第23話 海の影
『カカカ!!』
吹き飛んだ顎を既に治したホネホネ野郎が追いかけてくる。
「アクアストライク!!」
俺は一瞬だけホネホネ野郎に向き直り、水の斬撃を一発放った。ホネホネ野郎は躱しもせず、モロに喰らっても無傷で怯みもしない。ヴィンセントの銃撃や俺の斬撃を無視しながら速度を上げ、高度を落としながら突進してくる。
ただ勢いよく突っ込んでくるだけの攻撃の威力はすさまじかった。剣で受け流したことで直撃はしなかったが衝撃を殺しきれず、呆気なくバランスを崩して地面に転がされてしまう。
「少年!」
「問題ないッス!」
転ばされた俺を心配するヴィンセントさんに言う。その間に空へ戻ったホネホネ野郎は大きく口を開いていた。
ブレスの予備動作!
「レーザー来るぞ!!」
「暴発させます!!」
声かけを行いながら奇襲したときと同じように二人で攻撃を放つ。
俺たちの攻撃はレーザーの核となる光弾を破壊する────ことはなく、こちらに勢いよく飛んでくる光弾と途中ですれ違ってホネホネ野郎の顎で弾けた。
ブラフ────
「ウグアァ!!」
「少年!!」
驚く間もなかった。急いでその場から離れて光弾を避けたが、着弾による爆発で飛び散った瓦礫や木片から逃げきれず、身体のあちこちに突き刺さる。激痛と圧迫感が生じ、遅れて出血と灼熱感が溢れ出した。
痛みで叫ばずに済んだのはホネホネ野郎の口の中で膨張する光が目に入ったからだろう。今度はブラフではなく、本当にレーザーが飛んでくる。確実に仕留めるためなのか、レーザーのチャージが長い。光弾はどんどん膨張していく。ついに兄貴が打ち消していたものの三倍くらいの大きさにまで達した。きっと威力も三倍以上は違うのだろう。
俺もヴィンセントさんも飛んできた瓦礫を喰らってすぐに動けない。今すぐに回避や反撃をすることは出来ない。
「────今だ、カナエ」
ポケットからあらかじめ通話を繋げておいた携帯を取り出して指示を出す。どこからともなく飛んできた青白い線が光弾を撃ち抜いた。
『!?』
「ブラフ返しだぜこの野郎……!」
暴発が起きる。凄まじい爆発だ。まるで赤黒い太陽が空に発生したような光が満月の夜を塗り替えている。それほどの威力を持ったレーザーがあと少しで降り注いでいたと考えると恐ろしくて仕方がない。
十秒以上続いた爆発の後、身体を半分以上失ったホネホネ野郎がさかさまになって墜落してきた。
「無茶すんなバカヤロウ!!」
近くで待機してくれていたカーラが飛び出す。助走をつけた跳躍で堕ちてくるホネホネ野郎へ向かって跳躍した。
「ストロベリー☆アッパー!!」
凶悪な形に変形したガントレットによる渾身の打ち上げが炸裂。ホネホネ野郎が粉々に砕け散った。
「ここまでバラバラになれば得意の再生も使えないだろうと信じたいが……」
「油断は禁物ッス!」
なんとか立ち上がっていつでも動けるように警戒を強くする。幸い足は無事だったので機動力は問題ない。腕に関しても利き手である右が軽傷で済んでいるのでまだ戦える。
『ォォォオオオオ!!!!!』
空に巻き散ったホネホネ野郎の破片が怨嗟に満ちた人間の叫び声を発した。全ての破片が震えながら絶叫をあげている。ホネホネ野郎はやはりまだ死んでいない!
「アクアス────」
赤く発光し始めた破片を撃ち落とすために剣を振るおうとしたとき、俺は空に広がるあり得ない光景を見た。
ヴィンセントさんも、カーラさんも目を見開いて空に釘付けになっていた。
『ウボォオオオオオ!!!』
全ての破片は巨人の霊魔となってアトラに降り注いだ。
♢
「熱い夜になってきたなァ!!」
「やかましい!!」
打ち出す拳はやたらとコミカルな動きで躱される。復活した死体は既に焼却してあとは屍王一体だけだ。オレの予想では屍王の再生能力は霊臓の効果で霊力が底を突けば再生も終わると踏んでいるのだが、戦いの快楽と歓喜に反応して屍王の霊力が常に異常増幅をしているせいで終わる気配が見えない。
「十年以上塵積で集めた死体どもも全員殺されちまった! 合体ハンターとかは結構お気に入りだったんだぜ?」
「テメェは、なぜそうなんだ」
「あぁ? 一体何がだよ!」
「なぜ己の快楽のために他者を踏みにじれる」
「バカヤロウ!! ンなことオレっちが知るかよ!!」
屍王が腹を抱えて笑う。間違いなく、コイツはオレが見てきた人間の中で最も下衆な存在だ。
「なんだよその顔。もしかして怒ってんのか?」
「お前は……人を殺して何も感じないのか?」
「一々うるせぇんだよ。お前が人殺しで罪悪感覚えただけだろ? それをオレに強要すんじゃねぇよ」
そのとき、初めて屍王の顔から笑みが消えた。舌打ちをして、煩わしそうな顔で言葉を続ける。
「オレは人殺したくてぶっ殺してるんだからそんなの感じねぇよバカが。それともあれか? 兄弟は正義とか悪とか気にするタイプか? だったらもしオレっちが正義のために人を殺してるとしたらどうするってんだよ?」
「……何が言いたい」
一転して屍王がまた気色の悪い笑みを浮かべる。
「兄弟はオレっちのことを非難するけどよぉ、もしもオレっちの人殺しがいたいけな正義と善性に従って行われる人助けだったらどうするよ?」
満月が不気味に発光してアトラの町を照らしている。その光はまるで屍王を肯定するようにおどろおどろしい雰囲気を醸し出す。
「仮にそうだとして、テメェが安らぎに向かうはずだった死者の魂を縛り付けている事実は変わらん」
「死んだら天国行けるってかァ!? 死んだら第二の人生を送れますってかァ!? ンなコトだれが証明したんだよ? 頭のいい詐欺師連中が勝手に決めつけただけだよなぁ!! もし死んだ後に待ってるのが終わることのない地獄の苦痛だったらどうするよ兄弟!!!」
今までで一番大きな屍王の絶叫が響き渡る。狂気に満ちた笑みを浮かべる顔に相応しいその声にはどこか諦めのような感情も含まれている気がした。
「俺のやってることは頭のてっぺんからつま先まで正義だよなぁ!!!!」
「それこそテメェの妄想だろうが!!! 自分のコト棚に上げて偉そうに講釈垂れてんじゃねぇぞ!!!」
「ンわぉ!! 大☆正☆解☆!!」
いい加減我慢の限界だった。怒りのままに振るった拳は屍王の笑顔を貫く
『スルト。人はただ善くあるべきなんだよ』
『正義は誰かが定義したルールじゃない。人はただ善くあるべきという一つの戒めなんだ』
リルカ、エルド。二人の顔と声が脳みそに響いている。胸の奥がぎゅうっと締め付けられてたまらなく苦しくなると同時に、溢れんばかりの勇気と優しい温もりが湧き上がる。
『もしもこの先、お前が自分の正義を見失いそうになったら俺の言葉を思い出せ』
今度はオレたち三人を指導してくれた大先輩のアレクさんの声だ。
『お前が正義を肯定するんじゃない。正義がお前を肯定するんだ』
そうだ…………そうじゃないか。
オレにはいるじゃないか。
長い時を越えて、遠い場所にいってしまったオレの背中を押してくれる誰かがいるんだ。
ようやく、思いだせた。
「屍王……否、ブーマー・ハルトマン」
月光にすら負けない満天の星空が輝いている。
「お前はオレが始末する」
この綺麗な星空を明日の誰かに繋げ続ける。それこそがオレの正義だ。
「そうか頑張れ!! ところで兄弟、この町に呪いがあることは知ってるか?」
不意にハルトマンが軽薄な笑みを浮かべる。
「まぁ知ってるよな。町の人間が神の怒りとか言って怯えてんのはもう見ただろ?」
「テメェの悪行を呪いだと勘違いしているだけだ。明日にはもう消えてなくなる」
「ところがどっこい!! 違うんだよなコレが」
そのとき、空で赤黒い大爆発が起きた。十数秒間続いたその爆発で屍竜が落下し、誰かの手によって宙で粉々に砕け散った様が見える。
「オレっちがこの町に来たのは三週間前だ。だがその時にはもう呪いの噂がこの町にはあったんだよ」
「なに……?」
一瞬何を言われたのかオレは理解できなかった。何かが食い違っている。なんだかんだ言いながらもコイツは今まで嘘をついたことがないのは知っているからなのか、この言葉も嘘には聞こえない。
「確か一・二ヵ月くらい前か? 噂が出始めたのはそんくらいの時期らしい。古代遺跡の調査に向かったやつらが軒並み消えたのも丁度その頃だったよな?」
「まさか────」
『ォォォオオオオ!!!!』
刹那、砕け散った屍竜の破片が怨嗟の声を発した。空のあちこちに広がった破片が赤く発光し、カタカタと揺れている。
『ウボォォォォォ!!!!』
次の瞬間、破片が巨人の霊魔に姿を変えた。
「もう言わなくても分かるだろ? この町は本当に呪われてるんだよ!!」
町に、巨人が雨の如く降り注いだ。
────あとがき────
次回、ハルトマン戦決着です。
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