第24話 Good night Atlantis!

 破片が巨人の霊魔に姿を変え、次々に降ってくる。まるで流星群が落ちてくるようだった。巨人が着弾するたびに家屋が壊れ、地面が割れ、樹々が折れる。落下の衝撃に耐えきれなかった半数以上の巨人はそのまま死に、黒い煙となって消滅していく。

 

 質量爆弾の雨によってアトラはあっという間に壊れてしまった。中央の時計台や他のハンターが霊臓によって守っていた場所以外は瓦礫の山と化し、緑と石畳が美しい町並みは土煙を吐き出して死んでしまった。


「貴様ァ!!!!」


 頭が真っ白になった。怒りで煮えた血潮を吐き出すように叫んだ。自分でも驚くほど荒々しくて大きな声だった。


「吠えんなよ石頭!! オレっち何もしてねぇよ!!」


 ハルトマンはやはり嗤う。嗤っている。自分が行った所業を反省せず、散々弄んだ死者の魂を愚弄して、人々の帰る場所が奪われる様を見てなお悪びれることなく楽しそうに。


 すべてはコイツのせいで起きたというのに。


『イツマデェ!! イツマデェ!!』


 巨人たちが動き始める。人の死体と竜の死体とで種類が違うのか、破片から生じた巨人の顔にはひび割れた岩のような単眼が見受けられた。また今までの個体より身体が二回りほど小さく、そして至る所が腐っているようだった。


 数体の巨人がオレとハルトマンに向かって突っ込んでくる。町がほとんど崩壊し、巻き添えになる一般人も周囲にはいない。出力を制限せずに炎をぶつけてみると、巨人たちは呆気なく燃え尽きてそのまま消滅していった。


『イツマデェ!!』

「────ご主人様に歯向かってんじゃねぇぞ!! 元が死体なら霊魔だろうが関係ねぇんだよこのすっとこどっこいが!!」


 ハルトマンは霊臓を使い、襲って来た巨人たちを一瞬で支配した。


「ほら行け!! 総攻撃だァ!!」


 ハルトマンに支配された巨人たちが全方位から迫ってくる。


「これしきでオレを止められると思うなよ!」


 周囲に気を遣う必要が無くなった今、巨人如き物の数ではない。ただ無造作に炎を撒いただけで向かって来た巨人は全員焼け死んだ。


「うはッ! コイツはちょっとやべぇな!!」


 ハルトマンの笑顔に焦りが滲みだした。つまり、命の危機を感じ取っているということだ。


「────三十六計逃げるに如かず!! あばよ兄弟!! 一旦ここでサヨナラだ!!」

「させねぇよ」


 炎の茨を伸ばして逃げ出したハルトマンの右腕を捕まえる。しかし茨が絡みつく寸前、ハルトマンは自分で自分の右腕を切り落とした。


「クソッ!!」

「残念無念また来年!!」


 既に再生し始めた右腕を振りながら走り去るハルトマンに舌打ちするしかなかった。向かう先にあるのは時計台だけ。建物を壊せないオレに不利な環境を押し付けたいのだろう。逃げたハルトマンを追いかけて歩き始めたタイミングで携帯が鳴った。


[降ってきた巨人たちは全部片付いた。あとはそっちだけだよ]


 カナエからのメールだ。時刻は4:13で、もうじき夜明けだ。


[ユーリは負傷したから休ませてる。何か手伝って欲しいなら私がやる]


 本文にはそれだけが書かれていた。手伝って欲しいこと……特にないな。


[ユーリを見てやれ。オレのことは気にするな]


 短文を送ってオレは携帯を閉じた。


 その数秒後。


[は???????]

[人が心配してるのに何その態度????]

[私のことなんてどうでもいい]

[お前みたいな役立たずいらないとでも言いたいの]

[ねぇ]

[何とか言ったらどうなの]

[コラ]

[もういいサヨナラ]

「何だコイツダルすぎだろ」


 カナエのメール爆撃に顔を顰めるしかなかった。面倒臭かったので無視する。


 時計台に足を踏み入れる。内部を観察して分かったが、この時計台には釘木と石を複雑に噛み合わせることで釘無しで強固な造りとなっているようだ。


「レディース&ジェントルメン!」


 待ち構えていたハルトマンの声が響く。姿は見えないが、最上階あたりから聞こえてくる声はサプライズが成功した子供のように笑っている。


「今宵は満月グッドナイト!! 腐肉も骨も踊らにゃ損々!! 精魂尽き果てるまでソウルビートを刻もうぜ!!!」


 声が途切れると再び時計台は静まり返った。どこかにハルトマンが潜んでいるはずだというのに人の気配がまるでしない。


 しかし死臭は満ちている。


「アァァァァ!」


 想像通り、死体が潜んでいた。まるで天井が落ちてきたようなおびただしい数が上から迫ってくる。


「パニッシャー」


 時計台を壊さぬよう炎の威力を最小限に抑え、アッパーの要領で死体どもをぶっ飛ばす。一発で死体は全員動かなくなって、再三静まり返った時計台には針が時を刻む音だけが響いている。


 螺旋のように上へ伸びている階段を上る。オレに飛ばされて階段の上に転がっている死体を何体か超えてたどり着いた最上部には────


「後ろだ!!」


 背後からも奇襲攻撃を防ぐことは他愛もなかった。狂気に満ちた霊力が漏れているせいで居場所が最初から筒抜けだ。


「阿呆が。自分から叫んで居場所をバラす奴がいるか」

「バカヤロウ! 不意撃ちで殺したら盛り下がるだろうがよ!」


 そのとき、窓がないはずの時計台に風が吹き抜けた。優しく肌を撫でるように吹き続けるその風でオレは全てを察した。


「無茶しやがるぜ阿呆が……」

「無茶ァ? ひゃひゃ!! オレはいつだって余裕のよっちゃんだぜ?」

「テメェじゃねぇよハゲ」


 風が止む。


「カナエに言ったんだ」


 飛来した蒼白の霊力矢が壁を抜いてハルトマンの心臓を貫いた。


「ガッ?!!」


 背後から心臓を撃ち抜かれたハルトマンはよろけて三歩前に出た後、撃ち抜かれた胸を手で押さえながら後ずさった。


「壁抜きってマジかよ……!!」

「終わりだ屍王」


 血を吐き出して驚愕するハルトマンへ拳を叩きつけると、ハルトマンは壁を突き破って時計台から落下していった。


「ひゃひゃ!! こんなのありかよ……!」


 ハルトマンはやはり嗤っていた。


「死にたくねぇなぁ……」


 最後に何と言ったのかは聞き取ることが出来なかった。


 結局、死体や霊魔がハルトマンを助けることはなく、そのまま地面に叩きつけられてハルトマンは死んだ。


「……」


 動かなくなったハルトマンに、オレはその場で十字架を切って時計台を降りた。


────あとがき────


 決着です。あと少しだけ一章は続きます。

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