第11話 招かれざる来訪者
『イツマデェ!!!』
「遅い」
突如乱入してきた招かれざる客に対し、カナエは霊矢を三本同時に撃ち放った。蒼白に輝く三本の軌跡はそれぞれ霊魔の頭部、胸部、腹部と正中線上にある急所を狂いなく貫通。矢の直径よりも明らかに大きな握り拳程度の風穴が三つ開くが、霊魔はまるで気付いていないかのように平気で突進を継続する。向かう先はカナエである。
自らが放った矢を意に介さず突っ込んでくる霊魔にカナエは動揺せず、猫のようにしなやかで軽快な跳躍で突進を回避。同時に霊魔の背後を取った。
風が吹く。どこからともなく、静かに肌を撫でるような風がカナエの元へ収束していく。
「これならどう?」
宙空、逆さの姿勢のままのカナエがいつの間にか引き絞っていた一本の霊矢を発射する。柔らかに吹く風はカナエの体幹を支え、空中にいてもまるで地に足を着けているような安定感を与える。逆巻く風は矢に纏わって、その速度と威力を高めていく。
────
風の息吹を受けた霊矢は、巨大クモのような胴体から生えた上半身、人体でいう所の後頭部に命中する。霊魔に開いた風穴は、今度は風穴程度では済まなかった。吹き飛ばされたというよりかは、削り取られたと形容するべきかもしれない。矢の直撃による衝撃で一部崩壊した骨がカラカラと雨のように音を鳴らしながら地面に落下していく。
「今の手ごたえは……」
カナエが違和感を覚えると同時に霊魔の動きが停止した。カナエが貫いた風穴三つと消し飛んだ頭部。言うまでもなく致命傷だったが、その全ては穴から溢れだした赤い血液のようなものと共に一瞬で再生。見る見るうちに元通りになってしまう。
『ウワァァ────!!』
霊魔が叫ぶ。何重にも重なったような声は苦悶と絶望で満ちており、聞き続けるとこっちが狂いそうになるような響きであった。そしてその叫びを体現したようなどす黒い光弾が複数個、霊魔の周囲に発生した。
光弾の向かう先はやはりカナエである。距離も向いている方向もスルトだったにも関わらず、霊魔はカナエに狙いを絞っていた。
「相性最悪ね」
顔色を変えずに愚痴を零したカナエは急いで霊矢を生成する。しかし、矢を番えて発射する時間は残っていない。
その刹那、カナエを守るようにして地面から噴き出した炎の壁が迫る光弾を消滅させた。
「おぉ。グッジョブ」
「さっさと後退しろバカ」
光弾を飲み込んだ炎の壁が消滅した後、相変わらずの無表情を保ったままグッドサインを送ってくるカナエにスルトは呆れた顔で後退を促した。既に己の不利を悟っているカナエは言われるがまま霊魔から距離を取ろうとするが、霊魔は依然として、光に誘われた虫のようにカナエを追いかける。
『クルナアァァ!!』
「ちょ、やば────」
巨体からは想像もつかない速度だった。それは先ほどまでと比較しても何倍も速く、霊力により強化されたカナエの脚力にすら追い付いて見せた。最早霊矢を放ち、命中させたところでその巨体の激突は免れない。
万事休すかと思われたそのとき、霊魔の全身が突然ピタリと停止した。
「そらみろ言わんこっちゃない。さっさと逃げねぇからこうなるんだ」
カナエにとってその光景はまるで時が止まったかのような一瞬の出来事で、驚いたように見開かれた薄紫色の瞳の先には、茨のような炎の鎖の束縛に抵抗する霊魔の姿があった。
霊魔が抵抗する様はリードに繋がれた犬が一生懸命にもがいて抜け出そうとしているのに似ていたが、いくつも全身に巻き付いている炎のせいで霊魔は身動きすら敵わない。
カナエが視線を霊魔から移し、無数に絡みつく炎の鎖を辿っていった先にはスルトの右手があった。
「わぉ」
不満いっぱいにため息交じりに愚痴っていたスルトとは真逆に、カナエは感嘆の声を洩らす。隙間も多い骨の集合体とはいえ、縦も横も高さも自分の数倍以上はある巨体を片手だけで抑え込む怪力には流石のカナエも目を丸くするほかなかった。
「そのまま動くなよ」
最低限しか込められていないスルトの言葉にカナエが反応したと同時、スルトは一本背負いにも似た形で霊魔を勢いよく地面へ叩きつけた。爆発のような轟音が鳴り、巨体の衝突で地面が砕けてクレーターと共に土煙が昇る。
「トマホーク」
その場から動かず、スルトが琥珀色に燃える右腕を霊魔に向けて振るう。噴き出した炎が瞬く間に巨大な火の鳥へ姿を変え、甲高い誕生の鳴き声と共に霊魔へと突進する。土煙が爆炎に変わり、数瞬の間爆風が空間を占拠した。
「ゴリ押しの極み」
「否定はしない」
クレーターから立ち上る煙をまじまじと見つめながらカナエが言うと、スルトは否定しなかった。
「にしても強いね。戦い慣れしてるっていうか、戦闘経験でもあるの?」
「……」
「ヴェルト?」
ジッと、霊魔が落下した地点から視線を外さないスルトにカナエは首を傾げる。その眼光は険しく、何かを疑うような色があった。その疑惑が何に向けられているのかをカナエが理解できたのは、土煙から随分とサイズが縮んだ霊魔が姿を現したときだった。
「オォォオオ……!!」
地を這いつくばって現れた霊魔は貧相な一人の骸骨だった。骸の鎧の中に隠れていた本体だ。所々が喰い千切られたように欠けており、その動きもひどく鈍い。カナエはすぐさま霊矢を構えたが、スルトがそれを手で制して霊魔へ歩み寄った。
「イツマデ……」
唸るような声だった。歩み寄ってきたスルトを霊魔は顔を上げて見た。何を考えたのか、霊魔はゆっくりと右手を差し出した。
スルトは片膝をついて目線を近づけた後、右手を握った。そのまま淡い炎が起きて、霊魔の全身がゆっくりと炎に包まれる。
「オォォ────……」
霊魔は炎と共に消えていった。その声は今までと違い、少しだけ安らかな響きを含んでいた。霊魔が完全に消滅したことを確認したスルトは目を閉じて十字架を切った。
「まるで神父さんみたいね。霊魔に情でも湧いたの?」
「そういうわけじゃない」
どこか冷たさを覚えるカナエの言い方にスルトは目を閉じたまま首を横に振る。
「これはただの自己満足だ。人も、化物も、霊魔も、死したなら弔われるべきだとオレは思っている」
「……つくづく、興味深い人ね」
「それはこっちのセリフだ。なぜあそこまで霊魔に狙われる?」
立ち上がって剣吞な視線を送ってくるスルトに対し、カナエは薄く笑ってみせた。
「私のことが気になっちゃう?」
「霊魔は、常に自分の一番近くにいる人間を狙う特性がある。特殊な条件が揃えば例外はあるが、あの霊魔がお前を一貫して狙っていた理由がオレは理解出来ん。────お前に何か理由があるんじゃないのか?」
問いかけられたカナエは薄く笑ったまま答えない。少しの間沈黙が二者の間に訪れる。
「……いや、この話はなかったことにしよう。協力関係とはいえ、一時的にしか過ぎない間柄。素性を尋ねても無駄なことだ」
先に口を開いたのはスルトだった。かくいう己も素性を偽っている手前、他者の正体にずけずけと首を突っ込んで要らないトラブルに見舞われることを危惧したのだ。
実際、その判断は大正解だ。判断が遅すぎたことを除けばの話だが。
「さっさと迷宮を攻略するぞ。無駄な時間を浪費している場合じゃない」
「────ねぇ」
話題を変えようとしたスルトに割り込むようにしてカナエが口を開く。
「実は異世界から来たって言ったら、貴方は信じる?」
「……は?」
困惑がスルトの全身を硬直させた。
♢
一方そのころ。
「お会計、一万九千ニルになります」
「……ふぁ?」
お金が足りないことにようやく気付いたユーリが二千ニルを握りしめたままレジの前で硬直していた。
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