第14話 南へ

「おぉ。ちゃんと来てくれた。メール送ったのに返信ないから肝冷やしましたよ」


 翌日、メールで指示された時間通りに本部へ足を運ぶと正面玄関の前でガスコインが待っていた。


「あれ、あの生意気なお嬢ちゃんは来てないんです?」

「寝坊だ。何回揺らしても起きなかったから置いてきた」

「羨ましいですねぇ」


 心なしかガスコインの目のクマが昨日よりも濃くなっている気がした。また徹夜でもしたのだろうか。だとすると大陸対魔組合は相当なブラック企業なんだな。


「ここで立ち話もあれですし、場所を変えましょうか。ついてきてください────あ、ちょっと失礼」


 言いながらガスコインはカシュッと、自販機売りされているエナジードリンクのプルタブを開けて中身を一気に飲み干した。缶の大きさから察するに五百mlはあるタイプ。一気飲みがやたら手慣れていたあたり、一度や二度ではないのだろう。


「エナジードリンクは一気飲みするものじゃねぇぞ。身体ぶっ壊す前にさっさと休め」

「誰のせいでこうなってると思ってるんだって話ですよコラ。喧嘩ならいくらでも買いますよ?」

「す、すまん……?」


 なぜか怒ってしまったガスコインを不思議に思いつつ、オレは案内に従った。


 本部の中に一度入り、明らかに職員専用といった通路や階段を数回ほど通り抜ける。進むにつれて人の気配が減っていき、やがてたどり着いた最上階は、欲望の国とは思えない不気味な静かさを保っていた。

 

 扉や窓が一つもない行き止まりなのも最上階の不気味さに一役買っている。まるで昨日飛ばされた石の迷宮のように殺風景だが、木の色があるせいか閉塞感はあまり感じられない。


「あと少しです」

 

 欠伸をしながらガスコインが前を歩く。行き止まりの奥まで進んでいく。突き当りでオレ達が足を止めた瞬間、足元に隠されていた転送霊気陣が作動して景色が一瞬で塗り替わった。


「はい到着しました。ここが目的地、終わらない栄華の孤島ネバーサンダウンです」


 そこは空に浮かぶ砂浜の孤島だった。海のように青い空がどこまでも続いていて、しかし島の砂浜は置いて行かれた小鳥のように青空を見上げている。島の中心にはポツンと佇むパラソルとビーチチェアがあり、それ以外に物体はどこを見渡しても見つからない。


「名前の割に随分物静かな島だな」

「昔はすごかったらしいです。今や独りぼっちの砂漠ですがね」


 「よっこらせ」と、ガスコインは一つしかないビーチチェアに勢いよく腰掛けた。その様子を見てオレはスーツとビーチチェアが絶望的なほど合わない組み合わせであることを知った。


「さて、改めて一級おめでとうございます、ヴェルトさん。今朝の新聞は見ましたか? もう巷じゃ噂になってますよ。なんせ突然現れた十八歳の若造が五十年振りの偉業を達成したんですから」

「……」

「あら、そこまで嬉しくなさそうっすね。まぁいいや、とりあえずこれ。完成したハンターカードです」


 差し出された金色のカードを受け取る。裏や表を確認してみると、先日ホログラムで見たものと殆ど同じことが書かれているだけでこれといった特徴は無かった。


「本題に入る前にハンターの業務について説明させていただきます。と言っても、霊魔ぶっ殺すだけです。基本的には組合からハンターに任務が斡旋されます。職員が収集した情報を精査したうえで現場に向かって霊魔を討伐、あとは報告書をまとめて組合本部か支部に提出していただければそれで終わりです。……あー、霊魔とかハンターの階級についてはめんどくさいんでユーリ少年に聞いてください」

「職務放棄か?」

「ええそうです。こんな辺鄙な場所に来たのも上司の目が届かない場所で休むためです」


 言葉の節々から日々の労働に対する不満が見て取れた。あまりにも哀れだったのでオレは何も言わないでおくことにした。


「今日は貴方に初任務の概要を伝えたら一週間ぶりに帰宅できるのでさっさと話しますね。あ、そうだ。今回貴方に対応してもらう任務は結構大きめの機密案件なので、他言無用でお願いします」


 含みのある言い回しの後、ガスコインはタブレットを操作する。その後、画面から少しの歪みを伴って宙に出現したのは緑と石畳が特徴的な小さな町だった。


「この町の名はアトラ。ジャスティティア大陸の最南端に位置する辺境の町です。南部特有の霊魔発生率の低さや古代遺跡といった要素を上手く活用しているので地方にしてはかなり栄えていますが……所詮は地方なので携帯やスマホの普及率は一桁レベルです」


 ここデザイア連合国はジャスティティアの東部中央寄りの位置にある。霊子機器が普及していない南部にはエアカーゴや転送霊気陣のようにハイテクな移動手段など皆無なので、馬車の利用が一番早い手段となる。とはいえ、馬車を使ったところで二週間は掛かるし、道中遭遇する霊魔や盗賊を鑑みればもっと掛かる。歩きなら一ヶ月は下らない。


 ホログラムが変化した。今度は森だ。


「一ヶ月前のことです。古代遺跡の調査を進めるために派遣された調査隊がランティスの森の中で失踪しました。調査隊に同行していた護衛のハンター六名はいずれも二級。うち一人は一級昇格も見込まれていた実力あるハンターでした」

「消えた奴らの捜索をオレに頼みたいと?」

「いいえ。消えた調査隊とハンターは全員死亡しています」


 オレの推測を否定してガスコインは言葉を続ける。


「……話が見えないな。一体何が言いたい?」

「────仮称、"屍王アンデッド・キング"。死体を操る霊臓ソウルハートを持つ霊魔の討伐です。なお、ので回収は必要ありません」


 その言い回しにオレは違和感を覚えたが、それを考える前にガスコインは立ち上がってどこかに行ってしまった。


「資料等は後ほどメールで送ります。それと、同行者の二人にはこのことを伝えても構わないので自由にどうぞ。────それではサヨナラ、スルトさん」


 去り際、ガスコインはそう言い残した。



「あ、おかえり」


 本部一階に戻ると、ようやく目が覚めたらしいカナエがユーリと共に待っていた。


「やっと起きたか寝坊助め」

「強敵だった。お布団の魔力は」

「とか言ってるけどコイツ実は最初から起きてましたよ。兄貴に構って欲しくて寝たふりしてただけです」


 なんでもないような顔で言うカナエに対し、ユーリは呆れたような目で見ながら告げ口をする。カナエがユーリのすねを思いきり蹴った。


「イテッ。何すんだよ」

「見てよヴェルト。私、二級だった」

「シカトすんな!」


 憤慨するユーリは一旦置いておくとして、カナエが見せてきたハンターカードは銀色だった。オレのカードと違うのは色だけではなく、出身国まで記載されている所だ。オレのカードにはどこにも出身国など書いていないが、カナエのカードには[From:Gundorada]とある。


 いや、それよりも。


「ガンドラだと……?」


 その羅列に俺の意識は釘付けになっていた。ハッとなってカナエの顔を見る。


「大した意味はないよ。私がこの世界に迷い込んだとき、最初にいたのがそのガンドラっていう国だったの。戦争中でピリピリしてたからさっさと出て行ったけどね」

「そう、か……」


 心のどこかで、安心している自分がいた。


 ────反吐が出る。自分の犯した罪を忘れるな。


「……ヴェルト?」

「兄貴? 大丈夫っすか? 顔色が悪いですけど……」

「なんでもない。少し疲れが溜まっているだけだ」


 心配そうにオレを見つめる二人をそれとなく誤魔化した。二人とも素直だったので、コロッとオレの嘘を信じた。


「なら今日は休みましょう! 実は今日給料日で、まとまったお金が手に入ったので、何かご馳走させてください!」

「ゴチ」

「おめぇじゃねェよ!!」


 二人はとても打ち解けているようだった。純粋な心を持つ者同士だ、何か感じるものがあるのかもしれない。


「ありがとう。だが、ついさっき任務を貰ったんでな。奢りは初任務を終わらせてからにしよう」

「お、いよいよ初任務っすね?」

「あぁ。お前ら二人の同行も許可を貰った」

「ふっふっふ……俺は階級こそ兄貴の一個下っすけど、先輩ハンターです! 俺が兄貴を導きましょう!」


 ユーリは不敵な笑みを浮かべながら胸を張ってそういった。つくづく、コイツの前世は忠犬だったのではないかと思う。もしもユーリが犬のライカードだったら、耳と尻尾が常にぴょこぴょこ動いていそうだ。となるとカナエは猫のライカードだろうか。しかし、どちらかというと鳥のライカードのような気もする。


「そりゃあ頼もしいな。頼りにしてるぜ」

「ウッス!」


 ユーリは気持ちのいい返事をした。


「焼きそばパン買ってきてよセンパイ」

「ウルセェバーカ! お前は生意気だから却下だ! 「お願いしますユーリさん」って頭を下げて言えば考えてやるよ!」

「二万ニル」

「お飲み物はいかがいたしますか?」

「イチゴスムージー」


 清らかな二人の雰囲気にあてられて、鉛のように重く息苦しかった心が幾分か和らいだ気がした。


────あとがき────


 ユーリとカナエの掛け合い書くのが楽しすぎる。

 ちなみにガンドラ帝国の名前について、ハンターカードにはGundoraではなく、Gundoradaと表記されます。

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