第3話 ハプニング

 思わぬタイミングで再会したことにオレは内心で驚いた。


「あらモーリッツ。いや、今日からは副団長って言った方がいいのかしら?」

「今まで通りでいいよ別に……というかそこで倒れてるギドとアルベドは何があったんだ?」

「喧嘩してたのでお仕置きしました」

「……あー、大体わかった」

 

 長い付き合いなんだろうか。二人はとても仲がよさそうだ。


「お久しぶりです教官」


 エミーリアさんの”お仕置き”が騎士団の中で知れ渡っている事実に戦慄しつつ、オレは教官に声を掛けた。


「久しぶりだな。改めて、モーリッツ・クレーマーだ。防衛部隊副隊長……じゃなかった。副団長として君たちを歓迎するよ」


 言い慣れていないのか、モーリッツさんの自己紹介は少しだけぎこちなかった。


「それで何か用? 私のコト探してたみたいだけど」

「団長がお前のことを探していたから呼びに来たんだ。三階の団長室で待ってるよ」

「あら。急いで行ってくるわ。代わりに三人のこと見て頂戴ね。アレクはしばらく戻らないと思うから」

「任せてくれ」


 エミーリアさんは小走りで訓練所から出て行った。


「そういえば君たちはどうしてここに?」

「修行です!」


 モーリッツさんの質問に手を挙げて意気揚々と答えたのはリルカだ。自慢気に手を挙げるリルカにモーリッツさんは少し笑う。


「修行か。初日から張り切っているな」

「初日ですから!」

「そんな張り切っている君たちにいいものがあるんだが、どうだ?」

「いいもの?」


 疑問の声をあげるエルドにモーリッツさんは懐から何かを取り出して答えた。


「霊力量測定装置だ。これで自分たちが保有する霊力量を算出してみないか? 自分の霊力量が分かれば今後の鍛錬にもつながるぞ」

「やりたいです!」

「ハハハ。じゃあまずリルカ君から計ってみようか」


 そう言ってモーリッツさんは取り出した握り拳程度の宙に浮かぶ水晶玉をリルカに差し出した。


「霊力を身体に回して触れてみるといい」

「で、では……えいや!」


 少しだけ緊張したような面持ちでリルカは両手で水晶玉に触れる。その瞬間、水晶玉は赤く発光した。


「赤色か! 凄い霊力量だな!」

「そうなんですか?」

「あぁ! この装置は霊力量に応じて放つ光の色が五つに変化するんだが、赤は上から二番目だ!」

「ふふーん」


 あ、めっちゃ調子乗ってる。


 不敵な笑みを浮かべてオレ達を見つめてくるリルカを見てそう思った。


「二人もやってみるか?」

「はい。スルト、先やっていいかな」

「いいぞ。さっき譲ってもらったしな」

「ありがとう」


 エルドは一度息を整えた後、恐る恐る右手を水晶玉に近づけた。掌が触れると同時に水晶玉は青色に光った。


「青色は真ん中だ。騎士団の中じゃ青色の人が一番多いから、先輩から色々と教わりやすいと思うぞ」

「ありがとうございます」

「私の勝ち~」

「リル、うざい」

「最後は君だね」


 モーリッツさんが微笑みながら、しかし二人の時と違ってどこか品定めするような目つきで水晶玉を向けてくる。


「じゃあ、行かせてもらいます」


 たかが霊力量とまでは言わないが、それでもオレにとっては大して気になるものではなかったので、運試しくらいの気分で霊力を左手に回しながら水晶玉に触れた。


 水晶玉は真っ黒になった。


「あ、あれ? 壊れた……?」

「────いいや。正常だ。……やはり黒だったか」


 オレの頭に一瞬よぎった嫌な予感を否定したモーリッツさんは確信していたように頷いていた。


「黒はどのくらいなんですか?」

「一番上だよ。赤よりもね」


 モーリッツさんが少しだけ興奮したような声色で言う。


「オレの勝ち~」

「ぬぐぐ……」


 ここぞとばかりにリルカを煽ってみると、やはりいい反応が返ってくる。おかわりと言うことで追撃しようとしたそのとき、モーリッツさんがまた口を開いた。


「なぁスルト君。良かったら僕と戦ってみないか?」

「え? 副団長とですか?」


 いきなりの提案に思わずオウム返しをする。


「黒色を見るのは久しぶりだったから少し血が騒いでね。一応僕も黒色なんだ」


 そうやってニッと笑うモーリッツさんは少し獰猛に見えた。獲物を見つけたと言わんばかりにギラギラとした黒目が突き刺さる。その視線はなんだかはしゃいでいるときのリルカと似ていて、失礼な言い方をすると「待て」を命令された犬のようだった。


 犬と言っても、モーリッツさんの場合は飢えた猟犬のそれだが。


 とはいえ、これは良い機会だ。フェンリル騎士団の№2と手合わせする機会など滅多にない。


「無理にとは言わないが、どうかな?」


 それに、モーリッツさんの闘志が伝播したのかオレも血がたぎっている。これを解消するにはモーリッツさんと戦うしかない。


「────わかりました。胸、貸していただきますよ」

「任せたまえよ。存分に……」



 鉄人。長年医者をしている親父が顔を顰めて言うくらいには、オレの身体は頑丈だ。どうも筋肉の密度が馬鹿げているらしく、親父曰く巨人の筋肉を人間の身体に無理やり押し込めたようなものだとか。それによって異常な密度をもった筋肉は鉄のような硬さを体現しているらしい。


 言うなればオレは意志を持って動く76㎏の鉄塊。そんなものが全力で拳を振るえば剣を使うよりも手っ取り早くて桁外れな威力を出せる。そもそもオレの力に耐えられる剣が手の届く範囲に無かったこともあり、オレは徒手格闘を武器に選んだ。


 中途半端に剣を振りまわすより、鉄の拳で殴った方が強い。このロジックを今まで何度も証明してきた。


 そして今日。中途半端ではない剣と戦うことになった。


「やるじゃないか」


 ────己の剣と真っ向からやり合うルーキーに対し、モーリッツは称賛の言葉を投げかける。対するスルトは言葉の代わりに突きを放つ。機能美をそのまま形にしたような真っすぐで飾らない拳はかまいたちの如く、掠めたモーリッツの頬を切り裂く。皮膚を切り裂かれたモーリッツの頬から流血が起きた。


 続くスルトの二手、三手は躱され、少し深めに踏み込んだ四手目の拳は踏み込みの隙を突かれてカウンターの拳を顔面に貰い不発。その勢いで数メートル後ろへ飛ばされる。すかさずモーリッツは追撃を行おうと剣を構えて詰め寄るが、それを待ち構えていたスルトは転がった体勢から回し蹴りの奇襲を仕掛ける。


「おっとっと!」


 反撃が来ると予想していなかったモーリッツは寸での所で後ろに飛び退くが、無理な動きのせいで勢い余って少したたらを踏む。その隙を逃さず、スルトは飛び上段蹴りを囮にした下段回し蹴りを命中させる。変則的な二段回し蹴りは威力こそ大したものではなかったが、モーリッツの体幹を崩すには十分であった。


「ッ!」

「王手!」


 今度はモーリッツが後方へ倒れ込む。絶好の機会だ。それを逃さずスルトは既に握りこんでいた拳をモーリッツの顔面に向けて放ち、これを寸止めする。しかし絶好の機会であるのはモーリッツも同じで、拳が寸止めしたそのタイミングで倒れても尚離さなかった剣の切っ先をスルトの喉笛へ寸止めしていた。


「引き分け────」

「ですね。これが本番なら相打ちでした」


 互いに負けを認め、爽やかに笑う。数瞬のぶつかり合いで互いの力量をある程度把握したことで生じた相手への尊敬は大きく、しかし湧き上がる負けず嫌いはそれ以上に大きい。二人は騎士だが、その心の奥底にはいつだって幼い少年を飼っている。

 

 勝ちたい。今二人の思考にあるのはそれだけだ。


「次は勝ちますよ」

「出来るならやってみなさい」


 元の位置に戻り、スルトは再び構えを取る。相対するモーリッツも不敵に笑いながら構える。その構えはビリヤード選手がキューを構えるときの形に酷似していた。初撃で刺突を仕掛けることを予告する宣言でもあった。


雷霆らいてい


 雷が駆け抜ける。文字通り雷速の刺突は瞬きよりも速くスルトの身体を射抜くはずだった。霊臓による炎をブースターにして人力で不可能な機動力を手にしたスルトは刺突を躱した加速の勢いを利用して裏拳を打ち出すが、剣の腹に阻まれる。 


「情熱的だな……! ダンスでもするか?」

「心はもう踊ってますよ……!」


 溢れる闘志を形にしたような炎の熱気にあてられ、モーリッツは獰猛に笑う。彼もまた心を躍らせていたのだ。互いに互いを求めるなら確認など必要はない。そこから始まる舞踏のような戦いは、まるで片想いする生娘の叫びが孕む炎と雷のような迫力があった。


「頑張れー!」


 互いに譲らぬ激戦にリルカは声援を投げる。ソレが誰に向けたものかは定かでないが、自分に向けられたものだと解釈したスルトは少し口角をあげた。


「いい友達を持ったな」

「二人とも生まれて初めての友達です」


 剣と拳の鍔迫り合い、一瞬動きを止めた両者が言葉を交わす。誇らしげな顔をするスルトを見てモーリッツは少しだけ安心した。


「この後三人で昼飯を食べる約束をしてるんですよ。だから気持ちよく勝たせてもらいますよ!」

「生憎だが接待は苦手なんだよ」


 同時に後ろへ一歩飛び退く。仕切り直し。銀の雷と琥珀の炎を除けば、戦いは最初まで巻き戻っていた。


 数秒の沈黙。その後スルトが動き出す。


「────レルヴァ・テイン」


 背後で琥珀色が揺らめき、下肢のない炎の人狼が背後霊の如く出現したその瞬間だった。


「ッ!!」


 気づけばモーリッツの肉体は本能に乗っ取られていた。目の当たりにした恐るべき悪魔を討たんとする悪魔祓いの如く、スルトの顔面へ向けて刺突を繰り出していた。


「あ……」

「え────」


 それは今まで放たれた何よりも速かった。少なくともスルトは反応出来ず、腑抜けた声を出すのが精々だった。それはモーリッツも同じであり、予め二人で決めていた急所への寸止めルールなど忘れていた。


「「スルト!!」」


 スルトはそのまま神速に突かれて吹っ飛び、戦いの邪魔にならないよう少し離れたところで観戦していたリルカとエルドが悲鳴を上げた。宙を何度か不規則に回転しながら壁に激突しそうになったが、巨大な雪のウサギが受け止めたことでそれは免れた。


「アブねェ! 間一髪!」


 飛ばされるスルトを受け止めたのは、エミーリアのお仕置きでダウンしていた二人の内の片方。三十万ニルのウィスキーボトルを勝手に開けられた騎士だった。


「アルベドか!! すまない、助かった!」

「何やってんだよモリー!? 何も模擬戦で本気の雷霆なんか打たなくてよかっただろ!」


 アルベドに礼を言いながら、雪に半身が埋まったスルトの安否を確認すべく、モーリッツは急いで駆け出した。一方でアルベドはまだ少し幼さが残る顔を焦燥で満たしながらモーリッツを叱責した後、急いでスルトの元へ駆け寄った。リルカとエルドもその後ろへ続く形で駆け寄る。


「おい大丈夫か! いい生きてるか!? ……首はついてるな、よし!」

「縁起でもないこと言わないでください先輩!」

「す、すまん……じゃなくて医務室行くぞ医務室! おいギド手伝え!」


 血相を変えて怒るリルカに謝りつつ急いで手当するためにスルトを背中に抱えたアルベドは、未だに動こうとしない酒盗人の名前を呼ぶ。


 ……返事がない。


「いい加減にしろよテメェ!! 俺たちの初めての後輩が死にかけてるんだぞ!!」

「俺が死ぬ……」

「……は?」


 ギドの苦しそうな唸り声にアルベドは困惑するしかなかった。


「やばい二日酔い…………二日酔い、時間差で来た……一本全部いかなきゃよかった……」

「ぶちのめすぞテメェ!」

「ぶげッ!!」


 アルベドは背負っていたスルトを放り投げ、自滅しているギドの横っ腹を蹴り上げた。


「怪我人を放り投げないでください先輩!」

「げぶッ!!」


 怒り心頭のリルカから脳天を大盾で殴られたアルベドは再び意識を失った。その背後では投げられたスルトを死に物狂いでキャッチするエルドとモーリッツの姿がある。


「取り敢えず医務室! スルト最優先!」

「「は、はい!!」」


 ホントは訓練用に使うはずだった自分の武器をこんなことのために使ってしまったことに対する情けなさと、友達の安否を心配する気持ちで一杯一杯だったリルカは少しだけ声を荒げる。


 普段全く怒らない人間が怒ると非常に恐ろしい。自分たちにも雷が落とされないよう、エルドとモーリッツは迅速かつ慎重に気絶したスルトを医務室へと運んだ。

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