[短編]おばあちゃんとアップルパイ

陽麻

【短編】おばあちゃんとアップルパイ(2000字弱)

 砂糖と塩を間違えた。

 という初歩的な、いまどき漫画でもネタにならないミスをした。

 黄金色に焼きあがったアップルパイは、良い香りを放ちながらも破壊的な味になった。


 久しぶりに作ったアップルパイ。

 おばあちゃんが好きだから作った。

 おばあちゃんはいつもこのパイをおいしそうに食べてくれたから。


「マリのつくるアップルパイはおいしいね」


 って言って。


 私がお菓子を作ることを覚えたのは、おばあちゃんの影響があった。

 おばあちゃんのつくる手作りのクッキーやマフィンは、とてもおいしかったから。

 同じようなお菓子はオシャレな店のショーケースに並んでいるけど、とても値段が高かった。

 おばあちゃんは、そんなお菓子をちょちょちょいと作ってしまうのだ。


 それが羨ましくて、私はおばあちゃんと一緒にお菓子を作った。

 作ってみると、意外に難しくてたくさん失敗した。


 お菓子は分量が大切っていうけど、おばあちゃんはわりと大雑把だった。

 とくにケーキを作った時は、


「卵はいくつにしようかな」


 と、作るときに考えていた。


「レシピには四個って書いてあるよ、おばあちゃん」


 私は不思議に思って聞いたけど、そうだねえ、と煮え切らない。

 結局たまごは五個で作ったのだけど、とても美味しかった。


 おばあちゃんのお菓子の味は、ショーケースに並んでいるオシャレなお菓子とは少し違う。端的にいうと最高だ。


 いつも、おばあちゃんのお菓子は家族みんなで食べるけど、印象深い思い出がある。


 その日、いつもは仲がいい父と母が、喧嘩をしていて。

 どっちも意地を張っていたから、家の中の雰囲気が悪かった。

 喧嘩の原因なんて、私達にはわからない。

 ただ、二人ともムスっとして、理由を聞いても口をきいてもらえなかった。


 そんなとき、おばあちゃんはやっぱりお菓子を作った。

 アップルパイを。

 なんで喧嘩しているのに呑気にアップルパイを作っているんだろうって思った。

 でも、おばあちゃんは言ったのだ。


「人間、おいしい物を食べると、腹もたたなくなるもんだよ」


 と。そして、


「落ち込んだときも、おいしいものをたべると元気になれるしね」


 って。

 本当にそうだったらいいと思って、アップルパイを作るのを手伝った。

 アップルパイはおばあちゃんと前にも作ったことがあった。

 パイは市販の冷凍パイシートを使って、中に入れる林檎のフィリングを作って焼くのだ。

 焼く前のパイに卵を溶いたものを塗ると、パイはオーブンの中で黄金色になった。


 父と母の喧嘩で雰囲気の悪くなっている食卓に出されたアップルパイ。編み目状に整えられたきれいな黄金色のお菓子は、家族の目をくぎ付けにした。


「いつまでも喧嘩してないで、甘いものでも食べて機嫌を直しな」


 おばあちゃんはそう言って、さくさくとパイを切り分けてお皿にもってみんなの前に置いたのだ。

 食べると林檎を蜂蜜とお砂糖で煮詰めたフィリングは、アクセントに入れた干しブドウと合って、絶妙においしかった。

 

 母はおいしいと言って、険しい顔がほころんだ。

 父は無言で食べて、でも優しい目になった。

 おじいちゃんはうまいうまいと舌鼓をうつ。


 私とおばあちゃんは顔を合わせてにこりと笑った。

 小さな声でおばあちゃんに言う。


「成功だね」


 おばあちゃんに笑いかけると、おばあちゃんも私に笑いかけた。


 この、魔法のお菓子を作ることが、私は好きになった。

 おばあちゃんに教わって、おいしいアップルパイがつくれるようになると、今度は私がおばあちゃんに作って食べて貰っていたのだ。


 おばあちゃんは美味しいと褒めてくれた。




 この国の夏は、お盆という風習がある。

 おばあちゃんの新盆に私が焼いたアップルパイは、砂糖と塩を間違えて甘いけどしょっぱい破壊的な味になってしまった。

 こんな失敗は初めてだ。

 

「マリおばちゃん。お菓子できた?」

「うーん、失敗した」


 台所を覗きに来た五歳の姪に苦笑いをおくる。

 とうに実家をでて独立した兄の子だ。


 今日はお盆で家族が集まったのだ。

 そこで私がアップルパイを作っていた。

 なぜかというと、おばあちゃんは言っていたから。


 『落ち込んだときも、おいしいものをたべると元気になれるしね』


 って。


 また一口たべてみる。

 強い甘じょっぱさでとても食べていられない。


「うーん……」


 姪が皆に言う。


「マリおばちゃん、アップルパイ失敗しちゃったんだってー」


 そうなのか? と優しい声で兄が姪に返事をしていた。


 おばあちゃんの思い出に浸りながら作ったアップルパイは、こころが涙にぬれていたから、甘じょっぱくなったのだろうか。


 失敗したアップルパイを見ながら、心の中でおばあちゃんに語り掛ける。


 失敗しちゃったよ、おばあちゃん。

 でも、今度はちゃんと作るから。

 これから、しっかりするから。

 今回だけは甘じょっぱい味でも許してね、おばあちゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

[短編]おばあちゃんとアップルパイ 陽麻 @urutoramarin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る