第19話 死体に非ず・Ⅱ

 クロック・ムーは東西南北にそれぞれの場所へ繋がる道がある。ユーリが降り立ったのは北側のプラト通りに繋がる道であった。


 一体、一体、また一体とユーリは二刀流の剣技を繰り出して死体を殲滅していく。その動きは型にはまらない自由な剣で、ある程度剣の道を歩むものならばユーリの剣がどこかの流派に属する者が振るう剣では無いことが見て取れるだろう。


 自由だが雑ではない。体捌きや足遣い、剣の握り方など、動きの一つ一つには積み重なった努力の軌跡が剣戟の鋭さとして表出している。時に世界には、剣を振るう姿でその者が歩んできた人生を読み取れる達人がいると言うが、ユーリの剣はまさにそれを体現しているだろう。


 純粋無垢で、真っすぐな剣。まるで己の手足の如く、或いは生まれた時から握っていたような、利き手や偏りという概念を忘れるほど洗練された剣は死体を次々に切り裂いていった。そこいらには切り裂かれた死体の残骸が山のように積み上がっている。


 しかし、死体の数は一向に減らない。どころか増えてさえいる。中には腐敗が進み過ぎて白骨しか残していない死体の姿もちらほらあった。


「うげ!! もう百以上は切ったってのにまだいやがんのかよ!」


 体力にはまだ余裕があるユーリだが、終わる気配のない襲撃に流石に愚痴を吐いた。しかし死体の軍勢はユーリのことなど素知らぬ顔で猛進を続ける。


「ちょちょちょ!! 多い多い!」


 一点集中。まるで作戦行動でも取るように陣形を変えた死体の軍勢が氷の壁すら飲み込もうとする勢いでユーリへと迫る。


 万事休すかと思われたその瞬間、ユーリの後方上空から飛来した蒼白の矢の雨が迫る死体の軍勢に降り注いだ。


「世話の焼ける……」

「カナエか! ナイス援護!」


 ユーリは振り返らずカナエに礼を告げた。一方でカナエは次の援護に備えて霊力矢を生成しつつ考え無しに動くユーリに愚痴を吐いた。


「マジカル☆サンダー!」

「ピュア☆フリーズ!」


 ユーリとカナエが北側の対処を行う一方で、ハニーイエロ────ヒルデとロタは反対の南側、リヴァーロード方面から迫る死体の対処を行っていた。ロタの氷によって地面を這うように凍り付かせる冷気が死体の足を凍結させ、動きを封じたところでヒルデの稲妻がとどめを刺す。


 その効果は絶大。しかも霊臓の特性上、数的不利による影響をそこまで受けない広範囲攻撃が可能なことも相まって完璧な防衛に成功していた。


 のみならず、感電によって生じた電熱が死体から伝わったことによって氷の表面が融けだしており、道全体をほんの少しだけ浸らせる程度の水が発生している。それは次なる冷凍の起点にも感電を引き起こす支援にもなっており、時間が経過するほどロタたちが有利になる環境が形成されていた。


「ねぇ……何か変じゃない?」

 

 しかし、ロタにはある懸念があった。


「どうしたのさロタち! 私たちの連携は完璧でしょ?」

「それは勿論! 連携は完璧よ! でも……」


 ヒルデの言葉には心からの肯定を示しつつ、しかしその顔には不安が滲みだしていた。


「────霊魔って、死んだら黒い煙になって消えるよね?」


 ロタの一言に、ヒルデの顔に一瞬遅れてハッとした表情が浮かび上がる。


 何も知らぬ二人の少女の頬に冷や汗が流れた。



 ところ変わって、クロック・ムーの西の道。居住区から迫る死体の軍勢から広場を防衛しているのはフリストとカーラの二名だった。


「でりゃああああ!!!」


 勇敢な叫びをあげて死体を次々に殴り飛ばしていくのはカーラだ。ハニー☆ジャスティスの中で唯一霊臓を持たない彼女の戦闘スタイルは特殊なガントレットを着用した徒手格闘。霊力を全身に回し、元々高い身体能力をさらに強化させて振るう拳は一撃で死体を粉砕する威力を持っていた。


「へっ! そんなとろい動きじゃアタシには一生届かないぜ!」


 ────銃とナイフ、相対すればどちらの方が強いか?


 このような使い古された問いは、ときとして霊臓を持つ者と持たない者の比喩としてハンターの間で用いられることがある。


 一般には銃、つまり霊臓を持つ者が強いという回答が返ってくるだろう。無論、その答えに異議を唱えるハンターなどおらず、こと戦闘において霊臓は強力な力であるという常識が定着している。実際、二級以上のハンターの約八割が霊臓を持っている事実がそこにはある。


 しかし霊臓が無いからと言ってそれが不利に直結するわけではない。近距離においては銃よりもナイフの方が強いという例があるのと同じで、霊臓を持たない者は保有する霊力を全て身体強化に回すことが出来る。スルトやカーラのように類まれな身体能力を持つ人間にとっては、霊臓を使うより強化した肉体で攻撃する方が。


「マジック☆エンデヴァー!!」


 カーラの叫びと共にガントレットが変形し、内部に収納されていたロケット機構が展開される。拳がロケット機構による身体能力を超えた加速を受ける直前でブーツに仕込んでいたブースターを発動させることで二段加速を実現していた。


 進行方向に存在する全てを打ち砕いたその一撃は、まるで真横に流れる流星のようであった。


「どうだ!」


 一発K.Oを決めたボクサーのように勝ち誇るカーラ。その隙を逃がさず物影に潜んでいた死体たちが飛び掛かった。


「チョッ、やば────」

「おさわり禁止……!」


 寸での所で、死体は地面から生えた砂の鎖に絡めとられてカーラに触れることなく転倒した。そこをすかさずヴィンセントの固定式タレットが一斉掃射。チョークの弾丸に貫かれた死体はピクリとも動かなくなった。


「油断大敵……いつも言ってるのに……」

「アハハ……ごめんフリスト」


 咎められたカーラがフリストに謝ったその瞬間、爆発のような轟音が一帯に轟いた。直後に吹き付けた爆風に思わず仰け反りそうになる二人、地面に巨大な影が差し込んだ。


 まさか霊魔の襲撃か、と警戒した二人は急いで空を見上げた。


 そこには確かに霊魔がいた。しかし、その正体は二人の予想だにしないものだった。


 それはフリストとカーラのみならず広場周辺にいる全員の視線が北のプラト通りの上空に集まる。


「え…………?」


 広場にいる誰かの放心したような声が、皆の心境を代弁した。



[15:32 プラト通り]


 端的に言えば、スルトは手を焼いていた。


「ノイズ・フレイム!」


 炎の人狼の口から発射される熱線。しかし、目がないはずの巨人はまるで知っていたかのように腰を落として回避する。


『イツマデェェ!!!』


 努めて冷静にカウンターの体当たりをステップで躱すスルト。民家に衝突して転倒した巨人は隙だらけだが、スルトは何もせず物陰に身を隠して巨人の様子を観察する。


『オォォ……?』


 起き上がった巨人はすぐにスルトがいた方向へ振り向いたが、その姿が消えていることに気付く。


 巨人は消えたスルトを探すようにキョロキョロとあたりを見渡した。あるときはジッと一点を怪しむように見つめたり、あるときは瓦礫を退かして首を傾げたり、先ほどまでの個体とは明らかに異質な行動ばかりをその巨人は行っている。


 言うなれば知性。そのイレギュラーに何かを感じ取ったスルトは敢えて時間を掛ける選択を採用した。


『…………イツマデ!!』


 少しの間をおいて、巨人は散乱している瓦礫を投擲する。瓦礫が向かう先は、どういうわけかピンポイントでスルトが隠れている場所と一致していた。


「……」


 飛び退いて瓦礫を避けつつ、スルトは思考を回す。その視線の先にいる巨人は倒壊した民家の木の柱を拾い、その先端を一部食い千切って貫通力を持たせた。


 巨人は今しがた作成した即席の槍を槍投げ選手のようなフォームで振りかぶり、口から先ほど食い千切った柱の欠片を発射した。


 つまり、フェイントである。


「レルヴァ」


 スルトが名を呟いた瞬間、先ほどまで背中を陣取っていた炎の人狼が姿を消したかと思うと、スルトを庇うようにしてその正面に姿を現した。下肢のない炎の人狼────レルヴァが向かってくる木片を強靭な爪で切り裂いた後、続けざまに大きく口を開いて大きな火球を発射する。


『ウボォォオオオオ!!』


 巨人は手に持っていた木の槍で火球を薙ぎ払った。槍と火球が接触した瞬間に小さな爆発が起き、琥珀色の炎が巨人の眼前を埋め尽くす。

 

 瞬間、炎から飛び出してきたスルトが巨人の首を掴んだ。


「パニッシャー」


 超高温の爆発が起きる。反撃する暇もなく、巨人は首から上を失って倒れ込んだ。再生を警戒していたスルトだが、予想外にも巨人はそのまま黒い煙を全身から吐き出して消滅した。


「…………逃げたか」

 

 冬の短い昼の終わり、徐々にオレンジ色に染まり始める空の下でスルトは口惜しそうに吐き捨てる。


「だが、ようやく尻尾を出したな?」

 

 そう言って、スルトは上空に目を向けた。


『クカカ!!』


 夕暮れの迫るプラト通りの上空に、白骨化した竜が出現した。

 

 ────日没まであと2時間……


────あとがき────


 実は描写の半分以上がアドリブという。基本的に下書きなしで書き上げるのでこういうことが良く起きるんですよね。だから整合性を合わせるのがめちゃ大変。

 そして前回戦闘を書けなかった分この話は全部戦闘にしました。

 それと補足ですが、日没=18:00です。

 

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