ渡ったことでしょう。今日にいたるまで、その影響を実感する出来事はありましたか?」
「……受賞の前日にはなりますが、『ワールド・ブレイン』のメンバーから勧誘を受けました」
男────シュプリ・クロイツフェルトの返答に会場は明るさを含んだ騒然に包まれた。
「『ワールド・ブレイン』の招待にはどのように……?」
「僕の脳味噌に詰まった知識がジャスティティアの平和に貢献できるならということで承諾しました」
告げられた一大スクープにフラッシュとシャッター音が鳴り止まない。
「『ワールド・ブレイン』の誰に勧誘を受けたのですか!」
「どのような経緯でメンバーと出会ったのでしょうか!」
「関係のない質問はお控えください」
シュプリの少し呆れたような声に記者たちは少し萎縮してしまう。今目の前にいるのは世界中の病に苦しむ人間から尊敬と希望を向けられる人間であり、ある意味では神のような人間だ。そんな存在の機嫌を損ねると自分たちの評価が暴落してしまう。
「アナタは────」
少し静かになった会場に一人の記者の声がシンと響く。
「偉業を成し遂げ、『ワールド・ブレイン』に入会し…………次は何を目標にしているのでしょうか?」
勇気あると言うべきか、自分勝手というべきか。しかしその問いかけには会場にいる人間の誰もが。否、カメラを通してこの会見を視聴する全ての人間がシュプリの答えを期待していた。
「…………そう、ですね。敢えて答えるとするなら」
長い時間沈黙した後、ついにその口が開く。シュプリの答えを待ち望むすべての人間は若干前のめりになった。
────僕はドイツに帰りたい。
「…………ドイツ?」
誰かが不思議そうな声で呟いた。それは波紋のように伝播し、世界中にクエスチョンマークを浮かび上がらせた。
「…………失敬、今のは聞かなかったことにしていただきたい。時間が押しているのでこれで失礼します」
「え? あ、ちょっと!」
諦めたように溜息を吐いた後、シュプリは颯爽と会場から立ち去った。
「待ってください!アナタの出身はここアスガル聖王国ではないのですか!!」
「ドイツとは一体何なのですか!!?」
「シュプリさん!!」
シュプリはどの叫びにも反応しなかった。
────あとがき────
お待たせしました皆様、今回から二章突入です。
ピール病は後で触れるつもりですが、一言で説明するとアレルゲンが霊力のアレルギーです。何の前兆もなく発症します。発症者は自分の霊力に身体が蝕まれ、最終的に全身がぐずぐずになって死にます。
この話を作成中、「ドイツから来たのどいつ?」とかいうゴミみたいなダジャレが頭の中で無限ループしてました。
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