第21話 死体に非ず・Ⅳ

 先手を取ったのはスルトだ。噴火の如き怒りを霊力と炎に変換し、炎を纏った拳を全力で振りかぶり、加減など一切なく三頭六腕の骸骨に叩きつける。骸骨は二つの盾と剣を交差させることで受け止めるが、その馬力と拳から噴き出した炎の威力に耐えきれず、足が地面から離れて後ろに吹っ飛ぶ。


 白骨竜はスルトが骸骨に詰め寄る直前に危機を察して真上へ飛び立ったことで骸骨の激突と炎の襲撃を回避していた。


 くの字になった骸骨が吹っ飛んだ先にはクロック・ムーの北で死体の処理を行っていたユーリとカナエ、そしてリヴァーロード方面を担当していたロタとヒルデがいる。


 高速で迫る骸骨と灼熱は直線状にいた死体を巻き込むだけで四人に当たることはなかったが、すれ違う瞬間に強風が起き、灼熱を纏った風が氷の壁をたちまちのうちに溶かしていく。


「きゃぁ!?」

「な、なに!?」


 ユーリらの協力を受けて死体の掃討にあたっていたロタとヒルデが思わず叫ぶ。一瞬遅れてその横を通り過ぎたスルトの存在には気が付かない。


 爆炎のトンネルを抜けてスルトが向かう先は吹っ飛ぶ骸骨。腕を巧みに操作して二本の剣を地面に突き刺して慣性を殺し、あわや正門の外に出るかという所で体勢を立て直した瞬間、追い付いたスルトの強烈な殴打が腹部に刺さり、地面に叩きつけられる。


 (硬い。霊装の類か)


 完璧な一撃だったという自信がスルトにはあったが、拳は鎧を少しへこませるだけで骸骨には届かなかった。


 直後、盾と剣を装備していた骸骨の四本の腕がスルトの身体を掴む。残る二本、弓を持っていたその腕はいつの間にか生成した霊力矢を既に引き絞っていた。それはカナエが生成するものと違ってどす黒く、そしてより太い。


 スルトは己を使う四つの腕を膂力で弾き、すぐさま後方転回。眉間を射抜かんと放たれた霊力矢はキュインという甲高い風切り音を鳴らして夕闇の空に消えていく。

 

 互いに距離が出来た。骸骨は焦げ付いて原形をとどめない盾を全て捨て、霊力から生成した黒い剣を握る。世にも珍しい四刀流、生前の記憶を投影した剣舞がスルトを襲う。


 襲い来る剣はどれも洗練されていた。一本一本が己の意志を持って生きているように錯覚しそうになるほどで、反撃の隙など存在する余地がない。対するスルトは霊力を前腕に集中させて迫りくる剣を正確に捌いていく。


(いい腕してるぜ全く……生きてる頃のアンタらと会ってみたかった)


 内心で骸骨の元になった人物たちに尊敬の念を抱きつつもその眼光は鋭く、矢継ぎ早の剣戟を強引に破って殴打や蹴りを割り込ませる。しかしながらそれらの反撃は剣に受け流されたことで有効打とはならず、流れを断ち切ることは叶わない。


 剣は死してなお衰えず。骨身に染みた経験による連撃は確実にスルトを追い詰めていった。


「イツマデェ!!」


 タイミングを外すようにしてピタリと、剣戟が一瞬止まる。僅かに対応が遅れたスルトの刹那を突いて骸骨は霊力矢をスルトの左足の脛を突き刺した。


「チッ!」


 左足鋭い激痛と出血にスルトは思わず顔を歪めた。鉄塊と比較しても劣らぬ肉体強度のお陰で矢が貫通することはなかったが、それでも深くまで突き刺さっており、機動力の大幅な低下は免れない。


 それこそが骸骨の狙いだった。突き刺した矢を離さず、その場に釘付けにした状態。全ての剣の切っ先を一つに重ね、腹部目掛けて刺突を放つ。


 バキンッ!! と異音が響く。中ほどから折れた四本の剣が宙を舞った。


「────阿呆が」


 次の瞬間、今度は骸骨が宙を舞った。


「筋肉の薄いすねはともかく、雷より遅い刺突でオレの腹筋を貫けると思うなよ!」


 顎を撃ち抜かれたのだ。これ以上ないくらいに最高のタイミングで繰り出された反撃のアッパーは三つある頭蓋のうち、中央に直撃。その威力は凄まじく、顎を撃ち抜かれた頭蓋は空中で粉々に砕け散っていた。


 それに伴い、足に突き刺さった黒い霊力矢が消失し、矢を握っていた骸骨の二本の腕がぶらんと脱力したように垂れ下がる。残る腕は上・中・下の三部のうち、機能停止した中部を除く四本。


 宙で錐揉み回転の如く舞っている骸骨へ追撃を仕掛けるべく、スルトは地面と接地する足の裏に霊臓による爆発を起こした。威力よりも衝撃に重きを置いた爆発によってスルトは空へ飛び上がり、そのまま炎の噴射をブースターとして利用しながら骸骨へ蹴り飛ばす。


 寸での所で剣による防御に成功はしたものの、空中では踏ん張ることが出来ない。後ろから首を掴まれて引き寄せられるようにして骸骨は飛んでいく。南のアトラ正門前の上空からクロック・ムー、北のプラト通りすら越えて町の外まで超えようとしていた。


『クカ!!』

 

 飛ばされる骸骨を宙で受け止めたのは白骨竜の背中だった。その飛翔の速度はジェット機に匹敵するほどで、回り込むようにして骸骨を受け止めた後、そのまま追跡してきたスルトに向かって大きく口を開きながら突進する。


 高速と高速がぶつかる寸前、スルトの両の手から小爆発が起きる。小爆発はスルトの高度を白骨竜の上まで押し上げる。白骨竜の噛みつきは失敗に終わり、そのままスルトの下を通り抜けた。


 白骨竜へ一瞬視線を向けた後、なおもスルトは空へと昇り続ける。数瞬遅れて白骨竜もスルトを追いかけるようにして空に向かう。その背には件の骸骨もいる。


「ファイヤー・フライ」


 スルトの左足から千切れる血液から炎が生じた。スルトが通過した地点に続々と現れる無数の小さな火球はさながら道のようで、日が沈んで殆ど夜色に染まった空に浮かぶさまは天の川のように輝いている。

 

 生み出された火球は重力の落下に従うように白骨竜へと迫る。白骨竜は巧みにそれを躱すが、火球はホーミング弾のように軌道を変えて白骨竜を追いかける。


「イツマデェェェ!!」


 白骨竜の背から骸骨が剣を振ると、どす黒い霊力の斬撃が矢の如く撃ち出された。その飛ぶ斬撃もまた技量と霊力量に恵まれた剣士にしか許されぬ技だが、しかし、四つの剣を以てしても火球の全てをかき消すことは出来なかった。どころか増殖の速度に追い付けていない。


 気づいた頃には、白骨竜は火球の檻に閉じ込められていた。


「クレイモア」


 拍手でもするかのように一回。スルトが手を打ち鳴らした瞬間、火球がカッと眩しい光を放ち、次々に爆発した。



 上空に広がるその光景に対する地上のハンターたちの反応は実にさまざまだった。


「なんだよアレ……一体どういう戦いなんだよ……!」

「……人って、生身で空飛べるんだ」


 唯一、ユーリとカナエは驚愕というよりも畏怖に近い感情を抱いていた。同士討ちによって即座に終了した死体の処理の後、逃げ出した民間人の保護に尽力していた最中に起きたその光景。目的も状況も忘れてしまうほどのインパクトを二人に与えていた。


 他のハンターたちはというと、二人と違ってスルトのことをよく知らないこともあり、そこまでの衝撃を覚えていなかった。自分とは次元が違う力を垣間見た驚愕と若干の恐怖はあったが、ユーリとカナエの説明によってスルトが味方であることを知っていたので、むしろそのような強者が味方であることに強い安心感を覚えていた。


「…………」


 ただ一人、フリストを除いて。


「フリス! ボーっとしないで! 早く逃げた人たちをヴィンセントさんが作ったシェルターまで連れて行かないと!」


 ジッと、炸裂する火球の煙と爆炎の向こうにいるスルトを見つめるフリストにヒルデが注意する。


 フリストはそれでも空の向こうのスルトを見続けた。まるでヒルデの声が聞こえていないようだった。


「……え?」


 困惑と驚きが混じった声を出したのはヒルデだった。自分の注意を無視するフリストにガツンと言ってやろうと近寄ったら、フリストの目が潤んでいることに気が付いたから。


「ど、どうしたのフリス? 具合悪い? もしかして私、無理させちゃってた……?」

「違う……だけど、私にも分からないの…………」


 腕をわちゃわちゃさせながら心配するヒルデの声にフリストは返事をするが、尚も視線は固定されている。


 ────この気持ちは何?


 胸中に渦巻く感情にフリストはひどく混乱していた。


 胸を締め付けるような、切ないような。胸の奥が暖かいのにどこか寒い。嬉しいような、悲しいような。矛盾する様々な情動が入り交ざって収集が付かなくなっている。


 ────ヴェルト……貴方は一体誰なの?


 心の内でその感情を呼び起こす存在の名を呼ぶ。


 ────私はどうして、貴方に懐かしさを覚えているの?


 一筋の涙がフリストの頬を伝って地面に落ちた。


 

「どっひゃ~~!! すっげぇ戦いだなこりゃぁ!!」


 一方で、空巣で手に入れた酒瓶を片手に民家から出てきたハルトマンは、ヒーローショーで興奮する少年のようにはしゃいでいた。


「いいなぁ~……絶対楽しいんだろうなぁ……」


 その顔を恍惚に歪ませ、酒を煽りながらリヴァーロードを歩く。バシャバシャと零しながら浴びるように酒を飲む様には品性の欠片もない。


 やがて爆発音が止んだ後、立ち込める煙から現れたのは墜落する白骨竜の姿だった。空っぽの目に浮かんでいた光は消え失せ、身動き一つなく中央部大広間に落下する。その亡骸は奇跡的に中央の時計台には当たらなかった。


 瞬間、煙から出現した炎が凄まじい速度で空を駆けた。それはハルトマンの背後に着弾した。


「来たか!」


 歓喜に顔を染めながらハルトマンは振り返る。そこには溢れんばかりの琥珀色の炎と三つの頭蓋を失った骸骨の亡骸を丁重に抱えているスルトの姿があった。


「お疲れヒーロー! ド派手な登場だな!! お酒いる?」


 けらけらと笑いながらハルトマンは酒瓶をスルトへ放り投げた。中身の入ったままのソレはスルトの手前あたりに落ちて割れる。飛び散った酒にスルトの炎が引火してさらに激しさを増した。


「お前が……!」

「あ、あれ? なんか怒ってる? もしかして酒じゃなくてヤニの方が好きだったか?」


 静かだが怒気に満ちた声にハルトマンは少し焦った。いそいそと懐を探って取り出した煙草の箱を見えるようにチラつかせる。

 

 スルトはハルトマンを無視し、抱えていた骸骨の亡骸をそっと、道の脇に置いた。


「……ん~~?」


 その様子を見たハルトマンは訝しんだ。スンスンと鼻を使い、何かを確認するように匂いを嗅ぐ。


「────へぇ。こりゃあ意外だな」


 何かに気が付いたハルトマンは邪悪な笑みを浮かべた。


「なぁあんちゃん。匂うぜ?」

「…………」

「血の匂いだァ……むせ返るような人殺し臭。オレっちすら霞むレベルって、一体何人殺したんだ?」

「そのクセェ口を今すぐ閉じろ。灰にするぞ」

「照れんなよ」


 少しの間、沈黙が訪れる。


「────あぁもう我慢できねえ!! 行くぜ兄弟ィィィ!!!!」


 何の合図もなく、二人は同時に駆け出した。眼前の相手の息の根を止めんと、奇しくも同じ目的のために拳を振るう。


「パニッシャー!!」

「ただの右ストレートォォ!!」


 拳がぶつかり合ったそのとき、アトラの長い夜が始まった。


────あとがき────

 

次回、ボス戦突入です。

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