第15話 ラムレスに憧れて
その昔、ジャスティティアにはギガントというあくぎゃくのかぎりをつくす種族がいました。
ギガントは大きな大きな山のようなからだをもち、そのぜんしんは動物のようなたいもうにおおわれていたそうです。ギガントはアールヴやライカードたちをどれいにし、人間をおもちゃとして弄ぶようなそぼうでやばんな種族でした。
ギガントたちによってほろぼされた国や街は両手で数えきれないほどで、ジャスティティアに暮らしていた多くのいのちがギガントを恨んでいました。
中でもひどかったのはギガントたちをひきいる王様です。ギガントの王様はとても自分勝手で、気に入らないことがあると手当たりしだいにあばれまわる短気な王様でした。
ギガントたちは数こそ少なかったですが、あまりにも強く、誰もギガントたちに逆らうことが出来ませんでした。
────あぁ、神よ。どうかこのじゃあくな種族に天罰を与えたまへ。
誰もが神に祈ったそのときでした。宝石よりもまばゆいきれいな光の柱がギンヌ大森林の中心にしゅつげんしたのです。
光の柱からは一柱の天使があらわれました。その三対のつばさはシルクのように美しく、あたまに浮かぶわっかは朝日のように柔らかな光を発していたそうです。
────わたしはテラー。裁きの神なり。ここにあまねくすべてのいのちを守るため、ジャスティティアにすくう悪をうちほろぼそう。
人々はおどろき、かんきしました。ついに願いが通じたのです。いっぽうで、テラーのことを気に入らなかったギガントたちはとてもおこりました。
テラーひきいる天使のぐんぜいとギガントたちのたたかいはしれつをきわめました。なんと、すうひゃくねんものあいだつづいたそうです。
このままえいえんにつづくかと思われたせんそうは、ある人間のかつやくによって終わりをむかえました。
ラムレスです。テミスという王国に生まれたひとりの青年がテラーの助けをかりて、みごとギガントの王様をその剣でうちとったのです。
長いたたかいは、ついに終わりました。しかし、このたたかいでテラーは力を使いはたしてしまいました。
────騎士王ラムレスよ。どうか、このジャスティティアをたのむ。
ラムレスに騎士王のしょうごうをあたえると、テラーはきずをいやすため、ギンヌ大森林のとあるけいこくの底で長いねむりにつきました。テラーの意志をつぐために、ラムレスはたたかいであれてしまったジャスティティアをたてなおす旅にでたのです。
♢
「何読んでるの?」
馬車に揺られながら絵本を読んでいたとき、ふいに正面にいたカナエが話しかけてきた。
「ただの絵本だよ。騎士王ラムレスのおとぎ話」
俺は本を閉じてその表紙をカナエに見えるように少し前に出した。誰もが一度は読んだことのある超超有名な絵本だが、異世界から来たカナエは知らないようで首を傾げていた。
「騎士王?」
「おう。テミス王国って知ってるか? ラムレスが生まれた国なんだけど、兄貴の出身地でもあるんだぜ!」
「えっ」
カナエの隣で静かに眠っている兄貴を起こさないように言ってみると、カナエは珍しく目を丸くしていた。
「ヴェルトが…………テミス王国出身……?」
「なんだ、知ってたのか?」
「……ちょっとだけ」
カナエは一転して気まずそうに俺から目を逸らした。なんで目を逸らしたのかは分からなかったけど、なんとなく首を突っ込まない方がいいと思ったので俺は気付かないふりをした。
「それ、いつも持ち歩いてるの?」
少しの間馬車の振動に意識を向けた後、カナエが話題をすり替えるようにして尋ねてきた。
「おう。いつでも読めるようにしてる」
「なんで?」
「う~ん……? 考えたことも無かったけど……強いて言えば夢を見失わないようにするため、なのかなぁ」
「夢?」
「うん。俺はラムレスみたいなカッコイイ漢になりたんだ」
思い返すのは幼少期。まだ夜中に一人でトイレに行けなかった頃だ。
『いいかいユーリ? お前はラムレスのように立派な男になりなさい』
『ラムレスみたいなおとこ?』
『あぁそうさ。お前は優しい子だからね。きっと、ラムレスのようにみんなを助けられる男になれるよ』
『……分かった! 俺頑張る!』
不意に蘇ったお袋との思い出は胸の奥を懐かしさで満たしていった。
たしか、昼寝の時間の前に読み聞かせてくれたんだっけ?懐かしいなぁ……。あの日も、丁度今日みたいにカラッと晴れた爽やかな青空の日だったことは今でも鮮明に覚えている。今にしてみれば従順すぎると思わないでもないが、あの日のお袋の言葉があったから今の俺がいるのはゆるぎない事実だ。
「……その本。私も読んでいい?」
「いいぞ」
表情のない顔で表紙を見つめるカナエに絵本を手渡すと、丁寧な動作でパラパラとページを捲った。するとすぐに顔を上げてこういった。
「読めない」
「嘘だろ? これ対象年齢五歳以上だぞ?」
「この世界に来てまだ三週間なんですけど?」
「あ、ごめん。悪いこと言────」
違和感。
「お前……なんでこの世界の文字が読めないのに言葉は話せるんだ?」
異世界から来た人間がジャスティティアの文字を読めないことは分かる。よくわかる。異世界から来た人間だというのにジャスティティアの言葉を使いこなしているのも、勉強したと考えれば納得がいく。
だが、カナエはこの世界に来て三週間しか経っていないと言った。なのに俺たちとの会話によるコミュニケーションは何の支障もなく出来ている。
「たった三週間で異世界の言語を習得してるのはおかしいだろ……?」
「……☠︎☜︎☜︎👎︎ ❄︎⚐︎ 😐︎☠︎⚐︎🕈︎ あなたが知る必要はない」
カナエはオレの知らない未知の言語を口にした後、冷たい拒否を示す。その瞬間から俺はカナエのことが得体の知れない何かのように見えて、無意識に利き手が剣の柄に伸びていた。
「別にあなたが考えてるような人間じゃないわよ。私はただ────」
その刹那、馬車が一際強く揺れて停止した。畳みかけるようにして鼓膜に飛び込んできた悍ましい悲鳴は、明らかな異常事態を俺たちに警告した。
『イツマデェェ!! イツマデェ!!!』
「ヒイィィィ!!」
「霊魔か! おいカナエ! 御者の人は任せるぞ!」
それまで口論していたことなんてすっかり忘れた俺は剣を引き抜き、カナエに指示を飛ばした。襲って来た霊魔は合計六体で、いずれも奇病に侵された昆虫を人間くらいまで大きくしたようなフォルムだ。
「ちょっと、あなた一人で大丈夫なの? ヴェルトも起こした方が────」
「起こさなくていい! これくらい俺たちでなんとかして見せるぞ!」
カナエのいう通り、兄貴はきっと俺たちの何百倍も強いだろう。ラムレスと同じ国出身で、しかも同じく騎士だったという。
兄貴は俺が憧れているラムレスと全く同じような人間だ。初めて会ったときに魂が震えるような何かを感じ取ったのはきっとそういうことなんだろう。
「……怪我したらまた買わせるから。今度はバナナスムージー」
「デザートも付けてやる!」
とりあえず、今はこの場を乗り切ろう。霊力を心臓に回し、霊臓を発動させる。
剣を握る左手から生じた水流が刀身を包み込む。
「────食らえユーリスペシャルその一! アクアストライク!!」
霊魔の群れに飛び掛かり、この間思い付いた必殺技をお見舞いした。
「ネーミングセンスがかませ犬のソレ」
カナエが何か言ったような気がしたが、集中していたのでよく聞き取れなかった。
♢
『お久しぶりです。陛下』
奇妙な夢を見た。
『大きくなられましたね……かつての戦争で我らを導いてくださった時代の面影を感じます』
見たことのない荒野の真ん中で、なぜか黒い絵の具で塗りつぶされたようになっていて全貌が見えない巨人たちがオレに跪いていた。
「誰だ。いや、何者だ?」
『なっ……覚えておられないのですか……?』
声を掛けてきた巨人に尋ねると、その巨人はひどく動揺したように声を揺らした。表情は見えないが、狼狽えた顔をしていることが想像に難くない。
思考を回す。巨人の口ぶりから察するに、オレは恐らく同じような夢を見ている可能性がある。が、思い当たる節は全くない。だというのに強烈な既視感がある。
「質問に答えろ。お前たちは何者だ?」
このまま疑問を放置していると後々取り返しのつかない事態になる気がした。
『……我ら種族の名はギガント。かつて、憎き邪神によって滅ぼされてしまった巨人の一族です』
「ギガントだと?あのおとぎ話のギガントか?」
その名前には聞き覚えがあった。騎士王ラムレスの英雄譚だ。リルカとエルドに薦められて読んだおとぎ話に出てきた種族だ。
だが、所詮はおとぎ話だぞ?
『そのおとぎ話が何か私にはわかりませんが……どうやら、我らの痕跡は完全に消されたわけではないようですね。それが知れただけでも僥倖です』
「まさか、本当に────」
『いずれまた、ジャスティティアでお会いできる日を楽しみにしております』
荒野に溢れんばかりの眩しい光が空から降り注いだ。真っ白な光は瞬く間に膨張していき、やがてオレや巨人たちの全てを荒野ごと飲み込んでしまった。
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