第10話 カナエ・ヨタカ/ユーリ・ピンチ

「転送霊気陣……贅沢な使い方をするもんだな」


 本来国防のために用いられるものをただの移動手段として使うとは、流石デザイアと言ったところか。


 転送された先にはオレと同じ受験者がおよそ二十人ほど待機していた。待機所らしき部屋は無機質な石でできた殺風景な大部屋で、イスや机のような調度品は一つもない。各々獲物の手入れをしていたり仲間らしき人間と話し合っていたりと、皆それぞれの方法で時間を潰しているようだ。


「────すみません! 試験っていつ始まるんですか?」


 転送されてから大体三分くらい経過した頃、壁に背中を預けてぼーっとしていたら声を掛けられた。目を開けてみると、およそここにいる人間とは思えないほど派手な衣装に身を包んだ四人組の少女がいた。


 これはいわゆる、魔法少女というやつか? リルカとエミーリアさんがやたら推していた記憶があるが、実在したのか。


「……なんでオレに聞く」

「なんでって、教官さんですよね?」


 とりあえず質問に答えると、蒼目青髪の少女が不思議そうな顔で尋ねてきた。


「なんで勘違いしてるか知らんが、オレは教官じゃなくて受験者だ。お前らと同じな」

「……そんな強そうな見た目なのに……教官じゃないの……?」

「そりゃどうも。期待を裏切って悪かったな」


 茶髪を肩口で揃えた、オレと同じ琥珀色の瞳を持つ少女が首を小さく横に振ってからほんのりと口角をあげる。


「頼りになりそう……私はフリスト…………近い未来で会うかもだから、よろしくね」

「?……オレは、ヴェルトだ。よろしく頼む」


 独特なテンポで会話する少女だと思いつつ挨拶を返すと、茶髪の少女はまた薄く笑って去っていった。


「フリスが積極的なの珍しいね」

「ねー、いっつも寡黙なのに。もしかしてあぁいう人がタイプだったりするの?」

「ナイショ」


 魔法少女たちは嵐のように去っていった。


「一体何だったんだ……?」

「あのぉ~、すみません」


 今度は一体だれかと思えば、先の受付嬢によく似た恰好をした組合職員が、恐る恐るといった様子で話しかけてきた。


「何の用だ」

「えっと、本試験は昇格試験ではなく登録試験ですので……あー、現役の方の参加はご遠慮下さい」

「だから、オレも受験者だ」

「……え? 嘘でしょ?」


 このくだり何回やればいいんだよ。

 

 

 少々のトラブルはあったが、懇切丁寧に説明をしたことで誤解は無事に解けた。


「それでは、ただいまより実技試験の説明をいたします」


 眠気眼の組合職員の声に全員の意識が集中する。


「えー……本試験はこの迷宮の攻略をランダムに選ばれた二人組で行ってもらうだけの単純な試験です。最奥部まで到達すれば攻略となりますが、攻略したからと言って合格するわけではなく、即興での連携能力と戦闘能力、あとは諸々の評価基準をクリアして初めて合格となります。……あ、そうそう。この迷宮には仮想霊魔に限らず、マジの霊魔も普通に発生していますのでくれぐれもお気を付けて」


 最後に投下された一言で半数以上の受験者がざわざわと動揺を示した。先ほどの魔法少女たちと、あともう一人の知らない少女だけが冷静なままであった。

 

 この五人は合格しそうだ。直感でオレはそう思った。


「それでは、最初に挑んでもらう一組の発表します────ヴェルト様、そしてカナエ・ヨタカ様です……珍しい名前だな」


 不思議そうにつぶやく職員が受付嬢と同じように手を叩いた。また景色がすり替わって、今回は長い石の廊下の中に転送されたようだ。


「技術の無駄遣いにも程があるだろうに……」


 背後に石の壁があることを認識しながら独り言ちると、続けてもう一人誰かが転送されてきた。


「…………」


 それは、さっき何となく合格しそうだとオレがあたりを着けていた知らない少女だった。スカートタイプの狩人装束。上半身は藍色のクロークで、下半身は膝まであるロングブーツと黒いタイツで肌の露出を徹底的に抑えている。肩口程度の殆ど黒に近い紫色の髪は左右で長さが異なり、左耳が露出しているのに対して右耳は髪で隠れている。

 

 切れ長な薄紫色の瞳と泣き黒子のせいか、オレの二回りほど小さな背丈なのにとても大人びて見えた。


「ヴェルトだ。よろしく頼む」


 化合弓コンパウンドボウを装備している少女に挨拶をする。少女はジッと覗き込むようにオレの目を見つめるだけでしばらくリアクションを起こさなかった。


「綺麗な眼……宝石みたい」


 しっとりと耳に浸透するような少々低めの声が少女から発せられた。


「でも…………ちょっと曇ってる。心に深い傷でも負ってるの?」

「答える必要があるのか?」

「…………ない。自己紹介が遅れたけど、私はカナエ・ヨタカ。よろしく」


 カナエと名乗った少女は抑揚が小さく感情が読みづらい声で、無表情のまま両手でピースサインを向けてくる。それだけでこの少女が変人であることをオレは察した。


「攻略の前に情報共有を済ませよう。お前は何が出来る?」

「見ての通り。あとは目が良いくらいかな」


 カナエは化合弓を見せびらかすように持ち上げて見せた。また珍しい武器を使うやつだ。技術発展で銃火器の開発が著しい昨今で弓を選ぶとは。


「……矢はどうした?どこにも見当たらないが」

「霊力で創るから必要ない」

「……霊弓れいきゅう使いか」


 修練を重ねることで霊力は操作する人間の思うままに形を変える。炎や水にするのは霊臓でなければ不可能だが、固めれば特殊な物体として使えるし質量もでる。騎士団内では「戦闘においてより重要視されるのは霊力操作と霊力量のどちらか」という議論がよく起きていた。俺としては前者を推している。

 

霊臓ソウルハートは?」

「風を操作できる。普段は矢の飛距離を伸ばしたり貫通力をあげたり補助メインで使ってる」

「本気を出せば相手を切り刻んだり吹き飛ばしたり出来るのか?」

「あんまりしたくない。疲れちゃう」


 出来るには出来るということか。得た情報を脳内で整理しつつ、迷宮攻略のための作戦を頭の中で組み立てていく。


「そういう貴方は、何が出来るの?」

「殴る蹴る。あと燃やす」

「…………」

「そんな目で見るんじゃねぇ。これでもお前の百倍は強いからな」

「この無表情系天才クール美少女の私よりも?」

「なんでそんな不遜なんだよテメェ。その紹介のどこが強さに繋がるんだ」


 無表情で言われると冗談なのかマジなのか判断しかねるので困る。でもなんとなくマジで言ってそうだ。


「まず美少女でしょ。次に美少女でしょ。あと天才でしょ。はい、E.D.M」

「Q.E.D.だよ阿呆が。縦ノリしてんじゃねぇぞ。あとクールと無表情はどこに吹き飛んだ」

「私、過去は振り返らない女なの」

「黙れバカ女」


 コイツまともに取り合ったらダメなタイプだ。考えるだけこっちが損する。


「…………美少女は、否定しないんだ?」

「顔が良いからよりバカに見えるがな」

「コラ、女の子にそんなこと言わない。乙女の心はシルクと同じくらい繊細なの」

「あぁもうウルセェなテメェ! さっさと迷宮攻略するぞ!」 


 これ以上ペースを乱されるのは御免だったので、オレは話を打ち切って進むことにした。全く生意気な奴だ。


 独特な雰囲気を放つカナエに少々の警戒を向けつつ、迷宮攻略を進めていく。曲がったり下ったりを繰り返しても変わり映えしない石色は迷宮の攻略者に方向感覚を失わせる効果があるのだろう。迷わないよう、途中途中の壁に騎士団からパクってきたナイフを使って目印を示していく。


「そんな高そうなナイフを雑に使っていいの? それ、多分だけど儀式用のやつでしょ?」

「今はこれしかないからな。例え儀式用でもナイフはナイフ、希少性や見た目に惑わされて使用を躊躇ってたらいざってときに動けなくなる」

「……まぁ、一理あるかもね。とっても気が利く私は索敵に集中しとくね」

「任せる」


 案外、カナエは聞き分けが良かった。何も言わずオレが勝手に仕切っていても文句や不満がある様子はなく、頼めば素直に従ってくれる。むしろオレが指示していなくてもやって欲しいことをそれとなく行ってくれるので非常に動きやすかった。


「────ニンゲン! ニンゲン! ブッコロシ────」


 長い廊下を進み続け、初めて広い空間に出たそのとき、オレの頭上から奇襲を仕掛けてきた仮想霊魔もカナエは一発で風穴を開けた。正方形の箱に機械の手足と武装を取り付けたような仮想霊魔は、淡い蒼白を発光する霊力の矢に貫かれた風穴から異音と煙を吐き出しながら墜落。そのまま二度と動くことはなかった。


「どやっ」


 感謝を伝えようと振り返ると、無表情なのに自信満々で誇らしげな感情が痛烈に伝わってきた。きっと本人はあれでドヤ顔をしているつもりなんだろう。というか、本人が自分の口で言ってたし。


「……その調子で頼む」

「任せてよ────」


 短い会話の刹那、ソレは石の壁をぶち破って現れた。


『ギギャアアァ────!!!』

 

 シルエットだけを見るなら巨大な蜘蛛の胴体に人の上半身が映えたように見える。しかしその実態は血のように真っ赤な骸骨の集合体だ。乱雑に繋ぎ合わされた骨に規則性はどこにもなく、まるで子どもが自由気ままにつくったような不揃いだけがそこにある。骨の一つ一つは意志を持ってバラバラに動いており、うぞうぞと蠢いて見えた。


 これは仮想霊魔では断じてない。正真正銘、霊魔だ。


『イツマデェェ!! イツマデェェ!!!』


 霊魔は悲鳴のような絶叫を撒き散らした。



「さてと、兄貴を待つ間にご飯でも食べよ~っと♪」


 スルトが登録試験に勤しんでいる一方で、組合本部併設の食堂の一席でユーリは、メニューに載る商品に心躍らせていた。鼻歌交じりに吟味する姿はまさにご機嫌といった様子で、ユーリという人間がどういう人間であるかが全面に現れている。


「魚にしようかな? それともお肉にしよっかな? いや……ここは全部行っちゃおうかな~!」


 手元に置いてある二千ニルはユーリがスルトからもらったもの。他人のお金で食べるご飯は格別に美味いことこの上ないだろう。


 しかし、ユーリは浮かれていてあることに気付いていなかった。


「すみませ~ん! オーダーお願いします!!」

「はーい!」


 メニューに載せられた商品。商品名から伸びる罫線の先に記載された値段は、どれもこれも二千ニルを軽く超えている。


────あとがき────

 

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