第2話 フェンリル騎士団

 入団式は騎士街の北にある野外訓練所の中で行われた。数にして百人以上の騎士たちの視線が前に立つオレ達に殺到している。


「今日より我々の仲間に加わる者たちを紹介する!」


 オレのすぐ隣に立っていた大男の声が訓練所に響き渡る。全身を重厚なアーマーと顔を隠すグレートヘルムに覆われたこの大男こそフェンリル騎士団の騎士団長、グリム・ギルトーニだ。


「スルト・ギーグ! リルカ・イエスマリア! エルド・L・ラバーの以上三名だ! 三名とも非常に優れた戦闘能力と気高き信念を持っている! よって…………アレキサンダー! 三名の教育係は貴様に一任する!」


 アレキサンダーさん。一体どんな人だろうか。


「今日は兼ねてより予定していた歓迎会を行う! 正午の鐘が鳴るまでは自由時間だ! アレキサンダーは三人に騎士街の案内を頼む! ────では、解散!」


 騎士たちはバラバラのタイミングで散っていき、そのまま訓練所で鍛錬に励む者や出ていく者がいた。その中にはオレ達に声を掛けてくれた人たちもいて、皆良い人そうで上手くやっていけそうな環境だと少し安心することが出来た。


「よォ坊主ども。久しぶりだな」


 そんな折、オレ達の前に現れたのは一週間前に本部で出会った眼帯の騎士だった。


「アレク。分かっていると思うが、悪い遊びは教えるなよ?」

「分かってるよ団長。俺がそんなことするヤツに見えるか?」

「エミーリアにチクるぞ」

「うげッ! そりゃ勘弁だって団長! アイツに殺されちまう!」

「今後の働き次第だな。では、頼んだぞ」


 そう言って団長は足早に訓練所から去っていった。眼帯の騎士は困ったよう顔をして頭を掻いた。


「お久しぶりです。あなたがアレキサンダーさんだったんですね」

「あんときゃ言いそびれたが、防衛部隊隊長のアレキサンダーだ。堅苦しいのは嫌いだから気軽にアレクって呼んでくれ。それとさっきのは見なかったことにしてくれ……」


 アレキサンダーさんはバツが悪そうに名を名乗った。他の騎士と違ってコートのデザインが少し違ったので昨日の時点で何となく偉い人だというのは分かっていたが、防衛部隊のリーダーだとは思っていなかったのでこれには驚いた。


「そんじゃ早速案内するぜ。しっかりついてこいよ」



 騎士街は名前の割に広くなかったので、簡単な施設紹介込みでも一周するのに二時間も掛からなかった。道中でアレクさんは色々なことを教えてくれた。訓練所や騎士寮の場所と言った街の構造、売店のあの商品はクソだとか食堂のおすすめメニューはどれだとか役に立つかよくわからない情報もあった。


 しかし、いずれもオレ達の内側に潜む好奇心を擽るものであったのは事実。変なテンションになったオレ達は幼子のようにはしゃいでアレクさんを質問責めにした。それまで先輩風を吹かせていたアレクさんも段々とオレ達の変な勢いに押され始めて冷や汗を流していたのはちょっと面白かった。


「────そうだ坊主ども。霊臓ソウルハートは持ってるか?」


 騎士街ミニツアーが終わって本部前の噴水広場で一休みしていたとき、アレクさんがおもむろにそんなことを尋ねてきた。


「オレもってますよ」

「私も!」


 挙手したのはオレとリルカだ。一人手を上げなかったエルドは元気よく手を上げるリルカの横顔を微笑みながら見つめていた。


 これはオレの予想だが、エルドはリルカに惚れてる。勝手な予想だけどな。


「なら霊臓登録書の提出と他の団員の登録書の確認はしっかりしとけよ。後でちゃんと機会はあるが、味方の戦闘スタイルくらい把握しておかないと作戦行動に支障が出るからな」

「あー……オレは特にそうですね」


 最もなアレクさんの言葉にオレは思わず苦笑した。


 オレの霊臓は高火力の質量ある炎を広範囲に撒き散らす。迂闊に使用すれば敵諸共味方も燃やしかねないのは火を見るより明らかだ。


「というかリルカも霊臓持ってるんだな」

「フフン♪ 凄いでしょ?」

「いや別に」

「そこは嘘でも驚いてよ!」

「リル。同じ霊臓保有者にそれは無理があると思う」


 ブーブーという機械的な振動音が誰かのポケットの中で起こった。


「誰か携帯鳴ってるぞ?」

「私じゃない」

「僕も違う」


 オレの問いかけにエルドもリルカも首を振って否定する。オレ達が顔を向けると同時にアレクさんが口を開いた。


「すまん、俺だ。もしもし────」


 アレクさんはオレ達の視界に収まる範囲で離れていった。


「アレクさんも大変そうだな」


 感想を零しながらポケットに入れていた携帯を取り出す。スマホとか携帯とか色んな呼び方をされるこの手のひらサイズの精密機器の正式名称は携帯型霊子通信機。この超高度霊力文明発達期の代名詞であり、世界中に広く普及している数少ない霊力技術の一つだ。


 これ一つで距離と時間の束縛を受けずに他者と無制限に連絡を取ることが出来るスグレモノだ。今や人々の生活に無くてはならない必需品と化している。


「今気づいたけど私たちとスルトってまだアドレス交換してないよね? ねねねね! やろ?」

「イヤって言ったら?」

「もう!!」

「冗談だよ。ほら」


 携帯の画面を開いて差し出すと、リルカは不満げに頬っぺたを膨らませながら自分の携帯にオレのアドレスを登録した。エルドもその後ろから覗き込むようにして同じことをする。その直後に早速リルカからメールが届いた。


[バーカ]


 子供かコイツ。


「べー!」

「お前がやるとバカみてぇな顔になるなぁ」

「うるさいうるさい! バカって言う方がバカなんだからバーカ!」

「じゃあお前もバカだけどいいの?」

「アホ!!」


 擬音を付けるとするならぷんすか、だろうか。リルカは全身を使って身振り手振りで感情を表現するから見ていてとても面白い。


 罵倒の語彙が幼稚すぎて可愛い。なんかこう、子供を見守る父親の気分だ。


「こらスルト。あんまりリルを揶揄わないでやってくれ」

「悪ぃ悪ぃ」


 苦笑しながらエルドが仲裁に入り、拗ねてしまったリルのご機嫌取りに注力し始める。流石は幼馴染と言うべきか。オレに聞こえないように何か耳打ちした瞬間にリルカが上機嫌になった。


「今回は許してあげる! なぜなら私は”大人”だからね!」


 思わず噴き出しそうになるのを堪えながらエルドの顔を見ると、とてもいい顔をして笑っていた。どうやらオレ達は親友のようだな。


「許してくれてありがとう。大人なリルカさん」

「むふー! 苦しゅうないぞ!」


 オレがおだてるとリルカは誇らしそうに胸を張った。


「そういう訳で、僕たちの今日の昼ごはん奢ってくれると嬉しいな」

「任せなさい!」


 チョロすぎんかコイツ。そんでエルドはしれっと昼飯集るな。でもナイス。


「────悪いお前ら。ちょっと緊急の用が出来たから行ってくる」


 昼飯は何にしようかなと考えていたとき、通話を終えて戻ってきたアレクさんが申し訳なさそうな顔をして切り出した。


「案内はもう終わりだしやることも特に言われてねぇから今日は自由に過ごしていいぞ」


 言い切らない内にアレクさんは後ろで束ねた白髪交じりの長い髪を揺らしながら駆け足で去っていった。プラプラと忙しそうに揺れながら離れていくその髪へ視線を投げつつ、もう一度携帯の画面を開いた。


「これからどうする?まだ昼飯には早いよな」

「今のうちに霊臓登録書の提出を済ませるのはどうだい?」

「訓練所に戻って修行!」


 画面中央に表示された9:11の数字を見ながら二人に聞いてみると、二人は殆ど同時に口を開いた。どちらも真面目な性格が表れている解答だったが、同じ真面目でもまるで似ていない解答にオレはちょっと笑いそうになった。


「オレはリルカに賛成だな。身体を動かして腹を空かせておきたい」

「二対一だね。それじゃ、訓練所までレッツゴー!」


 踊るように前を行くリルカにエルドと顔を見合わせて苦笑しつつ、その背中を見失わないようにオレ達は追いかけた。



 訓練所は本部の裏手側にあるが、少々変な構造になっている。まず本部に入って三階へ上り、そこから連絡通路を通って騎士寮に入る。そして騎士寮一階の裏口を通ってから少しいった先にようやく訓練所がある。入団式で一度行ったのでもう迷うことはなかったが、それでも迷路みたいな構造であることには変わりない。


 まだ朝ということもあって訓練所に人はまばらだった。熱心な先輩方は入団式が終わってからずっとここにいたようで、白い息を吐き出しながら稽古に励んでいる。中には模擬試合をしている先輩方もいる。


 見れば使っている武器こそ木製だが両者とも霊臓ソウルハートを使っており、剣戟の最中に花吹雪が起きたり積雪から発生した雪のウサギの群れが相手に飛び掛かったりと不思議な光景が展開されていた。


「こんな朝早くから……凄いな」

「オレ達も見習わねェとな」


 感嘆した様に呟くエルドに同意する。目の前で繰り広げられる戦いは模擬戦とは思えないほどに激しかった。鬼気迫るほどの気迫を以って己の力をぶつけ合い、一撃一撃全てに相手を打たんとする混じり気のない闘志がある。それは最早怒りに酷似していた。


「テメェ俺が大事にとってたウィスキーボトル勝手に開けやがったよなァ!」

「名前も書かずに食堂の共同冷蔵庫に入れてたお前が悪いんだろうが!」

「だからって全部飲むバカがいるかよ! 三十万ニルもしたんだぞアレ!」

「自業自得だろうがボケが!!」

「ウルセェェェ!! 俺の三十万ニル返せよォォォォ!!」


 戦闘のボルテージが一気に最高まで上り詰める。打ち合いが苛烈になるほどオレ達の中で芽生えていた尊敬の念が朽ち果てていった。


「そんなに金が惜しけりゃ俺を殺して財布から抜き取ってみろよ!!」

「あぁ!? そっちがその気ならやってやるよ雑魚が!! テメェ殺して勝利の美酒に酔ってやらァ!!」

「その三十万ニルで冷蔵庫買えばいいのに」


 リルカがバッサリと切り捨てたその瞬間、大技を繰り出そうとしてた二人が突然糸が切れたように倒れ込んだ。


「いい加減にしなさいな」


 感電した様にピクピクと身体を震わせ、青ざめた顔で白目を剥く二人のそばには紫色の液体が垂れている注射器を持ったエミーリアさんがいた。呆れた顔で気絶している二人を見下ろしている。


「あ────! エミーリアさんだ────!」

「はい。エミーリアです。一週間ぶりですねリルカちゃん」


 リルカが瞳の水色をこれでもかと輝かせながら駆け寄る。エミーリアさんは倒れている二人を足で蹴り飛ばしながら抱き着いてくるリルカを受け止めた。


「あの、倒れた二人を医務室に運んだ方がいいんじゃ……」

「あれくらいじゃ死にませんよスルト君。そういう風に調整しているので」

「え? 調整?」

「おいたが過ぎるとお仕置きするので気を付けてくださいね」


 にっこりと笑いながら言うエミーリアさんは今まで見たどんな化物よりも恐ろしかった。


「そんなことより皆さん。一週間前に撮った写真のことを覚えてますか?」

「もちろんです!」

「良かった。複製が出来たので渡そうと思っていたんです」


 そう言ってエミーリアさんが懐から取り出したのは、それぞれ形が異なる白いロケットペンダントだった。ちょうどオレが首に掛けているロザリオと同じくらいの大きさで、ペンダントを開くと中には一週間に撮ってもらった写真が収納されている。


「凄い、凄いよこれ! 売り物みたい!!」

「喜んでくれてよかった。これは私からの入団祝いです。好きなのを一つ選んでください」

「ありがとうございます!! じゃあ私は丸いので!」

「僕は何でもいいよ。スルトは?」

「いいのか? なら……この四角いので」


 エルドの気遣いに感謝しつつ、オレは長方形のロケットペンダントを選んだ。最後に残ったひし形はエルドの手に渡った。


「エミーリアさん。この写真、携帯に送ってくれませんか? ホーム画面にしたいです」

「私もしたい!」

「僕も」

「お、いいですよ────」


 エミーリアさんとアドレスを交換した後、貰った写真を三人で共有してホーム画面に設定した。


「エミーリア。ここにいたのか」


 そのとき、アレクさんと同じコートを着た一人の男がエミーリアさんに声を掛けた。


「おや、君たちは……」


 ジャスティティアでは珍しい黒目黒髪のその男は、一週間前の入団試験で教官をしていた騎士だった。

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