第3話 VS副団長モーリッツ・クレーマー

「ラピッド・フレイム」


 先手を取ったのはスルト。レルヴァ・テインを発動し、拳ほどの火球を複数個生成。撃ち出された火球は弾丸の如き速度でモーリッツへ迫る。


(早い)


 モーリッツは防御を選択。剣を一度振るい、自身に命中する火球だけをかき消す。かき消された火球は小さく爆発を起こしてモーリッツの視界を一瞬だけ埋め尽くす。その刹那を狙って抜刀したのはエルド。瞬きに匹敵する一閃だったが、モーリッツの刃はそれよりも速かった。


「珍しい技を使うね。師は誰かな?」

「独学ですよ全部……!」

「ほぉ!独学!凄いね!」

「ウガッ!」


 モーリッツはエルドの剣を賞賛しながら押し返し、がら空きになったエルドの腹に蹴りを放つ。割り込むようにして向かってくるスルトの猛攻も丁寧に捌いていく。とても武術の心得があるとは言えない雑な攻撃だが、細かな緩急やフェイントを織り交ぜてある。嫌らしい連撃にモーリッツは巧いという評価を付ける。


 それに加え、どれもこれも重く、鋭く、何より早い。


「君みたいに基礎スペックでゴリ押して来る手合いが一番手強いんだ。僕は知ってるよ」

「うおッ!?」


 剣に掛かる負担を考慮し、打ち合いは不毛であると判断したモーリッツは一瞬の隙を突いてスルトを投げ飛ばす。勢いよく投げ飛ばされたスルトは宙を舞い、突然何もない空間へに着地した。


「────何?」


 まるでそこに見えない壁があるかのようだった。重力がスルトの身体を引きずり落とす前にスルトは跳躍してまっすぐモーリッツに飛び掛かる。


 今のは一体?

 

 自身に迫る攻撃の数々を捌きながらモーリッツは思考するが、体勢を立て直したエルドが加わったことによってその余裕もじわじわと削り取られていた。

 

「長引かせると不味そうだ。さっさと一人仕留めよう」


 一瞬の隙を縫って放たれたモーリッツの一撃が向かう先はスルト。攻撃に意識を注いでいたスルトに反応することは出来ず、顔面に直撃。そのまま場外へと吹き飛ばされていく。今しがたスルトを吹き飛ばした際に覚えた感触にモーリッツは違和感を覚えた。


「今の手ごたえは……」

「せいやッ!!」


スルトが抜けた穴を埋めるようにエルドがより激しい攻勢を仕掛ける。霊力により強化された身体から繰り出される矢継ぎ早の連撃はまさに疾風。これにはモーリッツも思わず舌を巻いた。


「お、おぉ!これは凄い、凄いな!ホントに独学なのかい!?」

「平気な顔で防いでおいて、良く言いますねッ!」


 埒が明かない。エルドは一度連撃を中断して距離を取る。


「おやもう行ってしまうのかい?そんなの寂しいじゃあないか!」


 しかしモーリッツはそれを許さない。即座に詰め寄って開いた距離を埋め、さながらキューでボールの芯を狙うビリヤード選手のように構えて剣の切っ先をエルドの喉笛に狙いすます。


「まず────」


 死。己に向けられるその切っ先に一文字を幻視したエルドは全身の毛が逆立った。


「ッ!」


 しかしモーリッツは刺突を行わず、そのまま一歩後ろに下がる。その直後、モーリッツが立っていた場所から火柱が発生した。間欠泉のように噴き出す琥珀色の炎の勢いに場外で少しざわめきが起きる。


「マジか……絶対当たったと思ったのに」

「でも寸前まで気づいてなかったよ!次は絶対当たるはず!」


 スルトが吹き飛ばされた先にはリルカと。現在、背丈ほどある大盾でスルトを守るようにしてリルカが立っている。見ればすぐそばに場外を示す線があり、場外に出そうになっていたスルトをリルカが直前で受け止めたことは明白であった。


「おっと、そういえば三対一だったね」

「トマホーク!」

 

 スルトの叫びと共に現れたのは炎の鳥。迫りくるのは火球の数倍もある炎の塊。


「強そうだが、火球が大きくなっただけだろう?」


 そう言って、モーリッツは剣の一振りで炎の鳥を切り払った。その隙を狙って再びエルドが切りかかる。


「惜しい!あとカンマ数秒早かったら防げなかったよ」

 

 冷静に、しかし獰猛に笑いながらモーリッツは評価を改める。


 いいね。想像以上だ。数の有利をしっかり活用出来ている上に個人の動きもイイ。不慣れ故の些細なミスはあるが、それも取るに足らない程度。やはり僕の目に狂いは無かった。ただ解せないのはスルト君を飛ばしたときの違和感だ。空中着地もそうだが、まるで見えない何かがあるような…………?


 思考するのを遮るようにしてスルトの猛攻も追加される。一方は研ぎ澄まされた剣技。もう一方を爆熱の拳。確実に己に近づきつつある猛攻の嵐にモーリッツはすこしだけ歯噛みした。しかしその顔には敗北の二文字に対する焦燥ではなく、新しく買ってもらったおもちゃで無邪気に遊ぶ子供のような笑みが浮かんでいた。


「楽しくなってきた!!」


 瞬間、モーリッツの霊力が爆発的に上昇する。霊力とは生物の魂から絶えず発生する高次元エネルギーであり、感情に反応して増幅する特性を持つ。戦いへの悦楽に反応した霊力は激しく反応し、その凄まじい勢いによって模擬戦場に突風が巻き起こった。


 湧き上がる全能感。それはどんな最高級ワインよりも煙草よりも甘美であり、風雪を跳ね返すほどの高揚を与える。


 故にモーリッツは酒も煙草も嗜まない。酔いしれるなら、戦いだけで十分なのだ。


「いつ見てもやべぇな。副団長の霊力」

「あぁ……総量だけなら団長すら上回るって噂だぜ」

「霊力お化けだな、ホント」


 場外近くにいたことで騎士たちの会話を耳にしたスルトは嫌な汗が噴き出すのを感じた。


「さて仕切り直しと行こうか!!」


 言った次の瞬間にはモーリッツは既にスルト達の眼前に迫っていた。振るわれる剣。先ほどより数段早くなった高速の剣戟一刀は一撃必殺だが、淡く発光するリルカの大盾により完全に止められる。それは、リルカの霊力が大盾に流し込まれていることを意味する。


「マジか!?」

「スルト!今!」


 驚愕するモーリッツの後ろに回り込んでいたスルトの攻撃は寸でのところで避けられてしまう。


「今のは危なかった!ハハ!!躱せたのはマグレだったよ!」


 歓喜に染まった笑顔を浮かべるモーリッツは既に攻撃態勢に入っている。先ほどは不発だった刺突の構え。撃たせてはならぬとスルトの体細胞の全てが警報を鳴らすが、間に合わない。 


「ようやく一人目!!」


 それは、鉛色の稲光。気付いた時には鉛色の残像しか捉えることの出来ない閃光の刺突。あまりにも速く、意外にも静かな刹那がスルトの身体を貫いた。


 はずだった。


 ────この土壇場でよくやるね。

 

 モーリッツに幾度目の驚愕が生じる。その視界には己の肘と足で刀身を挟み止めることに成功したスルトの姿があった。


「蹴り足ハサミ殺しッ!!?」

「やりやがったぞあの新入り!!副団長の必殺技を止めやがった!!」


 歯を食いしばり、冷や汗を垂らし、一か八かの大博打。微笑んだのはスルトの方であった。


「ッェエルドォオ!!」


 剣はった。隙も作った。狙うなら今しかない。


 しかしエルドはモーリッツに近寄らず、その場で剣を構えた。


(近づいてこない?カウンター警戒か?だとしてもそこからショートソードが届くはずがない)


 攻撃のために近づいてきたエルドへカウンターを狙っていたモーリッツは訝しむ。


 ────集中。


 エルドが思い出すのはかつて自分が憧れた人の剣。己に全てを教わる前に行方が分からなくなった父から唯一教わった技。


「切風」


 抜刀、かまいたちが駆け抜ける。


 父が姿を消してから今年で二桁年に差し掛かろうとしている。その間もただひたすら磨き続けた。

 

 終わりの見えない反復練習の末にたどり着いた極地。


 風の刃が吹き荒れた。


「残念だけど」


 恐るべきは、モーリッツ。誰もが気付かない間にスルトを空いていた手で突き飛ばし、風刃を打ち払った。三人が状況を理解した時、既に刺突は構えられていた。


「それだけじゃ僕の剣は崩せない」


 雷霆。それは切風を遥かに超える神速の刺突。代名詞にすらなった必殺技。

 

 取った。モーリッツは確信していた。


「生憎ですが、副団長」


 しかし、その一撃はエルドに当たる寸前で、障壁のようなものに防がれていた。


「このくらいじゃリルカの守りは砕けない」


 エルドが笑う。モーリッツは苦い顔をした。


「彼女も霊臓ソウルハート持ちなのか……!」


 己の不覚に対し、内心で舌打ちをしながらリルカを見る。


 その一瞬が命取りだった。その一瞬、スルトの存在が意識の外に出たその一瞬。モーリッツに生まれた隙をスルトは見逃さなかった。


「余所見とは随分余裕ですね副団長!」


 エルドが再び後ろへ飛び退いたと同時、入れ替わるようにしてスルトが現れる。噴出する炎の勢いブースターとして利用することで空を滑るように高速で迫ったスルトは、加速の勢いをそのまま上乗せした回し蹴りをモーリッツの顎へ命中させた。防御が間に合わなかったモーリッツは仰け反り、体勢を崩しながら数歩後退りした。


「ラピッド・フレイム!」

(来る!)


 スルトの声と炎の熱を察知したモーリッツは急いで剣を防御に回せるように体勢を立て直した。


 しかし、モーリッツの視界に映ったのは火球ではなく、全身を淡く発光させたエルドであった。


「なんだと!?」


 何でそこに君がいる!?そこは火球の軌道だぞ!!


 高速で思考を回すモーリッツの視界に、チラリと白い長髪が映った。


「そういうことか……!」


 厚さ1000㎜の装甲を貫く僕の雷霆。それでも傷一つ付かなかったあの障壁なら火球程度防げて当然!すべては僕の意識をエルド君から逸らすためのブラフだったというわけか!


 だが……


「甘い!!」


 この間合い、このタイミング、この角度。エルド君の抜刀を防ぐの至難の業だが、剣はもとより防御に回せるように体勢を立て直してある。


「この程度でフェンリル騎士団の副団長を倒せると思うか!?」


 極限まで意識を研ぎ澄ませたことにより、モーリッツの世界は超低速に突入する。エルドの抜刀の起こりと同時、火球がエルドを避けるように軌道を変えて飛んでくるのがモーリッツの視界には止まって見えた。


 なるほど。リアルタイムで軌道を操作できるのか。火球はエルド君のことを意識させないためのブラフであり、エルド君に意識を集中させた僕を狩るための本命でもある。ここまで近づかれたのでは刺突の威力も出ない上にリルカ君の霊臓がある。


 だが、炎を操作をしている間は動けないんだろう?初手の火球も、炎の鳥も、僕がかき消すまで君は一歩も動かなかった。


 それに気付いているかい?君たちの連携には一つ致命的な穴があることを!


「────神罰ッ!!」


 背後から声が聞こえた刹那。モーリッツは全てを理解した。


「氷都流剣術・一ツ目」


 氷の結晶に酷似した模様がモーリッツの足元を中心にして展開される。


「氷柱落とし」


 エルド・L・ラバー。スルト・ギーグ。レルヴァ・テインにより生成された計七つの火球。


 ……場外。たった一太刀で全ての計略が跳ね返された。


「…………え?」

「君の認識が追い付かないと障壁は張れないんだろう?」


 ただ一人間合いの外にいたリルカに向けてモーリッツは問いかける。剣の直撃を食らい、場外まで飛ばされた二人は観戦していた騎士に受け止められており、目立った傷こそ見当たらないがぐったりとしている。


「安心しなさい。ちゃんと急所は外してあるし威力も抑えたからね」

「あ……」


 そこでようやくリルカの意識が追い付いた。


「後は君だけだね」


 剣の切っ先がリルカに向けられ、また雷霆が放たれる。


「クッ……!」


 大盾でも抑えきれないその衝撃にリルカの身体はどんどん押し出されていく。抵抗空しく、その右足はついに線の外側に出てしまった。


「────それまで!!!」


 曇り空に決着を告げるグリムの声が響いた。

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