第12話 From 1999

「確か……三週間前かな。いつものように学校に登校しているときに、空に開いた大穴に吸い込まれて、気が付いたらこの世界にいた」


 呆けるオレをよそにカナエは独白を続ける。


「抵抗する暇もなかった……電柱とか車とか、そこら辺の一軒家もみんな丸ごと吸い込まれてた。そのときは丁度ある予言者が世界滅亡の予言を残していたから、もしかしたらこれが世界の終りなのかとも思った」

「待て、待て。予言だと? それに世界滅亡? 一体何を言ってやがる……」


 あまりの情報量の多さに圧倒されてオレの脳には金属バットで殴られたような衝撃があった。突然すぎる事態に直面すると人間放心してしまうもので、ほとんどオウム返しのような言葉を出力するしか出来なかった。


「そして目が覚めたときには知らない光景の中にいた。四方八方どこを見渡しても知らない場所で、名前は忘れたけど、ときたま見かける耳がとんがってる人とか動物の耳と尻尾を生やした人の存在で自分が異世界に来たことを察した」

「……耳の尖った種族はアールヴだ。後者はライカード」

「あ、そうそう。確かそんな感じだった」


 該当する知識を口にしてみると、カナエは思い出したような顔をして肯定した。どちらも人間と比較すると圧倒的に数が少ないので滅多に見かけないはずだが、一体どこで見かけたというのだろうか。


「あ、じゃあさ。頭だけ完全に動物だけど、首から下は人間と同じ身体の人もそのライカードって種族なの?」

「……なんだそれは?」


 話が脱線したかと思うと、カナエがよくわからない問いを投げてきた。オレが知る限りでは、ライカードにそんなヘンテコ人間の特徴をもつやつはいない。


「あれ、違う? 頭がシカみたいな人に結構助けられたんだけど」

「ジャスティティアにそんな身体的特徴を持つ種族はいない。ライカードは抜きんでた身体能力と耳と尻尾以外は人間と大差ない種族だ」

「じゃあ、ネオっていう人なら知ってる? ボロボロの本と羽ペンを持ち歩いてる人だよ」

「ソイツの正体が何なのかは置いておくとして、少なくともオレは知らん」


 恐らくは助けられたという人間の名前だろうが、オレはそんな人間のこと知らないし、聞いたことも無い。第一そこまで特徴的な人間と会ったならオレが忘れるはずがない。依然として衝撃的な内容ではあるが、話がジャスティティアに関連する話に逸れてきたせいか思考が少しづつ冷静を取り戻し始めた。


「……まぁいいや。それで、貴方は私のコトを信じてくれる?」


 少しの沈黙の後、カナエが顔を上げて尋ねてきた。相変わらず無表情だが、少し慣れてきたのか瞳から何か確信めいたものを抱いていることと、少しの不安が揺らいでいるのをオレは読み取れた。


「否定出来る情報を持っていないからな。とりあえず信じておいてやる」

「……それ、信じてないじゃん」


 カナエが半目でオレを見てくるが、そんな目をされても困る。今の話を全部信じろという方が無理な話だ。


「肯定できる情報もないからな。それよりも今は迷宮攻略が先だ。さっさと終わらせるぞ」


 無駄話をさっさと切り上げようとするが、カナエは頬を膨らまして不満を訴えてくる。


「ぶーぶー」

「なんだ豚のモノマネか? 上手上手」

「アハハ、面白いこと言うね。遺言?」


 うわこわ。



 結局、迷宮攻略はとんとん拍子で進んでいった。職員の警告していた通り仮想霊魔に混じって本物の霊魔も何匹がいたが、特徴的な叫び声をあげる前にカナエが射抜くかオレが粉砕するかのどっちかだったのであまり印象には残らなかった。


 警戒しつつ迷宮を進んでいけば、最奥部に到達するのにそこまで時間は掛からなかった。


「────はいおめでとうございます。まぁアンタらはどうせ合格すると思ってたんで驚きもしませんが」


 最奥部には件の眠そうな職員が欠伸をして待っていた。違和感を覚えて周囲をサッと確認すると、どうやら最初にオレが転送された待機所こそが最奥部だったようだ。他の受験者は今頃迷宮に転送されて彷徨っているようで、オレ達と眠そうな職員以外に人はいない。


「だらしない」

「うるせーですよお嬢ちゃん。おじさんはこれが許される有能社畜なんですー」

「とか言ってサボってるだけなんじゃないの?」

「そうですか。ちなみに今日で五徹目ですが、何か言いたいことは?」

「サボってるとか言ってごめんなさい」

「この話止めないか?誰も救われないって」


 あまりに痛ましかったのでオレは会話を無理やり打ち切った。何が悲しくて社畜の自慢風自虐を聞かなきゃダメなんだ。


「えーと、何言おうとしたんだっけ。あ、そうだそうだ。とりあえずお二人は合格が既に決定していて、ヴェルトさんについては上層部から階級評価も決定されたそうなのでご確認ください」


 そう言って職員が手に持っていたタブレットを操作すると、画面から光が伸びてホログラムが出現する。


[Welt/AC3980-0302/class:1]


 カードのような形をしたホログラムには撮った覚えのない証明写真がでかでかとあり、受付で記入した名前と生年月日が、そして恐らくハンターの階級を示す文字列が免許証のようなレイアウトで記載されていた。


「おめでとうございます。最上位の一級スタートは五十年ぶりの快挙です。ハンターカードは後日発行しますので、今日はお休みください」

「……」


 淡々と作業するような声色で職員が祝福の言葉を口にするが、どうもきな臭い。オレは大陸対魔組合の内部事情など知らないが、流石に対応がスムーズすぎないか?一度気になりだすと、そこからどんどんと思考リソースがそっちへ割かれていく。


「ねぇねぇ。私は?」

「今査定中ですのでしばらくお待ちください。明日の正午には間に合いますので、改めて組合本部にお越しください」

「ちぇ。仕方ないな」

「なんでそんな偉そうなの君」


 カナエが催促するが、職員はまだ準備できていないと言った。後半のアホみたいな茶番は置いておくとして、嘘を言っているようには見えない。


「────にしても、オレだけ対応が異常に早いな? まるで事前に準備していたみたいだが……」


 オレは警戒のアンテナを張り巡らせながら相手のリアクションを待った。殆ど半分閉じたような眠気眼は変化せず、ジッとオレの心を見透かしたように佇んでいる。


「……」


 沈黙が訪れる。


 そしてついに、その口が開いた。


「あ、すみません。エナドリ補給しなきゃなんでそろそろ行きますね」

「は? エナドリ?」

「何か気になることがありましたら本部お悩み相談窓口までお願いします。お出口はあちらですので」


 そう言って眠そうな職員は、さっさと逃げるようにオレの横を通り過ぎた。


(申し遅れましたが私、ガスコインと申します。覚えておいて損はないですよ?)


 すれ違いざま、職員がオレに耳打ちした。急いで振り返って見たが、ガスコインは転送霊気陣で既にどこかに行ってしまった。オレは一瞬だけ視界に映った後ろ姿の残像をその場で見送ることしか出来なかった。



 転送霊気陣を介して戻った先は組合本部の中だった。どうやら転送される場所ごとに専用の部屋が割り当てられているらしく、転送された先の部屋は人が二人いたら窮屈に感じる程度の広さだ。この部屋にはカナエはおらず、恐らく違う部屋に転送されて戻ってきているのだろう。


 扉を開いて外に出ると、この建物の構造を示す大きなマップが壁に掲示されていて、現在地は三階の[ワープルーム3]と書いてある。ユーリといた場所は一階で、受付・食堂・酒場が仕切りなく混在する大広間のようになっているらしい。


 マップを頭の中に叩き込んでから階段を下りていく。途中視界に入った窓の外からオレンジ色の空が見えた。ユーリとここに来たのが昼頃なので、大体数時間が経過したのか。ユーリは今頃オレがやった二千ニルで飯でも食べているのだろうか。

 

 ……あれ。よくよく考えたら、この国の物価じゃ二千ニルは足りなくないか?


「ヒェ~~! ごめんなさいィィ!!」


 脳裏に過った嫌な予感に少し冷や汗を流しながら一階までたどりつくと、奥の方から情けない悲鳴が聞こえてきた。そ物凄く聞き覚えのある声だ。


「謝ってる暇があるならさっさと手ェ動かしな!! 洗い場が遅れると厨房全体の作業が遅れるんだ!」

「うぅぅ……何でこんなことにィ~……」

「マジか……」


 チラッと食堂の様子を伺うと、鬼の形相を浮かべた女に監視されながら涙目で皿洗いをするユーリの姿があった。


「ほら次!」

「うわっ!? まだこんなに残ってるのかよ!!」

「二万ニルと比べたら少ない方だよ坊主!! 檻の中ぶち込まれたくなかったら働きな!!」


 その一言で全てを察したオレは思わず額に手を当てて天を仰いだ。


 これはオレの責任、なのか? しかし金を渡したのはオレだし、一応この先の旅でユーリが欲しいのは事実だし、どうしよう。


 今のオレは持ち合わせがないからアイツを助けてやれない。いやそれより、何で二千ニルしか渡してないのに二万ニルも食べたんだあの阿呆は。


「────あそこで皿洗いしてるのって、知り合い?」

「……一応」


 オレの真似をして天を仰ぐふりをするカナエに返答する。


「何で皿洗いしてるの?」

「所持金以上の食事をして金を払えなかったらしい。オレも今は持ち合わせがねぇから、どうしたもんか……ん?」


 そこでようやく気が付いた。なんでコイツがいる。


「オイ。いつからそこにいた」

「マジか……って言ってたくらいから」

「マジか……」


 最初からいたらしい。つまりストーカー?


「それで、いくらなの?会計は」

「二万ニルだ」

「私が払ってあげようか?」

「……いいのか?」

「うん」


 結局、他に解決策が思い浮かばなかったオレはカナエに頼ることにした。今の自分は食事代すら支払えないという事実に直面したオレは、なんだかとても情けなくなった。


────あとがき────

 

 ノリと勢いは大事。

 ちなみに、ヴェルト(スルト)のハンターカードにあった[AC3980-0302]ですが、これはハンターIDと言いまして、生年月日をそのまま流用したものになります。生年月日が同じハンターがいた場合、物体として支給されるカードに特別な細工を施すことで区別をしています。そのため対魔ではカードとデータの二重認証が基本となっています。

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