一章ボス戦 22~24話
第22話 アトランティスは眠らない
互いの拳が衝突した瞬間、スルトの霊臓による爆発が生じた。
「アツッ!!?」
爆発の衝撃と高温を右の拳に直に受けたハルトマンは苦痛に顔を歪める。たまらず後ろへ飛び退くが、怒れるスルトがそれを許さず、炎のブースターによる加速を伴った熱拳が顔面に突き刺さった。
何回も地面をバウンドして広場まで転がっていくハルトマン。しかし意外な柔軟性を発揮し、後方転回の要領で慣性を打ち消すことで受け身に成功した。その刹那に飛んできた頸椎狙いの右の蹴りに左腕を差し込むことで防御する。
一瞬だけ訪れた両者の動きが停止するその時間。焼け爛れて筋繊維が露出していたハルトマンの顔面が急速に再生する様をスルトは目撃した。
それはまさしく、巨人の霊魔が損傷した肉体を再生させたときと全く同じプロセスであった。
「……あの巨人たちもテメェの仕業か!!」
「「知りたきゃオレを倒して見ろ!!」……とか言ってみたり!? ギャハハ!!!」
「この鬼畜がァ!!」
怒りの炎を募らせるスルトに対しハルトマンは蹴りを弾き返して軽薄な笑みを浮かべながら軽口を飛ばす。ハルトマンからすればただ普通に言葉を返しただけだが、それがスルトの逆鱗を刺激した。
再び拳がぶつかり合う。しかし、ハルトマンの強い歓喜と興奮に反応して異常増幅した霊力はスルトの炎すら上回り、その拳を正面から打ち破った。
「きゃぁああああ!!!」
ハートマークが付きそうなくらい喜色たっぷりの奇声を発しながらハルトマンは両手の爪をスルトに突き立てる。やたらめったと腕を振り回すその動きは不規則で異様に速く、スルトは直感で顔の前に腕を交差させて直撃は免れたものの被弾した腕の肉が抉り取られてしまう。無数に付けられた剃刀のような傷口から夥しい量の流血が起きた。
ハルトマンは追撃を仕掛ける。また引っ掻き、わざとらしいほどに大ぶりな右の振り下ろし。素人丸出しのそれはスルトに通用せず、どころかその腕を容易く掴まれて、そのまま振り下ろしの勢いを利用した一本背負いを喰らう羽目になった。
「ガフォァ!!」
当然のように受け身は間に合わず、ハルトマンは背中から地面に叩きつけられた。激痛と衝撃で口からありったけの酸素と血液を吐き出すが、腕はまだ掴まれたまま。それが意味するのはまだ攻撃は終わっていないという一つの事実。ハルトマンが理解する前にそれは現実となり、引っこ抜かれたカブのようにハルトマンの身体が真上へ投げ飛ばされた。炎を纏わせた拳を限界まで振りかぶったスルトは超低速の世界に突入する。
殆ど静止した世界の中、琥珀色の瞳の裏には幼年期の記憶が再生されていた。
♢
「人は死んだらどうなるの?」
オレがまだ六歳くらいの頃だ。命の勉強と称して親父に無理やり墓地へ連れて行かれたことがある。何も言わず進んでいく親父の後を追う途中で知らない誰かが誰かの墓の前で泣いているのを見て、疑問になって親父に聞いたことがあった。
「肉体から魂が抜けて星空よりも遠い場所にいってしまう」
その日の親父はいつもより早歩きだった。似合わない黒スーツを着て、いつになく素っ気なかった。
「じゃあ、死んだ人の魂はどこに行くの?」
「分からない」
「親父でも?」
「……俺でもだ」
その声がとても口惜しそうだったのは今でもはっきりと覚えている。というより、何でも知っている親父が知らないと言ったことが印象的だったのかもしれない。
「極楽、地獄、あるいは虚無。いずれにせよ、そのときまで死の先が分かることはない」
おもむろに立ち止まった親父の前には墓があった。なんの変哲もない普通の墓で、でも他より掃除されている綺麗な墓。もう掃除が必要な場所なんて見当たらないのに、親父はその墓を丁寧に隅まで掃除していた。まだ枯れていない供花も全て取り変えていた。
「……お前はどうなんだ?」
「なにが?」
「死の先に何があると思う」
「…………安らぎ、かな」
「なぜ、そう思う」
聞き返す親父の声は微かに震えていた。
「いつかオレの大切な人が死んだとして、その人に苦しんで欲しくないから!」
オレは両手を合わせ、綺麗になった墓の下にいる誰かに祈りを捧げた。親父は少しの間沈黙したあと、何も言わずオレの頭を撫でた。
♢
「────パニッシャー!!!!!」
追憶を握りしめ、ありったけの怒りを込めたオレの拳が逆さまに落下してくる屍王の腹部を貫いた。深いくの字に曲がった胴体がパニッシャーの爆発によって吹っ飛んでいく。
「テメェだけは死んでも許さねぇぞ!!」
ファイヤーフライ。体外に出たオレの血から生まれる炎の蛍の群れは傷口に付着した屍王の霊力を辿り、地の果てまで追いかけることを止めない。着弾した蛍たちが時計台に激突した屍王を火だるまにした。
「ガァアアアアア!!!」
焼け爛れて骨すら見える大火傷にも関わらず屍王はピンピンしていた。身体を焼く炎を無視し、嬉しそうに叫びながら詰め寄ってきて、また引っ掻きを繰り出してくる。
気色悪いことに無傷のときよりもはるかに俊敏だった。駆け引きもクソもないゴリ押しのようなラッシュ。防御が意味をなさないので一々避けなければならないのが非常に鬱陶しい。
「シャアッ!!!」
前髪を数本切り裂かれた。後ろに飛んで距離を取ったその瞬間、視界が突然真っ赤に染まって見えなくなった。
眉間に掠ったのか。そう結論づけながら急いで血を拭い、視界を確保する。
────既に屍王が至近距離まで迫っていた。
「隙あり♡」
屍王の諸手突きがオレの両肩を貫いた。
「アツッ……! オイオイ血液までグツグツかよ!!! タマンネェなオイ!!」
屍王は血走った眼を嬉しそうに歪める。さっきまであったはずの火傷は既に完治していた。
「……黙れ、外道」
不愉快な笑みを浮かべるその顔を両手でつかんで固定する。全力で、頭蓋骨を砕く勢いで力を入れると笑顔に苦痛が混ざり始めた。
そのまま限界まで頭を後ろに倒したオレは、屍王の顔面に渾身の頭突きを食らわせた。
顔面の骨格が陥没した屍王は膝をつく。両肩に刺さっていた両手がズルッと抜けて地面に垂れた。
「い、いいねぇ……! ナイスヘッドバッドだぁ……!」
「その減らず口がいつまで持つか見物だな? 舌でも引っこ抜けば止まるか?」
「ひゃひゃっ!!」
相変わらず口の減らない屍王。ぐちゃぐちゃになった顔を一瞬で完治させて笑った瞬間、目つぶしを仕掛けてきた。
直前で攻撃を察していたので危なげなく躱すことが出来た。しかし、その際に屍王を突き飛ばして距離を取ったため、再び自由を与えてしまった。
「ラストダンスはまだまだ先だ!! バイブス上げてけチェリーボーイ!!!」
瞬間、あちこちに倒れていた死体が動き出した。それはユーリ達ハンターの手によって処理されたはずの奴らだ。とはいえ、四肢を奪われたそれらはバタバタとその場で小さく跳ねるくらいしか出来ないようだ。
「シェケナベイベー!!!!」
屍王が叫ぶでオレが倒したはずの屍竜が再び起き上がった。再び灯った薄緑色の光の目がオレを捉える。
「やっちゃえドラゴン! リベンジマッチだ!!!」
焼けて黒ずんだ大きな骨の咢が開く。
(ブレスの予備動作か!!)
いつか読んだ古文書で知った知識。記憶の片隅にいた学びが脳内で警鐘を鳴らしていた。
「おっと!! 途中退席はマナー違反だぞ!!」
離脱しようとするオレの足を掴んだのは無数の腕だった。ユーリ達によって切り離された数々の腕がひとりでに動いてオレの足を捕まえている。
「無理すんな兄弟! その大怪我した足じゃ振り解けねぇよ!」
「クソったれが……!!」
考える暇もなく、屍竜の口から赤黒いレーザーが発射された。
「レルヴァ!!」
半ば反射でレルヴァを呼び出したオレはノイズ・フレイムをぶつけることでレーザーを相殺させた。
「おっほ!! チートだろその熱線!!」
屍王が興奮しながら叫ぶ。
「だけどその分霊力消費もさぞかし重いんだろうなぁ~? 半日以上ぶっ通しで戦ってた兄弟はあと何発撃てるんだろ~なぁ? ひゃひゃひゃ!!」
屍竜がレーザーのチャージに入った。大きく開いた咢の中、赤黒い光弾が徐々に形成されていく光景は発射のタイミングが予測しやすい一方で、命のカウントダウンがゼロに近づいていくような焦燥を煽ってくる。
このままでは、死ぬ。
「────アクアストライク!!!」
「ジョーク・ザ・チョーク」
レーザーが発射される直前、右の方から聞き覚えのある声がした。声に続いて飛来してきた無数の水の斬撃と白い弾丸の雨が光弾を貫く。
破壊されたことで制御を失った光弾が暴発して屍竜の顎を吹き飛ばした。
「はぁ!!?」
屍王は怒りと驚きが混ざった声で叫んだ。
「このホネホネ野郎は俺たちが引き受けます!! 兄貴はソイツを!!」
ユーリは何かの小瓶をオレに投げた。受け止めて中身を見てみると青白く光る液体が入っている。
「使ってくれ!! それはアールヴの薬屋だけが知る特殊な薬草から抽出した霊薬だ!! 飲めばすぐに失った霊力と傷を回復できる!!」
ユーリと一緒に来た男がオレに叫んだ。何が何だかよく分からないが、ユーリと一緒にいるから味方のハズ。名も知らぬ誰かに感謝しながら一思いに小瓶の中身を飲み干した。
かあっと、霊力を回したときの感覚に酷似した熱い感覚が全身を駆け巡る。
溢れんばかりの活力が全身にみなぎった。
「おいおい何してくれちゃってんのさ!! こちとら兄弟以外お呼びじゃねぇんだよォ!!」
怒りのままに屍王が叫ぶ。屍王の霊臓から命令が出たのか、屍竜が目線をオレから二人に移して向き直った。
「朝になったら会いましょう!!」
それだけ言い残してユーリ達は広場から離れていった。屍竜も二人を追いかけて広場から去った。
「けっ! 折角いいところだったのに台無しだ」
「そうかそうか。ならもっと台無しにしてやる」
霊薬の効果か知らないが、身体の調子がすこぶる良い。調整のために軽く霊臓を発動すると、足を掴んでいた腕はたちまちのうちに燃えて灰になった。
「仕切り直しだ。朝が来る前に灰にしてやる」
「……ひゃひゃ! そうこなくっちゃぁな!!」
時計台の丁度真上には満月が昇っていた。
────あとがき────
最近は自分の文才の無さに眩暈すら覚える日々が続いております。がんばろ。
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