第5話 五章 孔明 裏切られ水攻めに遭うが、策で乗り切る 狭船飲酒


五章 孔明 裏切られ水攻めに遭うが、策で乗り切る 狭船飲酒


 高校ニ年生に進級した。俺とニッチンと坂町君と堀ノぐっちゃん、荒杉君は特進クラスである英語コースというクラスに試験を受けて入った。ここは半数以上女子がいる。

 この学校は女子がいるクラスは半分で、もう半分は男子だけのクラスだ。元々は男子校だった名残だ。

 一年の男子だけのクラスの普通科はそのままだったら私立文系というクラスに入っていく。そのままよりハイエンドな私立文系大学を目指すのが英語コースだ。

 一年のクラスメイトはりだ。私立理系にはモッツァレラ氏と、泉君が行った。ここは入るための試験はない。

 国公立コースには笹木君が行った。ここは入るための試験がある。笹木君は元々優秀なほうだった。

 あとは私立文系クラスでもいい大学の名前を志望校に揚げた奴は付属中上がりが一つのクラスに固められた共学のクラスに行った。マイキーと管三郎君がそこに行った。

 俺は英語コースの編入試験では落ちるレベルだったそうだが、担任だった稲ちゃんが、俺も頑張っているから、と言ってパスしたそうだ。何でそんな情報が手に入ったのかは謎だがそんな話があった。はい、頑張ります。

 クラスに、初めまして、といった感じで初日。女子がいるのが異様だ。そしてオーストラリアからの男子留学生がいる。おーすげー。

 このクラスは勉強ばかりしていて運動神経がよろしくないらしくて、何と俺が体育委員に選ばれた。

「えっ?俺っ?」

となった。人生初だ。

 学校が始まって数日でもう留学生と仲良くなった。年齢は一個上だ。日本語が上手過ぎてこっちの英語の練習には一切ならない。名前はマーク。マークに俺達は日本の好きなミュージシャンをたずねた。

「ラルクアンシエル。」

だそうな。俺は、

「ラルクの英語聞き取れる?」

と聞いた。

「ああ、聞き取れる。」

「へぇー。」

「ふぅーん。」

とニッチンも言った。俺は、

「ラルク以外で英語聞き取れるのは?」

と聞いた。マークは、

「ドラゴンアッシュ。」

「へぇー。」

「マーク。他には?」

「いない。ちょっと何言ってるかわかんない。」

「あはは。」

「それおもしれーね。」

「全滅?」

「マーク、好きなミュージシャンは?」

「メタリカとか。」

「へぇー。」

「なるほど。」

良い勉強になった。 

 このクラスになったら、一限目の前に課外授業がある。全員強制参加だ。部活の朝練みたいなものだ。ほぼ毎回ある。夕方もだ。夕課外。時間でいうと、五時過ぎ位まである。七時限目、八時限目という感じで、六時限目では終わらないのだ。

 特にそこまで勉強は俺はしないが、ついていけなくなることはまず無い。それ位で丁度いいんじゃないのか。

 二年生になって頻繁に管三郎君が休み時間とかに俺のクラスに来る。

「お前今のクラスに友達おらんとや。」

ニッチンは言った。

「そうた。」

管三郎君は笑顔で返す。

「いくら俺でもそんなストレートには聞かん。でもまー頑張れよ。管三郎くぅん。」

と、俺は言った。

 このクラスに結構背が低い男子が一人いた。一年から英語コースにいた奴だ。背が低くて、少し体型が太いので体型で一年のときから登下校で目に入っていた。自転車で同じ方向から通学していたから。

 クラスが一緒になって、嗚呼このクラスにいたのか、この人、と思った。

 体育の授業でからんでみたら、ノリの良い人だった。そのまま友達みたいに俺達と話すようになっていった。

 名前は富畑とみはた君という。というか堀ノぐっちゃんと同じ校区だ。なんか俺達を、前々からおもしれー奴等だと思っていたそうだ。まぁそうだろうな。

 富畑君と、マーク以外は余り話したりはしない。が女子とはよく話す。これは俺達全員だ。

 二年生になり暫く経つと三年生のテニス部は引退した。おつかれでした。さようなら。後輩は中学の部活で、軟式経験者が二人入った。二人共国公立コースで優秀だ。

 これでテニス部は安泰だ。ちなみに顧問も新年度から変わった。そして荒杉君は俺以上に部活に来ないが一応テニス部員だということだ。荒杉君はラケットは持っている。

 そしてまた、甲子園予選で全校生徒応援で授業が潰れた、有り難い。

 なんか今年も甲子園に行ってしまうようだ。まぁいいんじゃないですか。特に俺に迷惑は掛からないし。

 夏になり、夏休みが来た。課外の日々だ。午前は課外で午後はオフ。なので頻繁に遊ぶ。

 一人だけ全く課外に来ない奴がいた。大田黒おおたぐろ君。英語の黒沢(先生)が、

「大田黒君どうした。」

誰か知ってる。

「いや。」

女子の山津やまづさんという元気な女子が言っている。俺も大田黒君やばいなぁと思い出した。毎日こいつだけ来ないから。

 ふと、課外の帰りにサンリブに寄ったら大例の田黒君にエンカウントした。エレベーターでエンカウントした。

 俺は手でヨッとしたら返してきた。

「なんか大田黒君、黒沢とか皆が、大田黒君が来ないからえらい騒ぎになってる。」

「ああ、なるほど。いや。ダルいからサボっていたー。」

俺は、

「思ってるより騒ぎで皆どうしたのかと、なってるぞ。」

と、伝えたら、なんかわかっみたいで大田黒君は

「じゃあ行くよー。」

 で次の課外のときに、

「大田黒君に会いましたー。サンリブで昨日帰りに。謎に制服を着ていました。来るって言ってましたー。」

と伝えた。

「え、まじ?」

「ふうん。」

みたいな。

 それから大田黒君は夏休みの課外に来始めた。それから大田黒君ともちょこちょこ話し始めた。

 こいつはオアシスの信者で身長が百八十ある。俺と隣の校区だ。姉はマンガ家のアシスタントらしい。そしてその姉はルナシーのファンでスレイブだ。相当らしい。お前もか。

 大田黒君は当然のように富畑君や坂町君やとも友人になった。隣の校区なので幼稚園の頃の知り合いの事などを聞いた。面白かった。

 で、俺は大田黒君のその校区から小三から引っ越してきた壕丸ほりまるに大田黒君のことを覚えているか聞いた。

「覚えとるよ。クッキーモンスターみたいな顔しやがって。」

「あー、その人たい。」

「以上。」

「それだけ。」

「そう。」

ということで、壕丸はやや大田黒君の面構えが気に食わないらしいのは分かった。壕丸に悪気は無いのだ。これは挨拶代わりというかなんというか、そういうたぐいの言及なのだ。

 俺の名前は孔明。みんなには「コウメ」と呼ばれている。この名前は親父が三国志の諸葛亮孔明からとってつけた。でも実は親父はそこまで諸葛亮孔明を知らないらしい。なんでも、俺が生まれるときにテレビゲームの「三国志」をやってて、それで俺に孔明とつけたそうだ。諸葛亮に触れたのはそのときが初めてだったそうだ。今は高ニ。高校はミッション系の高校で、雑誌の、高校別彼氏にしたい男子高校生、格好いい男子が多い高校、常に一位の学校だ。勝因は、勉強もできて、なのに遊んでもいる感じの校風、そして、OBの有名デザイナーがデザインした制服の存在が大きい。そこで俺は、常にファッションに気を遣い、女達にいかにモテるかを追求している。というより、そうならざるを得なかった。まあ、もし俺が不細工に生まれてきていたら、別の人生を歩んでいただろう。そしていつしか、こう考えるに至った。

 不細工は何のために生まれてきたのか、「僕にはわからないよ」。どんなに仕事が出来ても、勉強が出来ても、美しくなければ何の意味もない。美しくもない男が何か一芸に秀でていたとしても「それで?だって君は不細工じゃないか」と言われてアウトだ。 

 ごくたまに、不細工に、自分が何か一つでも劣っている分野があると、もうれつに腹が立つ。それは、「才能ある人間は格好良くはなくとも、少なくとも『いい顔』をしているものだ」、という持論を揺るがす事態だからである。だって三大ギタリストだって全員格好いいじゃないか。日本三大ギタリストはかなり微妙だけど。

 今、学校は夏休み、といっても七月中は課外授業があって、暑い中自転車で学校まで行かなくてはならない。学校までの道のりは三十分から四十分位だ。途中、大きなショッピングセンターがあって、帰りによく親友のマイキーと遊んだりする。こいつとは小、中、高と同じで、小四のときにミニ四駆で意気投合してから以来の仲だ。高一のときはクラスも一緒だった。部活まで同じ硬式テニス部だ。

 少し部活の話をしようか。はっきり言って練習にでていない。みんな気のいい連中だが、面倒だし。遊びが忙しくて。ニ年生は三人しかいない。俺とマイキーと坂町さんだ。坂町さんとはニ年目も俺と同じクラスだ。こいつだけテニスが出来る。まあ中学からやってたらしい。顧問の先生は、俺たちがニ年になる時入れ替わった。部活にも顔をほとんど出さない。だから自由にできる。コートの横のベンチでアイスを食いながらジャンプを読み、読み終わったら練習終了。あとはゲームボーイ。ドラゴンクエストのレベルを上げる。隣のコートで軟式の奴らが一生懸命やっている。それを見ながら食べるアイスは格別だ。あいつらは平気でコートの周りをランニングし、地べたで腹筋をする。正気の沙汰じゃない。はたで見ていてみっともない。真っ黒に日焼けなんかして。美しくない。俺たちはこの時期、紫外線対策を怠らない。どう見ても私服で使うステューシーの帽子とサングラス、そして日焼け止めで、完全防備だ。俺たちといっても俺とマイキーだけだけど。

 学校に着く頃にはかなりの汗をかく。制汗デオドラントは欠かせない。香水だと汗と混ざり合って逆効果なのだ。学校は、さすがに夏休みだけあって人気が少ない。この学校は、他の高校にも同じ習慣のところがあるかもしれないが、学内が土足なのだ。生徒は教室のベランダまで歩いていってそこにある靴箱でスリッパに履き替える。

「おす。コウメ。制服に指輪は似合わないよ。せめて、ネックレスだけでしょう。」

「おまえは俺のセンスが理解できてないんだよ。藤(ふじ)美(み)ちゃんは?」

藤美ちゃんはおれの担任の先生だ。今日の一限は藤美ちゃんの国語の授業だ。

「まだだよ。なあコウメ、ちゃんと水着持ってきた?」

「ああ。今日、江津湖行くんだろ。全部で何人?」

「俺、コウメ、ニッチン、荒杉君、堀ノぐっちゃん、と坂町さん。六人。」

「坂町さん来んの?今日部活出ないのか。あ、先生来た。」

こいつは富畑とみはた君だ。こいつだけ一年の時からこのクラスにいる。英語コースと呼ばれる特別進学クラスだ。俺とニッチン、荒杉君、堀ノぐっちゃん、坂町さんは二年になるときに試験を受け、普通科から英語コースに入った。最初は俺が一人で入るつもりだったのが、「じゃあ俺も」、「俺も」と続きみんなでまとめて引っ越した。そういうわけでこの五人は一年の時から同じクラスだ。

 そして、英語コースには20人位女子がいる。普通科は男子だけのクラスだ。もともと男子校だったからなのだろう、女子は英語コースと国公立コースにしか受け入れ枠がない。俺は仲間には誰にも言ってないが、一年の時、この英語コースのクラスの女数名との間に一騒ぎ起こしている。だから、英語コースに入ったときは、クラスの女子が俺容認派と反対派で二分された。

 一騒ぎを説明しようか。一年のときの五月、「吹奏楽部ではドラムが叩けるらしい」という噂を聞き、俺は一時期テニス部を離れ、二週間ほど吹奏楽部に入ったことがある。そこに英語コースの女子がいた。で、その中には松宵まつよひという女がいた。松宵は、誰が見てもかわいいと思うだろう。後になって知ったが、おそらく同じ学年ではトップの人気。初対面は音楽室だった。松宵を含む女子部員は、俺を見るなりマシンガントークを仕掛けてきた。まあ、他にもいろいろあって、俺は、松宵が俺を気に入ったのがわかったし(実は初対面のときから気付いていた)、俺も密かに好きになっていった。この出会いがきっかけで、俺の知名度は加速度的に上昇した。直接は知らんが、おそらく松宵達が俺のことを、他の人たちに話しまくり、有名にした。むこうは、松宵はたぶん忘れたかもしれないが、俺に「孔明君もうちのクラスに来なよ。」と言った。

 ちなみに吹奏楽部にドラムは無かった。そしてなぜ俺は吹奏楽部をやめたのか。ドラムが無いのと、その年うちの高校が甲子園に行くことが決まり、吹奏楽部がその応援に駆り出されることになったからだ。人の応援なんてやってられない。

 藤美ちゃんは国語の教師で、教えるのが上手い。しかし、生徒に聞く耳がないと何の意味もない。それは今日の俺にも、普段の俺にも当てはまる。俺は、一応、大学進学希望なのだが。早く江津湖に行かなければ。

 授業終了、と同時に集合。マイケル・ジャクソンをこよなく愛す荒杉君は、声が甲高い。「コウメー。乗せてー。」

 こいつは地方から通っている奴で、こいつだけバス通学だから、江津湖まで40分位、みんなが交代で自転車二人乗りだ。言い忘れたが、市内から通っている生徒はほぼ自転車通学だ。地方から通学する生徒がバスや電車を使う。そういう生徒が多い。

 江津湖は湧き水なので相当奇麗だし、広い。大体地元の奴なら一度は泳いだ経験があるはずだ。オオカナダ藻が殺人級に生い茂っている。湖に隣接したレストランや、売店、貸し出しのボート屋がある。堀ノぐっちゃんの家はこの近くだ。

 江津湖のそばにあるファミレス、ジョイフルで昼食を済ませ、着いたのは二時位だった。既に橋から飛び込んでいる中学生を発見した。俺たちは水のあまりの冷たさに負けて泳ぐことを断念し、ボートを借りて乗ることにした。

「と、その前に酒を買おう。そしてボートで飲もう。ビールのピッチャーで回し飲みしよう。湖の真ん中で飲めば見つからん、眺めも良くて酒も旨いだろう。」

これを提案したのは何を隠そう俺だ。しかし全員制服。酒屋では買えない。

「どうするよ。」

ニッチンが言った。こいつはさっき「中坊どもに飛び込み方を教えてくる。」とか言って、ひとり橋から武藤敬司ムタばりのムーンサルトプレスを決めた。

「大丈夫。自販機があるだろう。堀ノぐっちゃん」

「ああ、あるよ。」

「行こう。買ったらビールのピッチャーは湧き水のポイントに隠しておこう。ぬるくならないし、むしろキンキンに冷える。それをボートに乗って取りに行く。そうすれば酒はボート屋の店員にも見つからない。」

「さすが天才軍師。」

「だべぇ?」

意味もなく全員で目的のものを買いに行った。

 すべて作戦通りにいった。しかし、ボートが三人までしか乗れないという誤算が生じた。「無理すりゃ乗れんじゃん。」そう言ってもボート屋のオバチャンは引き下がらない。じゃあもう最初三人で借りてボート屋の死角で全員乗る!ボートを二つ借りるなんて最初から頭にない。

 岸で待機していた三人がボートに乗ったとき、もうやばかった。三人乗りに六人乗っているのだ。オールを漕いでも進まない。オオカナダ藻がいつになくうっとうしい。ニッチンは水着のままだったからボートから下りてバタ足して船を後ろから押した。水は冷たいのに、それに続けとばかり、全員水着になり(制服に下に既に着ていた)、交代で押した。荒杉君はスクール水着だった。

「おお。いい後背筋。」

「ありがとう」

ボートを漕ぐ俺の後ろから掘ノぐっちゃんが俺の後背筋を誉めた。俺はちょっと微妙な気分になった。

「よし。もうそろそろ大丈夫だろ。」

周りには誰もいない。ここが江津湖の中心だ。再び全員がボートに乗り、ピッチャーを開けた。ピッチャーのアルミ感が庶民的で高校生の俺たちにお似合いだった。今までで一番旨い酒だった。

 酔った俺たちは突然尻相撲大会を敢行した。ボートの縁での勝負。負けると江津湖にドボン。トーナメント制だ。全員酔っていて一試合一試合に大笑いする。決勝は、俺と荒杉君。二人が相まみえるのは、堀ノぐっちゃんの家で「鉄拳2」大会をして以来二度目だ。せえの!ファーストコンタクトですべてが決まった。グラングラン船があり得ないほど揺れ、俺と荒杉君、他二名が湖に落ち、その後さらに全員が落ちた。ボートにもかなりの水が入っている。ボートには制服と革靴、財布もある。やばい。急いで対策をとろうとした俺だが、堀ノぐっちゃんが、酔っているのか、そのボートに乗ろうとしている。沈めようとしているのか。とにかく全体重を掛けている。俺はその行動に絶句した。彼がとどめを刺して、ボートは沈んだ。俺のリーガルが漂っている。

「奇跡は起きます。起こしてみせます。」

この台詞と退学が頭をよぎる。堀ノぐっちゃんが「助けを呼んでくる」と言ってボート屋へと泳いでいった。真顔で。バタフライで。でも、笑えない。ただ、どうしてバタフライなのか、と思っただけだ。ボートは180度反転し、水の中に完璧に沈没している。

「とりあえず全部荷物を集めよう。で、船は岸まで引っ張って泳げるかな。」

「どっち行く。」

「あっち。」

と、誰もいない、ボート屋と反対の岸を指した。堀ノぐっちゃん以外の五人でなんとかしなければならない。必死だ。幸いボートの先にロープが着いている。それを引っ張るとボートは少し動いた。湖の底に足はつかない。俺と坂町さんの体育会系コンビで引っ張った。水泳をやっていて良かった。残りの三人は全ての荷物を持って岸へと泳いだ。浅瀬までたどり着き、底に足が触れたとき初めて安心した。岸に着いた後になって、堀ノぐっちゃんとボート屋が来た。

「大丈夫」

と聞かれ

「大丈夫でーす。」

と五人で答えた。俺と坂町さんは財布と学生証を失った。もう、空は赤く染まっていた。疲れきってしゃべる奴はもういない。ケータイとサブバックは岸に置いていた。靴と制服が乾けば今日は解散だろう。この後、荒牧君をバス停に送らなければならない。でもまだ暫くは休まなくては。


 歳月は流れ秋に。いつもと同じように今日も通常の授業のあとに課外授業がある。それがの始まるまで休み時間、教室の後ろの方でたまって話しをしている。明日は学校が休みで俺の頭の中に抜きうちの一泊旅行が思い浮かんだ。

「明日学校休みじゃん?課外終わったら島原しまばら行かねぇ?一泊旅行。」

続けて、

熊本港くまもとこうからフェリーで。一人片道六百円位だよ。熊本港にはバスで行けるし。どう?なんか前に行ったことあるけどそのとき結構楽しかった。」

「いいねぇ。行こうか。」と、即一泊旅行決行が決まった。荒杉君は

¬俺ちょっと風邪っぽい気がするから、うーん。どうでしょうー。ええー、やはりー。」

と決めあぐねていた。俺は参加してほしいから、

「栄養ドリンクと風邪薬買ってきてやる、後でかね頂戴。行ける行ける。」

で承諾させた。

 俺は以前、荒杉君に付き合ってダンスレッスンを受けたことがある。「コウメー。ダンスやろう。」

「いいよ。」

こんなふうに乗りがいいのだ。

 旅行に行くメンバーは俺、坂町さん、ニッチン、堀ノぐっちゃん、荒牧君の五人だ。その中でニッチンは、先日俺の家に泊まりに来たときプロレス好きになった。

「ニッチン、プロレスは新日だぜ。」

「やばい、コウメ。面白。プロレスに出会ったー。」

ただ、ニッチンは酒が入ると目が据わる。

 それぞれが私服に着がえて交通センターというバスターミナルに午後五時に集合、熊本港行きのバスに乗った。荒杉君だけは家が遠すぎるのでそのまま交通センターにて休みながら待つことに。荒牧君に学校の最寄りのバス停で待ってもらい、目と鼻の先のダイエーに栄養ドリンクと風邪薬を買いに行った。

薬屋のおばちゃんに

「栄養ドリンクと風邪薬を。」

何かおばちゃんぴくっと反応したような、で、

「風邪薬は一回きりのヤツでいいです。」

と俺。おばちゃんのお任せの栄養ドリンク店で一番高いヤツ。荒杉君に渡した時に高い金額の実感が沸いた。

 熊本港に到着した頃には夜になっていた。熊本港は建てられて十年も経っていない。剥き出しの木の柱がお洒落だ。そこでまずチケットを買った。

「シングルルームに五人入って一人分の料金をかんするって出来るかな。」

と俺。タウンページをめくって公衆電話を架けまくり、それが可能なホテル、旅館を探した。

「ベッドも布団も一人分だけでいいのでシングルルームに五人泊まれませんか。一人分の料金で。」

 二、三件断られたあと、宝来泉ほうらいせんという旅館がOKしてくれた。とにかく島原港を出て二十分程右に歩いてくればあるそうだ。

 船に乗り、そして降り、右に進み宝来泉を発見した。ちょうどその向かいにちょっとしたゲームセンターがあったのでみんなで行くと、ビリヤード台があるではないか。勿論プレイする。

「おまえ達まさか家出人じゃなかろね?」

「いえ、違います、違います。」

オーナーらしき受付のおばちゃんとこんなやりとりをした。

 ビリヤードは坂町さんだけ一年先輩だ。他の三人とはフォームからして違う。試合の結果はだいたい俺と彼が勝つことが多い、かな。先日、彼は自宅の犬が鳴き止まず、テニスのラケットで思いっきり叩いたそうだ。それを聞いたとき「マジで」と思わず訊き返した。

エイトボールで最後に手玉ごと八番ボールを落とした堀ノぐっちゃんのリアクションが面白かった。堀ノぐっちゃんはよく言い訳をするのだ。全ての対戦に対して。「鉄拳2」大会のときもそうだった。

 宝来泉ではみんなで大浴場を使ったがコスト面を考えると本当に一人分の料金でいいものか。布団も五人分用意してくれた。

 旅館を出るとき感謝の言葉が舞った。

「宝来泉最高。ありがとう。」

「また来るべ。」

「ああ。」

「よかったね宝来泉。」

「よかった。」

「まじでまた来よう。」

「ああ、まじで感謝。」」

 旅館のすぐ側にあるミスタードーナッツで朝食を済ませぶらぶら歩いた。島原城が見えた。「行こっか?」

と城を指さす。

「いいね。」

城に向かい到着する。城の堀を見て、ここ絶対ブラックバスいる、と思った。土産屋みやげやにはプリクラが設置されていた。

「城の中入る?」

俺が訊く。

「どうする」

と荒杉君。

「入ろうか」

とヤッチン。

「じゃあ入ろう」

 そういうわけで城の中にも入った。一人二百七十円した。ガイダンスのイヤフォンを全員で受け取り、城の中の展示品を見て回ったが、全員が途中でイヤフォンを外した。最上階は四方が開けていて熊本の方角に目をやると何とも言えぬ感慨深さに襲われた。

 城を出た。

「記念にプリクラ撮ろう。」

俺が言うと、全員

「ええよ」

と賛成しプリクラを撮った。

再びぶらぶら歩いた。用水路に錦鯉が泳いでいた。「鯉の泳ぐ町」だそうだ。小四の頃父方の祖父母と島原に来たことのある俺は何となく覚えていた。

「すげえ。」

とニッチンが言った。口には出さないがこの光景に抱く感情は皆彼と同じだろう。規模が大きい、広範囲だ。道の両端が用水路で挟まれ、そこを鯉が悠々と泳いでいる。その界隈を歩いた。

 昼食をコンビニで買い公園で食べた。そのあとビリヤード場を発見した。勿論プレイする。この集団は乗りが命だ。

 二時間プレイし帰路に就いた。島原港は土産物屋が充実している。しかも奇麗で新しい。そこでつまみを買う。

カモメの群れに帰りのフェリーは襲われた。奴らはピーナッツだろうと貝ひもだろうと何でも食った。投げたものを嘴でキャッチするのは解るが、手に食い物を摘んでかざすとダイレクトに食いに来る。摘まずに摘んだふりをしたらカモメは騙され、手をつついた。熊本港で解散した。


 冬になった。とっくにテニス部の先輩は引退して、部室を我々で占有出来るようになり久しい。キャプテンの坂町君は俺にテニスをして欲しいとか思っちゃってるのだろうか。まあ、それは叶わぬ。 

 が、代わりに気合を掛け軸にして部室に飾ろうか。

「うーんどうしよう。えーやはり―。」

校訓ではなく部訓でしょうか。習字道具借りるか、ニッチンに借りよう。そして部室で書くか。俺は選択科目が、美術なので習字道具が無い。

「坂町君、俺は心を入れ替えてテニスに専念しようと思ってるよ。ぷっ。」

自分で言って思わず笑ってしまった。その場にいたクラスメイトの留学生のマークは俺のジョークが通じたらしい。マークが、

「頑張って。」

と俺に言った。

「で、キャプテンね。ほら伝統を作らないといけないと思って。」

と俺は言った。坂町君は、

「どういうこと。」

「いや、例えば『常勝』とか横断幕あるじゃん。その言葉から俺が提案する。」

流石に坂町君は笑った。

「じゃ、あとは任せて。部室に習字で書いて貼っとくから。」

坂町君は

「分かった。」

と言った。

 ニッチンに習字道具借りよう。

「ニッチン部のスローガン作るから習字道具貸してくれ。」

ニッチンは俺に色々とツッコミどころがあるらしい。一通り聞き流して借りた。

「紙は使うか分からんけど三枚くれ。それか、デカいの自分で買うかも。」

ニッチンは、

「分かった。」

 結局インパクトが重要視されると思って、書初めみたいな紙を大きい文具店で買った。さあ、書こう。

 部室で放課後書き始める。世ぇー界ぃーとーという感じで思い付いた言葉を書く。決め打ちだ。なんて書くか決めてある。物の五分で完成だ。額も買ってあるので入れた。部室に飾った。

 翌朝、感想を聞いた。が、あまりウケなかった。なんて書いたかというと、

『世界という言葉を簡単に口にするな』

「どうこれ。ワタシノイッテルコトワカリマスカー、」

これは世界の孔明のお言葉なのに。名言ぞ。

「そのまま横断幕にしたらいい。」

俺は言った。坂町君は、

「このまま部室に飾っとこう。」

ちょっとずつ気に入ってきているのだろうか。俺の気合が空回りする所だった。所で、

「日本人のプロの鉢巻きダサくね。かんべんしてくれよ。」

坂町君は

「あはは。」

だと。

「ジャパンスタイルにも程があるぞ。ジャパンスタイルもたいがいにしとけ。」

「ちょっと上に行ったら勝った瞬間っ。」

俺は、派手に膝から崩れ、両手挙げ片手にラケット持って、

「ウエー、だっさ。」

そこからオーバーなアクションで更に前に倒れこみ顔を両手で覆い、感涙し、大きめに呻く、声大きめ、大げさめの演技、

「う、うううーッ。」

更に言う、

「やばくね。日本のプロ。更に実況も乗ってくるけん。」

更に、

「いや、カッコいい。」

「あははは。」

「新進気鋭風情が、厳密には四大大会のベスト十六でその状況だろう。覚えてねぇが。誰とは言わない、坂町君にすら言えない。ピーが入る、この場でも。俺の心に仕舞っておくわ。実名は。あははは。」

「絶妙に何がい言いたいかだけは解る。」

俺の迫真の演技で、俺が何を一生懸命伝えたいのか一同分かったようだ。良かった。ダッさぁー。いやかっこよすぎる。過ぎたるは猶及ばざるが如し。

わたくし天才軍師孔明が本気で口撃し粛清しようというのだ。もう実際刃を交える必要もなかろう。」

これは表に出せない。

「そうかも。」

「私はバンテリン。」

「僕はユンケル。」 


 しばらく経ち、秋も暮れ、文化祭のシーズンが近づいて来た。俺達は何もしない、もよおしし等は。興味ないね。

「授業だけはすんな。」

文化祭はだるいけどな。

 ところが前日になって中学の頃の脳改という塾で一緒だった。田代たしろック君がいきなり俺に話し掛けてきた、相当久しぶりに。

「久しぶり、西村にしむら」ぁ元気だったか。」

って感じ、あーあー。と俺は受け流す。

「今、実はちょっと困ってて文化祭の準備が間に合わない。助けてくれないか。援軍(笑)。」

マジで久々だ、こいつ。しばらく田代ック君は俺に何か自分の状況を説明している。

 田代っく君は

「そういう訳で助けてほしい。」

と言った。

「久々に顔を見せたと思いきや、ヘルプミー、とな。お前、今までずっと俺を疎んでいいただろうが。」

ノンノン、ムッシュー的表情の田代ック君。

 俺は続けて、

「俺は周りの目も気にしないではっちゃけたりするから。俺のことを変わり者扱いする奴も少なくないからな。それでお前は俺と距離を置いていたろうが。避けていた。お前は俺と真逆の綺麗な堅気(かたぎ)。言うなれば。」

俺は言った。田代っく君が、

「いやいや。」

俺は遮って、

「そして今、自分が困って俺に泣きつくのか、お前は。この俺の事をゴッドファーザーとも呼ばないで。助けてくれだと。あ。」

と言った。田代っく君は、

「いやいやそんな事無いって。お礼はする。助けてくれ。ゴッドファーザー。」

「であるか。是非も無し。そうか、それでいい。今日の放課後お前のクラスに行く。兵隊を連れて。」

「ありがとう。」

「今後は俺からも何かあったら、そう、こっちからも連絡する。」

「御意。じゃあ後で。」

嗚呼仕方ねえな、金で釣るか。友人の労働力を。等価交換はエチケットだ。

 文化祭も終わり、またサボりの日々が続いていく。今日部活に行こう。放課後になりジャージでコートに行く。

「今日も軟式共は練習しやがってるな。」

俺は後輩に言った。一年生の後輩にテニスの経験者が二人いる。まぁ軟式だけど。二人の名前はえー何だっけ。忘れた。スターは名前を覚えない。

「そうですね。」

後輩は俺に言った。俺は、

「勉強が出来る頭の良さと、悪いことが思いつく頭の良さは別だ、テニスに必要なのは、後者だ。」

後輩は黙って聞いている。俺は続けて、

「だからあいつら、いつも公式に負けるんだ。軟式のルールでも。」

「どういう事ですか。」

後輩が聞いた、俺は、

「上手く転がすんだよ、後輩よ。無意識かもしんが、我々はそこが絶対的に軟式の踊らされている馬鹿よりも、勝っておるのだ。」

「なんか孔明先輩適当に言ってるんでしょうけど、間違ってないんじゃないですか。」

「そうだよ。」

「先輩、ホントはテニス出来るんじゃないですか、あはは。」

「まあ悟りの境地だよね。後輩よ、結局はな、こんな話していても得るものはない。」

「どういう事ですか。」

「ドントシンク。フィール。ビーウォーター、マイ・フレンド。では行け。」

と俺は後輩に言った。

「どこに、」

後輩は言った。

「バカモンがー。バカチンがー。軟式を倒しなさい。倒してきなさい、今から。」

「御意。」

「あいつ等がダサいから、テニスは練習熱心でも上達と練習量が比例しないところを証明せよ。あと、ダサい奴は伸びない。ウェアのセンスとか諸々。」

「ちょっとわかんないす。」

「バカモン、いいから行け。」

「ぎょ、御意。」

「あと、やってるときにどさくさに紛れて、あいつ等に向かって『ここからいなくなれー!』って台詞を迫真の演技で頼む。オスカー取ってこい。」

「御意。」

「あーウィニングショットのとき頼むその台詞。やっぱ」

俺は言った。

「御意。」

後輩は倒しに行った。

「あ、ちょっと待て、ちょ待てよ、おいちょっ、待てよぉっ!」

俺は後輩(男子)を呼び止めた。俺は、

「ウィニングショットは、ボディ狙ってくれ。ボディショットで頼む。」

後輩は、

「先輩、俺アマっすよ。」

俺は、

「であるか。」

後輩は、

「そこまでゲームコントロールできませんよ。」

「であるか。」

俺は続けて、

「ではツアースペックを使え、フェイス100とタルいやつはそれでも無理。朕は無理。」

「先輩、いっちょ前の事言わないで下さい。」

「すまん。」

「そんな台詞はサーブが上から打てるようになって言って下さい。」

と、後輩は俺をたしなめた。

「あ、俺とした事が。ごめんごめん。あ、俺あくまでも軍師なので。」


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