第20話 死体に非ず・Ⅲ
※前書き
アトラ編には結構重要な伏線を幾つか仕込んでいる、もしくは仕込む予定なのでよければ考察してみてください。もしかしたらこの作品の結末が分かる方がいるかも…………?
♢
白骨竜の出現により騒然とするクロック・ムー。その中でもハンター歴が長いヴィンセントは冷静に東道の死体掃討に専念していた。
「スケッチマンズ・ドリーム」
チョークを用いて描くのは己自身。数にして五人の分身を生み出し、それぞれが完全な自律行動を開始する。注目すべきは分身が手にもつチョーク。本体と同様に霊臓を使用している。相違点は分身が生み出した物体は半透明で形も歪であることだけ。
数には数を。生み出した分身と共にヴィンセントは死体の殲滅を進めていく。チョークと霊力が尽きない限り、ヴィンセントは無限に霊臓を使用できる。
固定式タレットの掃射も利用した殲滅は見事に噛み合い、たった一人での防衛に成功している。一旦の落ち着きを見せた襲撃にヴィンセントは少し深く息を吐き、上空に出現した白骨竜に目を向けた。
濃厚な死の気配を感じ取ったヴィンセントは冷や汗を流した。
「あれが……この町を襲う呪いの元凶なのか?」
この町に住んで長いヴィンセントは、一か月前から始まったアトラの異常現象が霊魔による仕業であるとあたりを付けていた。
『あなたの想像通りでした。調査隊の最後の報告を確認したところ、古代遺跡の最奥部で莫大な霊力を放つ巨大な竜の死骸が安置されていたという情報がありました。あなたが言う呪いの正体────"
記憶の片隅にあるのは一週間前、通信にてガスコインという名の職員から知らされた情報。
────最初は耳を疑った…………古代の知識を解析するために何度も足を運んだ遺跡の奥にそのような存在がいることなど……
アールヴ特有の知的好奇心により、アトラ周辺を取り巻く不可思議な歴史を個人的に調査していたヴィンセントにとっては、幼子が昨日までよく遊びに行く公園で死体が発見されたと知ったときのような衝撃だった。
────だが、見よこの存在感! 死して骨と成り果て、なおも放たれる支配者の風格! これを王と呼ばずしてなんと呼ぶ!!
畏怖・絶望・恐怖……胸中にて嵐の海のように渦巻き、混ざり合う感情の中には古代を目の当たりにした強い興奮と若干の喜びがあった。
「しかし……例えかつて崇拝された王者だとて、
嵐は過ぎて、残るは怒り。激情に反応して増幅する霊力。怒りのままチョークを用いて攻撃を仕掛けようとしたその時だった。
『カカカカカカカ!!!』
白骨竜の咆哮がアトラを包み込んだ。カツカツと骨を打ち鳴らすような、打楽器とも捉えられるその叫びは濃い霊力を孕み、アトラ中に悍ましい恐怖を与えた。
咆哮が終わる瞬間、白骨竜は目玉の代わりに浮かぶ薄緑色の光の視線を大広場に向けた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
一瞥された広場は身の毛もよだつような恐怖に支配された。八百屋の絶叫が引き金となり、一度は死を受け入れたはずのアトラの住人たちは悲鳴を上げて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「何だ……? この違和感は────……」
町を恐怖のどん底に陥れた白骨竜に、ヴィンセントは恐れるよりも違和感を覚えた。
♢
「────ちょっと! 今はまだ出ちゃダメ!!」
その一方で、カーラとフリストは辛うじて持ちこたえていた。人々を守るという意志が僅かに恐怖を上回ったことで正気を取り戻し、逃げ惑う人々を何とかしようと試みる。しかしいくら呼び掛けたところで意味はない。
「無理よカーラ……! みんな怯えて、それどころじゃない…………!」
生成した砂の鎖で逃げ出す何人かを拘束しながらフリストは言う。それを見たカーラは歯噛みした後、仕方なく逃げ出す人々を取り押さえる。
「ちょ、なんで急に人が……!」
同じころ、ユーリは突如氷の壁から脱出して四方へ逃げ出した群衆に困惑していた。
さきほどまで気力というものが感じられなかった人間たちが、今は死から逃れようと必死に足掻いている。壁の上からその様子を見ていたカナエも同じく、急変する事態に理解が追い付いていなかった。
「あのホネホネ野郎の
思考を回すユーリ。そのとき、ポケットに入れていた携帯から着信音が鳴った。画面には[兄貴]と表示されており、ユーリはすぐに通話に出た。
「兄貴! 無事っすか!?」
『無傷だ。お前らはどうだ?』
「どっちもへっちゃらっす! ただ、あのホネホネ野郎が叫んだせいで皆が錯乱しちまって────」
『お前らが無事なら何でもいい。民間人のことは今は放っておけ』
「は!? 見捨てろってことですか!!」
聞き捨てならない発言が出たことでユーリは思わずといった様子で反発した。ユーリの大声でスルトが通話を掛けていることを察したカナエはすぐに壁から飛び降りてユーリに駆け寄る。
『違う、屍王の標的から民間人が外れたってことだ』
「え?」
『だからもう民間人が襲われることはない』
スピーカーモードにしたことでその言葉はカナエにも聞こえた。しかし混乱する二人には理解が追い付かず、カナエは聞き返した。
「どういうこと?」
『周りを見てみろ。死体どもは今何してる?』
ハッとなって二人があたりを見ると、不思議なことに死体は横を通り過ぎる人間に一切の興味を示さず、ただ白骨竜を茫然と見上げている。ちらほらいる巨人の霊魔ですらそうだった。
『その場でボーっとしてるだろ? 今死体たちは、屍王の命令に従って待機している状態だ。次の命令が出るまで、ずっとな』
「屍王って、まさかあのホネホネ野郎がそうなんですか!!」
『いいや……屍王の正体は人間だ』
「「は!?」」
再び携帯越しから発せられた衝撃の言葉に二人は驚愕した。
『気持ちは分かるが、時間がない。今はとにかくそれだけ覚えてろ。お前らは現地のハンターと協力して死体を処理してくれ。可能なら四肢を切断しろ』
「屍王は?」
『こっちから探す必要はない。日が落ちればあっちの方からやってくるだろうさ』
言いたいことや聞きたいことは色々あった。理解しきれないことも多い。
しかし、二人はスルトを信じることにした。
『気合入れろよ。本番は1時間後────日没からだ』
その一言を最後にして、通話は終了した。
二人はすぐさま動き出した。二手に分かれて死体の処理を行いながら、他の道を守るハンターたちの元へと駆け出した。
♢
「────律儀な犬だな。"お座り"も"待て"もオレは言ってないはずだが」
通話を切ったスルトは、攻撃を仕掛けてこなかった眼前の白骨竜に対して吐き捨てた。スルトの眼前に降り立ち、その場所から少し跳躍すれば踏み潰せる位置。尻尾で薙ぎ払えば吹き飛ばせる位置。口を開いて突進すれば即座にかみ砕ける位置。
『カカカ!!』
しかし、白骨竜はその場で鎮座したまま動かなかった。ただスルトの通話が終了するまでジッと見つめるだけだった。
「生憎だがオレはノリが悪くてな。お前らの茶番には付き合わねぇ」
レルヴァの口が開き、熱線が放たれる。宣戦布告の代わりに向けられた攻撃に白骨竜は避けようとする姿勢を見せなかった。
正確には、する必要が無かったというべきだろう。なぜなら熱線は何者かによって切り裂かれたのだから。
「イツマデェ!! イツマデェ!!」
三つの頭蓋に六つの腕。霊魔のような絶叫を轟かせるソレは二振りの剣に二つの盾と弓を装備しており、人食い火竜を想起するような刺々しい鎧を身に着けている。覆われている。
白骨竜を守るようにして降り立ったその骸骨は、明らかに第三者の手によって造り変えられた痕跡をあちこちに覗かせていた。
「…………何が、屍王だ……ふざけやがって」
スルトは激怒した。死者を弄ぶ邪悪を必ず討たんと決意した。
「────死者はオモチャじゃねぇんだぞ!!!!」
迸る激情が炎に変わる。その矛先は眼前の死体ではなく、屍王に向けられていた。
♢
[17:02 アトラ正門前]
「ハァ………ハァ……!」
八百屋は一心不乱に走っていた。白骨竜から距離を取るように、クロック・ムーから氷の壁を抜け、リヴァーロードを通って、正門まで走った。
「もう……ここまでくれば…………さすがに……」
アトラと外の境界線である大きな正門の前で八百屋は立ち止まって呼吸を整える。少しの間を置き荒い呼吸が落ち着きを見せた頃、八百屋はその顔を笑みにゆがめた。
「────プフッ、あひゃひゃ!! あーひゃっひゃっひゃっ!!!」
八百屋は狂ったように笑い出した。その顔は遊びを楽しむ子供のようで、笑う声は悪戯が成功したガキ大将のような無垢な響きを持っていた。
「アブねぇアブねぇ! あとちょっとドラゴンが遅かったら、オレっち焼肉にされちまうところだった!! アヒャ!!」
一般人の演技を止めた八百屋……改め、屍王は面白くて仕方がないという風に膝を叩いて笑い続ける。
「しかし、あれがモノホンの一級ハンターかぁ~……」
操った死体の視覚を通じて垣間見たスルトの炎。文字通り脳裏に焼き付いたその熱に屍王は無邪気な興奮を示す。
「そろそろこの田舎臭い町にも飽きてきたからよ~~適当におっぱいデケェちゃんねーでも引っかけてスタコラサッサするつもりだったけど……止めだ!!」
夕日に染まる空に狂人の悪意が満ちていく。
「殺し合いだ殺し合い!! 殺し合いをするぞ俺は!!! あのムキムキハンターと一騎打ちだ!! アヒャヒャ!!」
やがて悪意が満ちたとき、屍王の夜は訪れる。
「────ソウル・アフターデス! お前らも一緒に踊ろうぜ!! 死ぬまで踊って、熱い夜を祝福しろォ!!」
死人を自在に操る霊臓が発動。それまで待機状態にあった死体たちは同士討ちを始める。
「とはいえ…………殺り合う前にあのハンターの情報を集めねぇとな」
煙草に火を付け、咥えるその男の名は、ブーマー・ハルトマン。およそ三十八件の猟奇的虐殺事件の容疑者として世界各国から指名手配を受けている快楽殺人鬼。
「どうせあのドラゴンもオレっちが作った合体ハンター壱号も瞬殺されるだろうが……まぁ、それもまたよし!」
────またの名を屍王。大陸対魔組合より、セラフィム級霊魔に指定された初めての人間である。
「酒でも盗って観戦しよっと」
日没まであと1時間。
────あとがき────
本作初のボスにして私のお気に入り、ブーマー・ハルトマンがようやく登場です。
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