第17話 デッド・モーニング

[10:19 アトラ正門~リヴァーロード]


 スルトの右肩と左の脇腹を掴み、さながら背後霊のように付いている炎の人狼。まるで怒りに満ちたような形相で、逆立つ体毛はありありとその激しさを見る者に知らしめている。


「ノイズ・フレイム」


 スルトが指示を出す。人狼は怒りに満ちた形相のまま機械のように無機質な動作で大きく口を開くと、そこからバチバチと弾けるような騒音の後、琥珀色の炎を凝縮した極太の熱線が発射される。


『イツマデ────』


 熱線が直撃した巨人の蒸発する。熱線は止まることなく伸びていったが、巨人の頭部を狙っていた都合上その角度は空に向いていたことで灼熱は雲を貫くだけに終わった。


 頭を失った巨人は腕をぶらりと垂らし、膝から崩れ落ちる。しかし倒れることはなく、膝立ちの状態。またすぐに頭部の再生が始まった。


「させねぇよ」


 スルトは巨人の首へ既に飛び掛かっていた。徐々に形成されていく顎を上から押さえつけるようにして炎を纏った右手を当てる。


「パニッシャー」


 二度目の爆発は内側から巨人の肉体を焼き尽くす。爆炎と衝撃が巨人の体内を駆け巡り、全身の細胞を炭化させた。炭化した細胞は再生能力を失い、そのまま巨人の命も燃え尽きて黒い煙となって消滅する。

 

 はずだった。


「なに……?」


 巨人────霊魔が消滅したその場所に、黒焦げとなった人型の何かが倒れていた。


 ────なぜだ……絶命した霊魔は黒い煙となって消滅するはず。ま、まさかコイツ、霊魔じゃなかった、のか……?


 混乱するスルトの思考に過った最悪な予想が冷や水をかける。しかし、すぐに冷静を失うことはなかった。


「落ち着け……霊魔じゃなかったらイツマデなんて言うはずがねぇ。今は……そうだ、とりあえず、裏で糸を引いてる霊魔を排除するんだ」


 言い聞かせるように思考を回すスルト。それを邪魔するかの如く事態は急激に変わっていく。


「オォォォ……」


 静まり返った大通りに低く唸るような人の声が響く。それは一つや二つで終わらず続々と、あちこちで増えていく。


 立ち並ぶ店の中から、裏路地の暗がりの中から、街路樹のそばの土の中から。雲一つない快晴の冬空の下で、死臭を纏う人間の群れが出現した。


 ────死体! 明らかに霊魔じゃねぇ!


 八方を死臭に囲まれたスルトが驚愕を示す前に死体たちは襲い掛かる。腐敗による損傷を無視するような俊敏な動きだった。


「アァァァァ────!!!」



 噛みつきもしない。ひっかきもしない。ただ圧し掛かる、あるいは組み付く。そこからゆっくりとスルトの首へ手を伸ばして、絞殺を狙っていた。その光景は傍から見れば死体の山が積み上がっているように見える。


 刹那、火柱が立ち上った。積み上がった死体の山はあちこちに吹き飛び、炎に焼かれたままピクリとも動かなくなった


「……弔いは、しっかりやる。ただ今は生きてる人たちを優先させてもらうぞ」


 炎の中から姿を現したスルトは、今しがた己が吹き飛ばした死体に謝罪した後、逃げ遅れている人間の確認をするためにその場を去った。


 ────依然として、死臭は町に漂っている。



[10:40 リヴァーロード⇒中央部大広場クロック・ムー]


 スルトが生き残りを探しつつ死体を蹴散らしていた一方、ユーリとカナエは八百屋の避難誘導を未だ行っている最中であった。


「熱がここまで……真冬だっていうの、夏みたい」


 町の入り口からまっすぐ続くリヴァーロードを抜けた先。アトラの中央部、大きな時計台のある大広場の中でカナエが戦慄した様子で呟いた。緊急時には避難先の一つとして指定されるこの場所には既に大勢の人がいるが、皆カナエと同じく季節外れにも程がある気温の急上昇に動揺していた。


「死体の次は異常気象かよ……」

「なんだよこれ……これじゃまるで……世界の終り……」

 

 カナエの予想に反してパニックになることはなかった。しかしそれは能天気とかではなく、八百屋の感情と同じ諦めからくる冷静であった。


「もうちょっと慎ましく生きればよかったな」

「全くだ。オイラも遺跡発掘で一攫千金なんか狙わず、家業を継いどけば……」

「怖いなぁ……死後の世界って、苦しいのかなぁ」


 事態の終了ではなく、懺悔。避難者の思考は共通していた。


「なんで……?」


 ────なんで誰も生き延びようとしないの?


 カナエにとってその光景は理解し難いものだった。誰もかれも降りかかる火の粉を払おうとしない。誰も現状に抵抗しようとする姿勢を見せない。


「無理無理。神の怒りを買ったんだ。死ぬほど苦しいに決まってるよ」


 ────なんで家族を助けようって思わないの? 友達を助けようとは思わないの?


 微かな怒りと嫌悪感がカナエに芽生えていた。


「何が神よ……一体誰のためにヴェルトが戦ってると思ってるの……!」

「…………」


 無意識の内に自分の境遇と比較していた。その呟きは理性が働いたことで辛うじて叫ばれなかったが、隣にいたユーリはしっかりと耳にしていた。


 ユーリは呆れたように小さくため息を吐いた後、大きく息を吸った。


「────みなさーん!! 安心してください!!」


 動揺が広まる広場に、突如としてユーリの声が響き渡る。


「ユーリ……?」

「この急な気温上昇はー!! 霊魔討伐のために一級ハンターが尽力しているために起きている一時的なものです!! みなさんに危害を与えるものではありませーん!!!」


 隣にいる仲間の行動にカナエは驚愕した。生来目立つことが嫌いなカナエからすれば受け入れ難いものだ。しかしその行動は自分には出来ないことであり、そして今この場に最も必要なものだったことに気が付いて何も言えなかった。


「ハンターが……?」

「そうです!! みなさんを脅かしているのはただの霊魔!! 神なんて大層なものじゃありません!! そして俺たちハンターは霊魔討伐の専門家!! しかも二級二人と一級一人!! セラフィム級だってお茶の子さいさいです!!」

「違う!! これは神の呪いだ!!」


 叫ぶユーリに怒りを露にしたのは八百屋の店主だった。ぼさぼさの黒髪をがたがたと揺らしながら大股で群衆を掻き分け、ユーリに詰め寄る。


「部外者が勝手なことばっか言ってんじゃねぇぞ!! これは全部俺たちに下された天罰だ!! 欲にかまけて遺跡の宝物を持ち去った俺たちへの裁き────」

「それが何だって言うのよ!」


 しどろもどろになりかけたユーリに割り込んで声を荒げたのはカナエだった。


「神が何よ! あなたたちが言う神はそんなに自分勝手なの!?」

「それは────」

「じゃあ聞くけど、あなたは神に会ったことがあるの? 声を聞いたことがある? その力を目の当たりにしたことがあるの? どうせないんでしょ? いるのかすら知らない存在のご機嫌取りが大事ならさっさと自殺して謝りに行けば?」


 まくしたてるカナエに八百屋は一瞬だけ怒りに満ちた顔を見せたが、すぐに首を横に振って能面のような無表情を貼り付けた。


「……お前らが何と言おうと、これは神による裁きだ」


 八百屋が言い切ったその瞬間、強い地震が起きた。腹の底に重く響く大地の唸りは立つのもやっとなくらいで、しかし思いのほかすぐに収まった。


『ウボォォオオオオ!!!!』

 

 それが終焉を導くカウントダウンだとカナエが気が付いたのは、広場のあちこちから八百屋を襲撃した巨人と酷似した霊魔が発生したときだった。


 否、広場だけではない。アトラ全域で巨人の霊魔が死体と共に出現している。


「……ほらな? 神は怒っているんだ。お前らなんかじゃ止められやしない」


 既にユーリと共に戦闘態勢に入ってはいるが、霊魔の手は今にも住民たちに触れそうである。


「────そんなこと、ない」


 八百屋の言葉を否定する声があった。次の瞬間、広場に現れた霊魔たちが地面から生えてきた砂の鎖に拘束される。


「みんなの命をおびやかす敵は……私達、ハ二ー☆ジャスティスが許さない」

「「「その通り!!」」」


 声の先にいたのは、数週間前のハンター登録試験でスルトのことを教官と間違えた魔法少女たちの一人、フリストだった。フリストが名乗りを上げると同時、彼女の背後から三人の魔法少女が前に出る。

 

 氷、炎、電気。三つの攻撃がフリストに拘束された霊魔に嵐の如く襲い掛かった。


「悪を滅する赤い炎! 正義の拳・ハニーレッド!!!」

「痺れる魔法で一目ぼれ! 正義の稲妻・ハニーイエロー!」

「クールな魅力でお仕置きよ! 正義の冷気・ハニーブルー!」

「砂の魔法で守り抜く……正義の砂防・ハニーブラウン……」

 

 それぞれがポーズと共に口上を述べる。


『魔法少女ハニー☆ジャスティス、参上!』

「な、なんだこいつら……コスプレ集団?」

「うおっ、ミニスカ……生足やべぇ~」

「ホントガキ。豆腐の角に頭ぶつけてしねばいいのに」


 上から順に八百屋、ユーリ、カナエと、参上した魔法少女に対する反応は惨状だった。カナエに関しては魔法少女ではなくユーリに反応している。


「コラ~~!! アタシらのことなんだと思ってんだこの野郎────」

『ウボォォオオオオ!!!』


 ハニーレッドが無礼なオーディエンスに怒りを叫んだそのとき、傷の再生を終えた深海の巨人の何体かが息を吹き返した。


「うそ!? 私たちのコンボを受けてまだピンピンしてるっての!?」


 魔法少女たちが対魔組合より下された評価は四級。見習いである五級を飛ばして四級ハンターとなった期待のルーキーズで、この場においても十分すぎる戦力だが、霊魔の消滅確認を怠るなどの経験不足が浮き彫りになる。


 しかし。


「アクアストライク!」

「風魔之矢」


 忘れてはならない。今この場には、二級ハンターが二人いる。


 深海の巨人たちの四肢は水流の斬撃によって切断され、胴は風の矢によって文字通り風穴がいくつも開いた。


「私達、これでも一応────」

「二級ハンターだぜ!! これからよろしく!!」


 今度は二人が名乗りを上げる番だった。カナエは魔法少女たちを無感情に見つめる一方で、ユーリは未だ倒れ伏した巨人たちに注意を向けていた。その目に含んだ疑惑の通り、巨人たちの肉体はまた再生し始めていた。


『────イツマデェェ!!!』

「やっぱり……急所を狙わないと倒せないのか?」


 どんな攻撃をうけても数秒程度で完全に元に戻ってしまう。まるで不死身を思わせる巨人の群れにハンターたちの内心に焦りと不安が生じ始める。


「────ジョーク・ザ・チョーク」


 このままではジリ貧になるかと思われたそのとき、リヴァーロードとは反対の方向から飛来した無数の白い弾丸の嵐が巨人たちをミンチにした。巨人たちはやはり絶命はしなかったが、ズタズタにされた全身を再生するには時間を要するようだ。


「すまない、要救助者の捜索に手間取ってしまった」


 弾丸が飛来した方向から姿を現したのは三十台前半くらいの細身の男だった。その容姿は魔法使いのようなローブと長方形型の眼鏡も相まって、まるで賢者のようである。


 特筆すべきはその背後。白い粉のような何かで構成された大きなリアカーを引いており、その両脇を二つの銃身を持つタレットが固めている。タレットも動揺に白い粉のようなもので形成されていて、それらはまるでチョークで描いた立体的な絵のように一部が歪んでいる。


 リアカーに乗せた救助者を降ろした後、男はカナエたちに近寄る。


「広場にいた皆を守ってくれたのは君たちか……ありがとう。助かったよ」

「いや、比率で言うならあそこの四人組」

「四人組?」


 ゆっくりと男が振り返った先には、魔法少女ハニー☆ジャスティス。


「き、君らもハンターなのか?」

「……広くはい」

「広くはい?」


 フリストの解答に男は困惑するしかなかった。


 そうこうしているうちに巨人たちが徐々に息を吹き返していく。


「っと、無駄話をしている場合じゃなさそうだ。一応、私はこの町で薬屋を営んでいる三級ハンターのヴィンセントだ。微力だが協力しよう」

「二級ハンターのユーリです。こっちの無表情はカナエで、同じく二級ハンターです」

「おぉ! 二級ハンターか! それは心強い」


 四級ハンター四名、三級一名、二級二名。計七名のハンターチームが事態の終息に向けて動き始める。


「指揮は任せます! 俺らこの町来たばっかでなんも分かんないので!」

「了解した。この場にいるハンター全員で霊魔どもを撃破するぞ」


 ────日没まであと6時間……


────あとがき────


 なんか気が付いたら魔法少女がまた勝手に動いてますね。緩衝材としてヴィンセントもアドリブで急いで作りました。


 どうしてこんなことに……でも面白そうだからOK!続行!!!


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