第18話 死体に非ず・Ⅰ

[11:49 リヴァーロード⇒プラト通り]


「今の地震は……?」


 避難者を巻き込まぬよう、アトラ南のリヴァーロードからクロック・ムーを迂回して北のプラト通りに移動してきたスルトは先ほどアトラを襲った地震に困惑を示していた。


(建物がいくつか倒壊してるな……霊力が広場に密集してるのは霊魔の騒ぎで一般人が既に避難していたからか?)

 

 不幸中の幸いというべきか、地震で倒壊した家屋などに巻き込まれた人間は見当たらない。死体の何体かが倒壊に巻き込まれて動けなくなったことを考えればむしろスルトにとってはプラスに働いている。


「アァァアア!!!」


 しかし、依然として町中に出現した死体の群れは存在している。それらは地震が収まったタイミングを合図にするかのようにスルトへ襲い掛かると思われたが、なぜかその横を通り抜けて一斉に姿を消した。


「何だ……?」


 死体たちが向かっていった先は、中央の時計台クロック・ムーのある広場。


「ッ!!? そっちは中央の一番人がいる────」


 すぐに追いかけようとしたスルトの背後に、ぼーっと立ち尽くす死体があった。尋常でない気配を振り撒くその死体に気が付いたスルトは警戒しつつ振り返った。


「う……」


 スルトが視認するのを待っていたかのようなタイミングで死体は頭を抱えてうずくまった。声にならない苦痛に喘ぎ、一心不乱に髪や肌をかきむしる。それは何か纏わりついたものを引き剥がそうとする人間の姿に酷似していたが、スルトには何も見えない。


 瞬間、死体の肉体が爆発したかのように瞬時に膨張し、何倍もの大きさに変貌を遂げた。


「おいおいおいおい……!」


 その造形は、スルトにとって酷く見覚えのあるものだった。


『ウボォォオオオオ!!!!』


 青い肌、痩せこけた足。至るところにフジツボのようなものがびっしりと固着したその身体は老人の如く腰が曲がっていても尚、人の何倍も大きい。股関節から上は貧弱な足とは真逆で、鱗が乱雑に並ぶ腕は振るうだけで建造物を破壊できることが想像に難くない


 死体が、深海の巨人へと変身した。


『イツマデェ!!!!』

「クソったれ!!」


 ────最悪だ……想像しうる中で最悪の事態が起きちまった!!


 巨人の攻撃を躱しつつ、スルトは内心で戦慄していた。

 

 ────死体が霊魔になった? それとも死体の形をした霊魔か? いや今はそんなことどうでもいい!! 今広場に向かっていった奴らが全員巨人になったとしたら……クソ! 余裕でセラフィム級じゃねぇか!!


「パニッシャー!!」


 ────こんなの資料の何処にも書いてなかったぞガスコイン!!


 戦慄は気づけばガスコインに対する怒りに変わっていた。スルトは、最早八つ当たりのような攻撃で巨人の駆除に取り掛かった。



[13:56 大広場クロック・ムー]

 

 ハンターたちの活躍により、大広場に発生した霊魔は見事に殲滅されていた。怪我人こそ出てはいるが、命に関わる重傷を負った者や死亡した者は奇跡的にゼロという結果に終わる。


「疲れた~~!」


 魔法少女の一人、華奢な体格に似合わない攻撃用に設計されたガントレットを装備しているハニーレッドが地面に仰向けになって叫んだ。


「お疲れカーラ」

「ありがとロタ~……」


 青い魔法少女ロタがハニーレッド────カーラの額に霊臓ソウルハートで生成した氷をあてがう。その冷却は、装備しているガントレットの放熱で体温がかなり上昇しているカーラにはとても心地の良いものだった。


 周囲の人間はその冷却をどこか羨ましそうに見つめていた。


「……ねぇ、すこしいい?」

「カナエちゃん? どうしたの?」

「ちょっと頼みたいことがあるんだけど────」


 それを見ていたカナエはロタに耳打ちをした。


「できそう?」

「任せて!」

 

 そういってロタは一旦冷却を止めると、少し広場の中心から少し離れた場所へカナエと移動。そこで地面に両手を当てた。


「ダイヤモンド☆バリア!」


 次の瞬間、広場を囲うようにして分厚い氷の壁が地面から隆起するかのように立ち上がった。


「な、なんじゃこりゃ!」

「また霊魔の襲撃か!?」

「────風童かぜわらべ


 カナエが霊臓を発動させ、髪を少し揺らす程度の弱い風を広場全体に吹かせる。突如として氷に囲まれた人々は動揺を見せたが、直後肌を撫でる風に持ち込まれた氷の冷たさに心地よさを覚えた。


「涼しい……さっきまでの暑さが嘘みたいだ」

「なんだか知らんが、ありがてぇ!」


 結果的にその試みは、人々の顔にわずかながら笑みを取り戻すことに成功した。

 

「ありがと」


 カナエはロタに礼を告げた。


「いやいや! むしろナイスアイディア!」

「ふふん」


 逆に褒められたことでカナエはいつもの無表情で少し調子に乗った。実は人見知りのきらいがあるカナエだが、同年代の同性、しかも共に死線を超えた間柄である魔法少女に対して少なからず友情を覚えていたのだ。


「ねねカナエちゃん! 今のうちにアドレス交換しよ! お願い!」

「えっ?」

「あーズルいぞロタ!」

「私もちゃんカナのアドレスもらうー!」

「……私も」


 それは魔法少女たちも同じで、ロタの一言をきっかけに皆携帯を取り出してカナエのアドレスを欲しがった。


 戦場には花は咲かない。しかしそこで芽吹く友情はあり得るのである。


「……私で、よければ」

 

 珍しくカナエは少し照れた表情を浮かべながら了承した。その様子をユーリとヴィンセントは遠巻きから眺めていた。


「美少女五人……写真とっとこ」

「はっはっは。若人はアクティブでいいな」

「いやいや、アンタも十分若いだろ……」


 老人のようなことを言うヴィンセントにユーリは五人を撮影しながら突っ込みをいれる。


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。でも残念、私は今年で三百歳なんだ」

「はっ? 三百?」

「いわゆるアールヴってやつさ」


 ユーリは驚いてヴィンセントの耳に注目した。しかし、そこにアールヴの特徴である尖った耳はない。


「……耳丸いじゃん」

「長い間森から離れたアールヴは耳が丸くなるんだよ。アールヴの尖った耳は森の声を聞くための器官だからね、使わない筋肉が萎んでいくのと同じことだよ」

「はー……ただの飾りじゃなかったんだな」

「知識はときに剣よりも強力な武器となる。これからもよく学びなさい」


 ユーリは素直にヴィンセントの言葉を信じた。ヴィンセントは微笑んでユーリの頭を撫でると、少女五人組の元へ足を運んだ。


「交流中に邪魔して悪いが、あの壁に等間隔で穴を開けることは出来るか?」

「出来るよおじさん。でも、何するの?」

「迎撃用のタレットを設置すれば防衛が楽になると思ってね」

「そういうことなら任せて!」


 ロタが頷くと、氷の壁にすぐさま長方形の穴が開く。それを確認したヴィンセントが懐から一本のチョークを取り出した


「ジョーク・ザ・チョーク」


 それはまるで空中のキャンバスに絵を描く画家のような動作だった。最早肉眼では捉えられないほどの高速でヴィンセントがチョークを動かすと、次々に固定式タレットが生み出されていく。


「映画で見たことあるやつ」

「えいが? あぁ、デザイアの娯楽のことか」


 カナエの呟きにヴィンセントは一瞬遅れて反応を示した。


「まぁとにかく、付け焼刃のようなものだが効果はあるはずだ。ただ多量の水で消えてしまうから長くは持たない」

「それなら……任せて……」


 フリストが祈るような所作を行うと、生成された砂が設置されたタレットの銃口以外を包み込んだ。


「おぉぉすげぇ! 合体技────」


 ユーリは目をキラキラさせながらその光景に興奮したが、不意に感じ取った異様な霊力に反応してすぐに剣を抜いた。


「カナエ! なんかやべぇ!」

「私も今見えた……」


 それに反応出来たのはユーリを除けばカナエだけだった。他のハンターは突然険しい表情をする二人にただならぬ事態を予感して遅れて戦闘態勢に入った。


「気を付けて! すぐに死体どもがやってきます! それも今までの比じゃないくらい大勢!」

「なに!?」

「俺が氷の外に出て引き付けるんで、みんなは広場に侵入しようとする奴らをお願いします!」

「待つんだ少年! 君一人では────」


 ヴィンセントの制止を無視してユーリは跳躍で壁を乗り越え、飛び降りる。


[壁上から援護頼む!!!!]


 携帯を取り出し、急いでメールをカナエに送る。送信が完了した瞬間、津波の如き勢いで飛び出した死体の群れがユーリに襲い掛かった。


「こっから先は死んでも通さねぇぞ死体ども!! 風呂入って出直してきやがれ!!」

 

 霊臓により生み出した水の剣とショートソード。陽の光を受けて、異なる二刀の刃が煌めいた。


 ────日没まであと3時間……


────あとがき────


 戦闘描写が続くと言っておきながら戦闘が無いという……

 次の話からはマジで戦闘が続くので、もう少し待ってください……

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